行き遅れ令嬢はゆめをみる
しおだだ
第1話
ベアトリス・オクレールは行き遅れ令嬢と呼ばれている。
世の母は『ベアトリスのようになっちゃだめよ』と娘に説き、世の父は『ベアトリスのような不幸な娘を増やしてはいけない』と息子に説く。
そのベアトリスはどんな女性かというと――。
「社交シーズンで慌ただしくなる前にレイクタウンに行ってきたの」
中位の伯爵令嬢で家柄も悪くなく。
「向こうで新しいワンピースと帽子を仕立てたわ。どう?かわいいでしょう?」
ふふと嬉しそうに笑う姿は愛らしく、絶世の美女とはいかないが、幼顔でとても可愛らしい。
「そこでね、わたくし、あの、男性を紹介されて…。湖畔の近くに領地を持つエルネスト様よ」
「まさかエルネスト・レイクか!?子持ちの男やもめじゃないか!」
ただし、壊滅的に男運がない。
「そうだけど!エルネスト様はまだ若いし、とても素敵な方だったわ。お子様もすごく可愛いの」
「だろうな。先の奥方が妊娠したから結婚が早まったともっぱらの噂だ。もっとも離婚も前倒しになっているが」
「その息子さんがね、すごくかわいいんだけどとってもやんちゃで、遊びが過ぎて湖に落ちてしまったのよ。なんとわたくしが飛び込んで助けたんだから!」
「なんだって!?」
「湖に落ちたのを見て、咄嗟に身体が動いてしまったの。でも無事に助かったわ」
「貴族令嬢の君が?なんて非常識なんだ!」
「やあね、エルネスト様はすごく喜んでくれたわ。その件もあって息子さんもよく懐いてくれて…」
「ナニーの真似事まで…!?」
「そうしたらね、あの、あの、エルネスト様がわたくしにプロポーズしてくれたの!結婚するなら君がいいって!ああん、まるでロマンス小説のように素敵だったわ…」
「なんて非常識な男なんだ、エルネスト・レイク!いいかビービー、君は騙されている!子供が湖に落ちたら、それは親の監督不行き届きであって、助けた君にするのは感謝じゃなくて謝罪だ!子供がご迷惑をお掛けして申し訳ありません、だ!それをプロポーズだって?頭がどうかしてる!!」
「そんなこと…!」
「百歩譲って彼が本当にいい男だとして、君はいい母親になりそうだと誉められて、それで真実うれしいのか?妻ではなく母親になるために結婚しろと言われているようなものじゃないか」
「でも…!!」
「そんな結婚、ぼくは賛成しないな。まったく祝福できない」
「っ、なによなによ!勝手に婚約破棄したのはそっちじゃない、ネイト!」
ベアトリスが叫ぶと、相手はうっと言葉をつまらせた。
そうだ。ベアトリスにだってきちんと婚約者がいた。
それが彼、ネイサン・ハント。
幼馴染みで、いまは侯爵家を継いで若き当主として奮闘している。
家柄も合い、小さなころから仲も良くて、ベアトリスは結婚するならネイサンしかいないと思っていた。
それを、それを――!
「わたくしがこんな思いをしているのも、元はと言えばネイトのせいなんだから…!!」
涙まじりのベアトリスから、ネイサンは苦い表情で顔を背けた。
「…すまない」
***
「もう!もうもうもう!」
「やあね、ベアトリス。お姫様がはしたないわよ」
街中のカフェで声を荒げるベアトリスを、豊満なボディの美女がたしなめる。
「なによ!ジェニファーはネイトの味方なの!?」
「ネイサンの味方はしないけど、ネイサンの意見には賛成ね。焦って結婚を決めるのは得策ではないと思うわ」
「なによ、二人して。…あのときも」
つんと口を尖らせて俯いてしまったベアトリスに、ジェニファーは色っぽい唇からふうと嘆息した。
―――このグラマラスな美人、ジェニファーは、ネイサンの元恋人だ。
少々幼く見えるベアトリスがもっと子供だった頃、ネイサンはジェニファーに恋をして、二人は特別な仲になった。
そして邪魔になったベアトリスは衆目の中、ネイサンに婚約破棄されたのだ。
『すまない、ビービー。ぼくは親の選んだ相手ではなく、自ら選んだ相手と結婚したい』――そう言われて。
…昔のことなのに、思い出すとまだ涙が出る。
苦笑したジェニファーはやれやれと首を振ると、ウェイトレス姿のまま、彼女の向かいに腰を下ろした。
「ねぇベアトリス。わたしは愛人顔だけど、あなたはヒロイン顔なのよ?」
「……なにそれ」
ネイサンとベアトリスの婚約が破綻した後、そう経たずにジェニファーとネイサンは別れた。
『女の子を雑に扱う男なんてごめんだわ』と、ジェニファーがネイサンを捨てたのだ。
ネイサンを好きだったベアトリスはジェニファーに複雑な想いを抱いていたが、ジェニファーのその行動には溜飲が下がった。
それからいくつかの偶然を経て、ベアトリスとジェニファーはなんでも言い合える友人となった。
それはベアトリスが行き遅れ令嬢と囁かれるようになったいまも変わらず。
「…ジェニファーは結婚しないの?」
「…相手がいたらしてるわよ」
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