第14話 ロクシーとの取り引き
* * *
「このシチュー、めちゃくちゃ旨い!」
――ロクシーを家に泊めることにしたその晩のことである。
ネイが作った夕食を、うまそうにダイニングテーブルで食べているルビィ。
なんでお前が僕の家で夕飯を食ってるんだ?
僕はチェストの仮ベッドの上で夕飯を食べながら、ダイニングテーブルで食事をしているルビィとロクシーの様子を眺めていた。ロクシーは少しでもルビィから離れたい様子だった。身体がルビィとは反対側に傾いている。女の子にモテてるルビィが避けられるというのは珍しい光景だった。
「ルビィ、何しに来たんだ? まさか夕食を食べに来たわけではないんだろ?」
僕は突然の訪問者に訪ねた。
「んぐ……、あぁ! それだ! 忘れてたぜ!」
ルビィは頬張っていた物を急いで飲み込んで答えた。
「ロック、ジェイス団の次のクエストは明後日の朝に出発だぜ。妖魔退治の依頼らしいぞ。集合はハロルドワークのロビーに朝八時だ。それまでにちゃんと準備しておけよ。今回のお前の役割は、後衛のフォトラの護衛だってさ」
「わかったよ。なんでそれを忘れるんだ。
まぁ、とりあえず早く食って、早く帰ってくれ」
「あぁ」
ルビィはさっさと食事を済ませ、帰る準備をした。
本人は空気を読むことをせずに行動するのに、結果的に空気を読んだ様な結果になるんだよな、ルビィは。
「じゃあな、ロック。
ネイ、夕食ごちそうさま、ホント美味しかったよ。そしてロクシー、また会えると嬉しいな。じゃあね」
玄関で振り返ってそう言うと、ルビィは嵐の様に去っていった。ルビィが去るとネイは食事を摂っていた自分のベッドから、ダイニングテーブルに来ながら言った。
「ところでロクシー、あなた男性恐怖症なの?」
唐突にネイが言った。
「男の人、苦手デス」
なるほどね。昔っから女の子にモテモテのルビィでさえも嫌うってことは、よっぽど男が苦手なんだろう。そういえば、昼間の商人の団体も男だったな。それで言葉が出なかったのか? そんなことでロクシーは商売をするなんて……、やっていけるのか?
「あれは?」
ネイが僕を親指で指さしながら聞いた。
「『あれ』って……」
あまりもの言い草に、僕は思わず誰にも聞こえないぐらいの声でリアクションをしてしまった。ロクシーがこっちを見ながら答える。
「少し大丈夫デス」
それを聞いて、ネイは笑顔になった。
「あははっ、なるほどね。
ロクシーはぐいぐい来るような男が苦手で、なよなよ、ぐじぐじしている男はそんなに苦手じゃないのね。でもね、気を付けなさいよロクシー。あれもいずれはぐいぐい来る様になるからね」
「あぁ、是非そうなりたいね」
僕は否定も出来ず、苦笑して答えるしかなかった。
「さてと、そろそろ取り引きの話をしましょうか、ロクシー。その服装、あなたはアイーア国周辺の出身ね」
ネイが話を変えた。
「そうデス」
ロクシーはアイーア国出身か。アイーア国と言えばはるか東方の異国だな。
「そしてあなたは長子ではないんでしょ?」
「ええ」
ネイとロクシーの対話が続く。
「なるほどね。それで? 宗家からは何を譲り受けたの?」
「装飾品、主に宝石類デス」
ネイが尋ね、ロクシーが応える。
どうも話が見えないな。
僕は話に割り込むことにした。
「ネイ、ちょっと話が見えないんだけど。説明してもらってもいいかな?」
「ええ良いわよ。
アイーア国はここサルファ商国からはるか東にある、商売が盛んな国よ。さらに東にある国々とも取り引きをしているらしいわ。アイーア国の商人は、大商人であろうとも、貧しい商人であろうとも、家督は長子が継ぐことになっているの。家長が代替わりするとき、長子以外の兄弟姉妹はその家から追い出されちゃうのよ。根分けって言うらしいわ。十五歳未満の子は十五歳になるまで根分けを保留されるわ。そして、その家の資産にもよるけれど、根分けの際に資産を譲られるの。ただしその殆どが現品で、現金はほんのわずかなの。要は己の商才を使って、現品をうまく捌いて自活せよ、資金を増やせってことね。根分けされた人は、アイーア国にとどまったり、周辺の田舎に移動したり、他国に移動したりといった選択があるわ。現品を多量に譲られた大商人の子供の場合は、その移動が大規模な隊商にもなることもあるそうよ。そしてロクシーは、アイーアから離れた他国、つまりここサルファ商侯国に移動することを選択した。
そういうことよ、ロック」
僕は、ネイのほとばしる説明を何とか理解することができた。
「なるほどね。よく分かったよ、ネイ先生」
「あははっ。よろしい、ロック君」
ネイは大きくうなずいて満足そうに言った。そしてロクシーに振り返って話を振る。
「そして、あなたの喫緊の課題は現品の現金化をすることよね?」
「その通りデス。サルファまでの移動は宗家が手配してくれマシた。宗家からの援助はそこまでデス。手持ちの現金も心もとないのデス」
ロクシーはネイの説明を補足した。
「なるほどね。
ロクシー、ちょっと商品を見せてもらえるかしら」
シチューの皿をネイはキッチンに持って行きながら言った。
「ええ」
ロクシーは家の中に持ち込んだ荷物から、小さな箱を一つ取り出しテーブルの上にその中身を広げた。そこには赤や青の宝石が幾つもあった。テーブルの上のゼロがそれらをじっと見ている。
「ちょっと、何これ!? ピジョンブラッドルビーじゃないの? まさか! こっちはコーンフラワーブルーサファイア!?」
ネイはロクシーが取り出した商品を見て大いに驚いていた。
やはりネイも女性だから宝石には目が無いんだな。それにしても、宝石を扱うなんて、きっとロクシーは金持ちなんだろう。いや、話によると高額で売れる現物を持っているだけであって、現金はそんなに持っていなんだったか……。
「ええ、宗家はルビーとサファイアを主に取り扱ってマス」
ネイは顎の下に人差し指をあててしばらく考えた後、こう言った。
「あなた、宗家と取引することは可能なのよね?」
「ええ、商売相手として話を聞いてくれマス。あと、身内デスから少し有利に取り引きしてもらえマス」
ネイの表情が、だんだん何かを企んでる時の表情に変わってきた。
「わかったわ。私が何とかしてサルファでこれを売れるルートを作るわ。ちなみに、何の後ろ盾も無い商人には、この街でそのルートを作ることはかなり難しいわよ。かなり上手くいったとしても二、三年は掛かるわね。
どう? この話に乗ってみない?」
ネイは後ろ盾があるとでも言うのか?
「よろしくデス」
ロクシーは暫く考えた後に言った。気のせいか、ロクシーの目の奥にも光が宿ってきている様に見える。
「ちょっと時間が掛かるから、それまでの間ここで無銭宿泊して頂戴」
たった今、僕とネイの二人きりの生活が崩れるのが決まった。ゼロは居るけど。
こんなに狭いのに、三人暮らしか……。それは一体どのくらい続くのだろう。まったく。
「それで? 利益の取り分はどうしようかしらね?」
そんな僕の気持ちも知らず、ネイは続けた。
「ワタシが仕入れと輸送をしマス。輸送にはかなりの危険を伴いマスので、一対九デスね」
ロクシーは、さも当然といった表情でさらりと言った。
「あらあらあら、何言ってるの。さっきまで生まれたばかりの仔鹿みたいだったのに。そもそも売りのルートがなければどうしようもないじゃない。ただ同然の値段で売らざるを得なくなるわ。そんなんじゃ諸経費の元も取れないわよ。場合によっては原価割れするわ。売りのルートが無ければ粗利すらマイナスになるじゃないの。四対六」
ネイは、あなたどうしようも無い人ねと言うかの様に、頭を振りながら言った。
「ネイ? 宗家との仕入れルートは、ワタシじゃなきゃダメなんデスよ? 売るものが無いのに商売だなんて、頭がおかしいと思われマス。それをわかってんデスか?
それと、売りのルートはネイ以外でも確立できるんデスよ。数年我慢さえすれば、ワタシは別の選択肢も選べるんデス。さっきネイがこぼしマシたね『かなり難しい』と。これは不可能ではないってことデス。二対八デスね」
ロクシーはあきれ顔で言った。しかしこの駆け引きを楽しんでいる様にも見える。
そういえば、ロクシーは饒舌になってるな。
「ふ~ん、まぁ良いわ。私は商売人じゃないから、こんな駆け引きを楽しんでいる訳ではじゃないの。
そうね……、売りのルートづくりに必要な経費の金貨二千枚と二対八で手を打つわ。それでどうかしら?」
「え、金貨二千枚! ネイとロクシーは、そんな大きな話をしてたのか?」
僕は、そこでようやく駆け引きの規模を知った。そんな僕の発言には誰も反応しなかった。
「ほんとに固定額と二割だけで良いのデスか? ……良いでしょう、交渉成立デス。
でも……、もう少し駆け引きしたかったデス。もっとワタシの不利な点を突けば、ネイの割合は五分ぐらいは増えてたと思うんデスよ?」
ロクシーは物足り無い様な表情を浮かべながら言った。
「そこまで必要じゃないわ」
そしてロクシーとネイは固く握手を交わした。
「ネイ。金貨二千枚って……」
僕はネイに改めて尋ねた。
「あら、研究にはお金が不可欠なのよ。だから、大きな額も動かし慣れておかないといけないの。希少な本は高いのよね~。
ホント、びっくりするくらい」
ネイが肩をすくめながら困った様な顔をして言った。
「ネイがびっくりするくらいの本の値段って……」
そう言ったのだが、僕はもう考えるを止めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます