5-3節
今日ほど金持ちの道楽に辟易した日もなかった。鏡張りの通路には酸の水槽が口を開け、騎士の鎧は生ゴミを吐き、挙句、全身を挟まんとしてアイアンメイデンが追いかけてくる始末。宝物庫の定義を問い詰めてやりたかった。
何度目かの罠を超えてから、花岡が言った。
「それにしても、君は機転が利くな。僕だけではこうはいかない」
「おまえの頭が固いだけだ」
「そうなんだろうか。あまり自覚はないのだが」
「いいや、ごり押しが過ぎるな。さっきだって矢を強行突破しようとしただろ。これだから半端に力のある奴は。地力に頼って考えようとしない。おれから言わせれば宝の持ち腐れも甚だしいね」
「君には力がないと?」
「少なくとも周りはそう思ってるみたいだな。奴らにとっちゃ、術が使えない忍は不具者なんだとさ」
「ひどい偏見だ。抗議しよう」
勢い込んで花岡は言ったが、麓丸は怒気をはらんだ声で言い返した。
「余計な真似をするな。口で言って改めるほど物分かりのいい連中なら、最初から苦労してないんだ。それが並大抵じゃないことは、嫌というほど身に染みてる。いいか、言葉だけで人の心を変えようなんざ、おとぎ話だ。甘っちょろい綺麗事なんだよ」
打ちのめされた様子で横を向いた花岡は、「そうだな」と呟いたきり、口をつぐんだ。
沈黙が流れる。知ったことか、と麓丸は思った。実績によって黙らせなければどうにもならないという考えに変わりはない。人の痛みがわからない奴は同じだけの痛みを味わえばいい。実感を伴って知らしめることでしか、認識を覆すことなどできない。
協会に属していながら協会に居場所がない。それでも、宮の忍だという自負がある。腐っても同門なのは間違いないのだ。不利益をこうむるという理由だけで裏切りが許せないわけではなかった。
花岡に看破されないよう、平常通りの態度に努めてきたが、思わず感情的になってしまった自分に麓丸が苛立っていると、それまで何事かを思案していた花岡が声を掛けた。
「この任務、必ず成功させよう。僕も及ばずながら尽力する」
決然とした表情だった。真意は測りかねたが、麓丸は答えた。
「言われるまでもない。よく働け」
「わかった」
花岡はまっすぐな目をして頷いた。
最奥に保管庫があった。ショーケースの中には貴金属や高そうな腕時計があるが、好事家というだけあって、古今東西のきな臭いものが多数見受けられる。白鯨を模した茶釜や、ごわごわした毛に覆われたトロンボーンなど、流行りすたりがあるのか、
目指す巻物は、畳の一角にてあっさり見つかった。古木の棚の上に、無造作にも置いてある。花岡が写真を取り出して確認した。
「これだ」
「よし、ずらかるぞ」
来た道を戻り、ある部屋の途中で花岡を呼び止めた。
「ちょっと確認したいことがある。巻物を見せてくれ」
特にためらいもなく渡す花岡に、難しげな顔で受け取った瞬間、麓丸は跳躍と同時に合図を出した。床がなくなり、麓丸を乗せたアームは上昇する。動揺しながらも投げた花岡の鉤縄は、突如として現れた女の首にはたき落とされた。
落下しながら花岡が叫ぶ。
「飛騨くん、なぜだ!」
「このスパイ風情が。おまえが鹿沼に与しているのはわかってるぞ」
「違う! 僕は」
穴が閉じ、声が途切れた。
「はっ、いい気味だ」
よこしまに笑ったが、ふいにその笑みは消えた。麓丸はじっと白い床を見つめている。
「坊ちゃん、どうかされましたか」
操作盤の前から灌漑が呼びかけた。
「いや」
顔を上げた。
「なんでもない」
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