第50話

アルフォンスと二人、自室へ戻ると有里は疲れたようにソファーのひじ掛けに抱き着く様に座り込んだ。

「あぁぁぁ・・・・疲れた・・・・」

そんな彼女の横に腰を下ろしたアルフォンスは、ひじ掛けから彼女を引き剥がす様に膝の上に抱き上げ、クツクツと笑う。

「あそこまで・・・・話が通じないというか・・・思い込むっていうか・・・凄いわ」

彼に逆らう気力もなく、されるがままの有里に気を良くしたアルフォンスは、先ほどまでの皇帝モードはどこへやら・・・嬉しそうに口付けてくる。

「アル・・・今晩はあの二人の為に、食事会を開くんでしょ?準備しないと・・・・」

「あぁ、カミルにとっては貴族の身分としての最後の晩餐となるがな」

「・・・・・そこまでしないと、いけないのかな・・・」

アルフォンスが言うには、カミルは貴族身分を廃されるわけではないが、行儀見習いとして一時身分を皇帝陛下が預かるという形にするらしい。つまり一時期、平民へと身分を落とす形になる。

しかも行儀見習いに赴くのは、自国ではなく彼の姉であるべェーレル国シェザリーナ女王の元。


「確かに彼女は言葉が通じないし、思い込み激しいけど・・・・」

「このようになってしまったのは、疑う事を知らない彼女の性格なのかもしれないが・・・・それはある意味とても危険な事なんだ」

なんの疑いもなく相手の言う事を鵜呑みにするという事は、悪事にも簡単に利用されるという事で、今までそれが無かったのは彼女の周りを固めていた人たちの努力の賜物以外何物でもない。

「叔父上も心を鬼にして更生を試みたが、あの通りの容姿だ。中身がどうしようもなくても絆される人間も中にはいる」

つまりは自分では動かず、代わりに手足の様に動いてくれる人間が周りに侍り、何の意味も持たないという事か・・・

「結局は、本人に何の自覚もさせられなかったって事なのね」

「その通り。ただ、姉上の所ではそうもいかないだろう」

女傑と謳われるシェザリーナは、躾にはかなり厳しいと専らの評判で、『ユリアナ帝国更生施設』などと陰で言われるほど各国のどうしようもない貴族が送られているのだという。

その時に身分があっては何も変わらないという事で、特別に身分預かり制度の様なものが出来たのだ。

更生のお墨付きが出れば身分は戻されるのだが、所謂卒業が認められなければいつまでも平民。

シェザリーナに『嘘』は通じない。更生したフリをしても、すぐにばれるのだ。


初めて会った時には、その美しい容姿とは相反し、竹を割った様なさっぱりした感じの人だという印象しかない有里は、何だか想像できなくて小首を傾げる。

そんな有里を愛おしそうに抱きしめながら、アルフォンスは「ユウリの事は気に入っているようだから、大丈夫」と言うが、反対に『何が大丈夫?』と問い直したくなってしまう。

「今晩は身内だけの食事会だから、正装はしなくてもいい。恐らくカミルは目いっぱい着飾ってくる可能性は有るが・・・・リリ、ラン」

「「はい」」

呼ばれアルフォンスの前に立つ二人に、何故か今晩の有里の衣装の事で指示を出し始めた。

「ユウリの衣装だが、薄い若草色に銀糸で刺繍が施されているものがあったな?それにしてくれ。装飾品も先日送ったもので揃えてくれ」

「かしこまりました」

「おかませください」

リリとランが恭しく頷くのを横目に有里は首を傾げる。これまでこのように直接、指示する事が無かったから。

「・・・・なんで、アルが指示出すの?」

「それは、ユウリの魅力を一番知っているのは俺だからね。それに・・・ユウリはそういう・・・・センスが無いのは、リリやランから聞いているからな」

その言葉に有里は「うぐっ」と言葉に詰まる。

そうなのだ。彼女には服装やアクセサリー・・・つまりはお洒落センスが皆無なのだ。なので、いつもリリやランにお任せ状態。

「仕方がないじゃない・・・わからないのよ。自分に何が似合うのか・・・・」

「悪いとは言っていないさ。むしろ俺的には嬉しいかな」

「そうなの?」

「あぁ、愛する妻を自分好みに着飾らせる事ができるんだからね」

そう言いながら嬉しそうにこめかみに口付けてる夫に、有里ははにかむ笑みをうかべつつも甘える様にその頬に摺り寄せた。

「珍しいね・・・ユウリが甘えてくるなんて」

「うん・・・思ったよりも疲れてたみたい・・・それが今晩もかと思うと・・・・元気補充しないと、無理」

有里の、思ってもみなかったその言葉にアルフォンスはカッと目を見開き、いきなり上を向いた。

頬擦りしていた有里はかくんと前のめりになり、不思議そうに見上げれば、有里を支えていない手で顔面を覆いながら、何やら唸っている。

「アル?」

いつもと違う詰襟タイプではない服装は、普段は晒すことのない喉ぼとけが目の前にあり、それが妙に艶めかしい。

誘われる様にそっと手を伸ばし顎からすすっと指を滑らせ、その首筋に頬を寄せた。

ほうっ・・・と、うっとりするような吐息をつけば、いきなり身体が浮き上がった。

「えっ?ア・・アル?!」

突然、有里を抱き上げたまま立ち上がるアルフォンスを見上げれば、どこか怒ったように眉間に皺を寄せている。

「エルネスト、後の事は任せる。リリ、ラン、直ぐに支度が出来るよう準備を怠らないように」

「承知しました」

と、三人の声が重なるのを満足そうに見て頷くとなぜか寝室へと足を向けた。

「ちょっと、アル?何でこっち?準備は?」

何だか嫌な予感しかしない有里は焦った様に腕の中で暴れ出すが、そんな抵抗など彼にとっては子猫が暴れているようなもの。

「何で寝室なのぉ?!」

涙目になりながら訴える有里にアルフォンスは誰もが見惚れるような笑みを浮かべた。

「ユウリが俺を煽るからだ。あぁ、食事会には多分・・・・間に合うから大丈夫。多少遅れても、そこら辺はフォランドがなんとかしてくれるだろう」

しれっとした顔で、何も問題ないと言うアルフォンスは有里をベッドに下ろした。

反対に有里の顔は悲壮そのもので、じりじりと彼と距離を取ろうとするのだが・・・

「元気を補充したいんだろう?我が愛しき妻よ」

そう言いながら、見たもの全てを蕩かしてしまいそうなほどの甘い笑みを浮かべた。



時間を少し遅れて現れた皇帝夫妻は、周りの者が呆れてしまうほどに仲睦まじいもので、カミルは屈辱に、ルイスは隠すことのないその色香に顔を真っ赤にしながらも表面上は恙なく・・・食事会は進んだのだった。

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