第30話
薄暗く寒々しい地下牢。
短い間隔で灯りは燈されてはいるが、やはり殺伐とした雰囲気も相まって、寒々しい。
そこには小部屋のように区切られた牢がいくつもあり、ほぼ、一人部屋のように囚人が収監されていた。
そんな中でも、独立して置かれている部屋が幾つかあり、場所も他の囚人達と会話できないよう、それらとは離れたところに作られている。
そして、その中の一つの牢の前にフォランドが立っていた。
「初めまして、ルイノー・エストレンス侯爵。私は、この国の宰相をさせていただいております、フォランド・ベルモントと申します」
目の前の牢の中にいる人物に敬意を表し礼をすれば、男は居住まいを正し礼を返した。
「・・・・私は、もう侯爵などではない。ただの賊なのだよ。だが、丁寧な挨拶、痛み入る」
自分の事を賊と言いながら、身なりは賊とは程遠く、容姿は五十才も半ば位ではあるが、穏やかな口調なのにどこか威厳をも感じさせる風格。
フィルス帝国の先代と現皇帝の大臣をも務めていた彼は、国民のみならず貴族大臣からも信頼を得ていたが、クーデターの失敗により全てを捨てざるおえず、この国へと流れてきたのだ。
そんな彼の言葉に満足したように、フォランドは爽やかな笑みを浮かべた。
「私は貴殿とお会いできて、とても嬉しく思っているのです。この度は、前政権の重鎮が多数いらっしゃいましたのでね。尋問がとても楽しみで、待ち切れず会いに来てしまいました」
「これはこれは、負け犬に会う事を楽しみとは・・・随分とモノ好きでいらっしゃる」
「そうでしょうか?三年前までは現政権にも携わっておられた方達です。中々のやり手だったと伺っておりますが?」
「それは買いかぶりだよ。裏切り者を見抜けない程に間抜け共の集まりさ。・・・・君たちの間者をも見抜けなかった、馬鹿共さ・・・・・」
「そちらの帝国での事はわかりませんが、当国の件は見抜けなくて当然の事です」
「あぁ、大胆かつ緻密だった。あちらの国でもこちらの国でも煮え湯を飲まされ、人を見る目どころか全てにおいて自信を無くしてしまったね」
ルイノーは諦めたように乾いた笑いを浮かべた。
セイルの街で『賊』という形で徒党を組んでいたフィルス帝国の元政府関係者達。
その中の約四分の一ほどのチンピラと言うのが、実はアルフォンスが送り込んでいた間者たちだったのだ。
これまでの賊は、正にならず者や傭兵崩れの者たちが多く、どちらかと言えば一匹狼的なところがあり、群れを成す事を好まないものが多かった。
その所為で町の治安が乱れてきていたのだ。
だが、三年前のクーデター以降、首謀者である政府関係者が流れてくるようになってきたのだが、彼等は実に巧妙に姿を隠し、なかなかしっぽを掴むことができずにいた。
ならず者たちのように人に危害を加えるという事はなかったが、やはり表に出る事ができない分、犯罪まがいな事で生活を成り立たせていたのだ。
彼等の敵は何もユリアナ帝国の人間だけではない。
フィルス帝国からも裏切り者である彼等を追って、ひっそりと暗殺者が送り込まれているのだから。
だから、彼等の仲間に入る事ができたのは、ある意味奇跡に近いものがあった。
そこからは慎重、かつ大胆に仲間を送り込み増やしていったのだ。
そして、結果として暗殺される前に彼等をまるっと捕獲することができた。
今回の作戦の核は、チンピラの駆除と共に、フィルス帝国の元重鎮の保護をも目的としているところもあったのだから。
「でも、今此処に捕われ残った者達の中には、もう裏切り者はいないでしょう?篩ふるいにかけたとでも思えばいいのでは?」
「ふふふ・・・なかなか面白い事を言う。確かにそうかもしれないな。だが、もうその必要もないがね」
正直なところ、彼等は祖国に帰り政権を奪還する事を諦めてはいなかった。
それはとても細い糸の様な希望ではあったが、諦めない事が彼等の唯一の誇りでもあり、死んでいった同志達への贖罪でもあったから。
だが、こうして捕まり、しかも賊として投獄。
・・・・全てが終わってしまったのだ。
力なく口元を歪ませるルイノーに、フォランドはその事に関しては何も答える事はなく、淡々と今後の事を話す。
「尋問は陛下がお帰りになってからになりますので、それまではあまり居心地はよくありませんが、ゆっくりとお休みください」
「フィルス帝国の牢よりは、随分と居心地がいいさ。・・・あぁ、それと・・・」
「はい?何でしょう」
「ここでの罪人に対する食事には、趣向を凝らしているのかな?」
フォランドは何を言っているのかすぐにわかり「あぁ・・・」と自然と皺が寄る眉間を指で押し解した。
「それは、牢の食事は碌なものではない・・・と言う者がおりまして、最低限の人権保護を訴えるあるお方がこそこそと準備をされたのですよ。私には事後報告だけされてね」
「問題児なのですよ」と、疲れたようにため息を吐くフォランドを見て、ルイノーは驚いたように目を見開き、まさかと思いながらも口を開いた。
「もしや・・・使徒様・・・が?」
彼の声はかすかに震え、信じられという様に口元を手で覆った。
「えぇ、女神の使徒が自ら作られました。故郷の食事が恋しいのではないかと言われましてね」
「・・・そうなの、ですか・・・」
ルイノーは、そう呟くと力なく項垂れた。
「・・・・一体、どこが違うのでしょうね・・・この国と我が国は・・・」
その言葉は、感情の発露を抑えるかのように、どこか虚しさと悲しさを漂わせていた。
「我がフィルス帝国が栄えていた時代にはユリアナ帝国は乱れ、今はその逆。互いに交差する時は短すぎて・・・・何故、双方が栄えたままではいけないのでしょうか・・・」
これまでの歴史を顧みれば、互いの国が栄えていた時期というのはとても短く、必ずと言っていいほどどちらかが乱れていたのだ。
だが、そんな嘆きをフォランドは一笑する。
「そんな事はありません」
「え?」
「どちらかが栄えればどちらかが衰退する。そんな事は、こじつけに過ぎませんよ」
フォランドはきっぱりと言い放った。
「乱れるのはその王に国を治める能力がないからです。単にそれだけなのです」
他に何があるというのだろうか・・・とフォランドは思う。
「それを女神の所為にするのは、愚かなことです」
国を治めるのは人だ。女神の治めていた時代は遙か昔の事。
「人を治める事ができるのは、人のみ。単にその時代の王に能力がなかっただけの話。その責任を負うのもまた人です。この世は人が住まう場所なのですから」
その言葉に、ルイノーはまるで今目覚めたかのように瞬きを繰り返した。
そう、この世界は人の世だ。女神が治めているわけではない。人が統治している世界だ。神の世ではないのだ。
「ふっ・・・ふふふ・・・」
ルイノーが俯き、肩を震わせたかと思うと、声を上げて笑い始めた。
その様子にフォランドは驚くわけでもなく、どちらかと言えば嬉しそうに口元を緩めていた。
「有難う。未来に闇しか見えなく俯いてしまうと、考えることまで頑なになってしまうものなのだな。自分では柔軟なつもりでいたのだが・・・」
そう言いながら、目元に浮かぶ滴を指で拭った。
「久しぶりに声を上げて、腹の底から笑った気がする」
「そうですか。それは良かった」
「皇帝陛下にお会いできるのを楽しみにしている」
ルイノーは何処か吹っ切れたように笑う。
「あぁ、それと使徒様へお礼を申し上げてください。とても美味かったと・・・」
「承知しました」
フォランドは彼に一礼すると、有里にお説教と彼からの感謝の言葉を伝えるために、踵を返したのだった。
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