第26話

その日の夜、有里が誘った通りにリリとランと三人で女子会を

する事になった。

『プライベートルーム』の几帳をとっぱらい、ちゃぶ台の上には食料と飲み物を広げ寝間着姿で、正に無礼講上等だ。

「なんか、女子会っていうよりパジャマパーティーだね。これは」

有里お手製のポテチをつまみながら、双子は『ぱじゃまぱーてぃ?』と聞き返したきた。

「あぁ、ここではそんな事しないのかな?仲の良い友達同士、お互いの家に泊まりに行ったりしてさ、夜遅くまでお菓子食べながら愚痴を延々と言い合って、ストレス解消するのよ」

「「まぁ、お友達・・・同士・・・ですか」」

・・・いや、ちょっとと言うか、かなり主観的で有里のほぼ、おばちゃん的な見解である。

若い娘たち的には、主に恋バナに花を咲かせ盛り上がるのだろうが、なんせ相手は有里である。恋バナなんてものをすれば、お見合いババァになる事受けあいだ。

だが、双子達にはそんな事は関係無い。

『友達』と言う言葉に、驚きながらも何処か嬉しそうに頬を染め、有里を見つめている。

それに今日の主役は、言わずもがな有里その人だ。

「では、ユーリ様、愚痴をおっしゃってください!」

「わたくしたち二人が受け止めて差し上げますわ!」

二人は身を乗り出し有里に『さあ、吐け!』と言わんばかりに詰めよれば、有里は慌てたように「え?私からなの?」とのけぞる。

「陛下とは、どうなんですか?」

「あの鬱陶しい溜息は、陛下の事を考えての事ですよね?」

「セイルへ発たれる時のお二人は、とても感じが良かったのですが、想いを伝えあったのですか?」

「まぁ、そうだったのですか?いつの間に!全然わかりませんでしたわ!」

「ユーリ様の額と瞼に口付けていかれたんだもの。タダならぬ関係ですわよ!」

「きゃぁ~~!あの陛下が?あぁ・・・わたくしも見たかった・・・・」

と、当人である有里を無視し、何やら二人で盛り上がっている。

有里が「あの、違うんだけど」とか「ちょっと」とか、口を挟もうと頑張ってはみたがことごとく跳ね返されてしまった。


・・・これが若いむすめたちの恋バナなのか?!おばちゃんはついていけないよ・・・・


「これで、煩いハエのような貴族の娘たちも、陛下に群がることは無くなるかもしれませんね」

無視され続け一人やけ酒の如くグラスを煽っていると、とても辛辣な言葉が耳に届き、有里は「ハエ?」と聞き返した。

その声に対しては双子は反応を示してくれたようで、ご丁寧に説明してくれた。

「陛下はあの通りの容姿ですし、この国の最高権力者です」

「加えて独身で浮いた話一つなければ、自分にもチャンスがあるのではと、勘違い女が我先にと群がってくるのです」

「・・・はぁ・・・」

「女神によりユーリ様という使徒を、わ・ざ・わ・ざ!貴族大臣の目の前で召喚されたというのに、いまだハエのように群がってきやがるのですよ」

「陛下は当たり障りなく受け流してはおいでですが、陛下の行く先々で待ち伏せしやがりまして、鬱陶しい事この上ないのです」

「・・・・・・・・」

「傍から見ても陛下はユーリ様のことをとても大事に思っていらっしゃるのがわかるというのに!」

「あの女どもは、わざとらしくお二人でいるところに乱入してくるのよね。忌々しい・・・」

「・・・・別に私は・・・・」

「でも、お二人が想いを通わせ合ったのであれば、もうあのバカ女達は近寄ることすらできないでしょうね」

「これまでも陛下のユーリ様に対する溺愛っぷりは、こちらが照れてしまうくらいでしたもの」

その言葉に思わず「は?溺愛?アルが?誰に?」と、有里はわからないという風に首を傾げた。

すると双子は示し合わせた様に、肩をすくめて「これだから・・・」という様な表情で顔を左右に振った。

「なんか、それってムカつくわ」

口を尖らせれば、反対にぴしりと跳ね返された。

「何をおっしゃいますか!通常、無表情仕様で通っている陛下のあんな締まりのないお顔・・・コホン・・失礼。嬉しそうなお顔はユーリ様といらっしゃる時だけですわ!」

「その通りです!!それでどうなんです?お二人はデキてらっしゃるんですか?!」

二人にずいっと鬼気迫る顔で問い質され、つい正直に有里は答えてしまう。



「・・・・・・・・・・いえ・・・・・まだ、です」



「「なんですって!?まだなのですかっ!?」」

更に身を乗り出す二人に気圧され、有里はまたものけぞった。

「信じられない・・・あの夜の雰囲気は、どう見ても、誰が見ても・・・・」

「陛下はヘタレなのですか!?」

「「なんと、情けない!!」」


この場に居ないとはいえ、この国の最高権力者に対してなんと辛辣なお言葉。


「いや、彼が帰ってきたら色々と話すつもりだし。でも多分、二人が期待している展開にはならないと思うんだけど」

「「何故です!?」」

「何故って・・・だって、どう考えたって私じゃ力不足でしょ?」

さも当然という表情の有里に、双子は深い深い溜息を落とした。

「ユーリ様は陛下だけではなく、周りの者達からどのように思われているのか、全くわかっていらっしゃいません」

「それはもはや、罪です」

怒った様な顔で二人は、思いのほか強い口調で有里を窘めた。

「どう思われてるかなんて・・・私なんてユリアナというブランド名が無ければ普通の人なんだよ?皆がそういうフィルターを通して見ているから特別に感じているかもしれないけど、これといって何かできるわけでもないし、正直、この世界では足手まといくらいにしかならないんだよ」

大体、黒目黒髪もここでは珍しくても日本では通常仕様だ。興奮する二人を宥めるつもりで言った言葉も、宥めるどころか怒りを増幅させるモノにしかならなかったようで、彼女等の顔から表情がスッと消えた。

「正直、お使えした当初から『馬鹿かも、やっぱり馬鹿なの?』と思っていましたけれど」

「正真正銘の『大馬鹿野郎』だったとは思いませんでした」

その言葉と表情に、室内の温度が確実に二、三度は下がり、有里はゾクリと身を震わせた。

「確かにユーリ様は女神の使徒としてこの世界にいらっしゃいました。ですがそれはユーリ様を取り巻くものの付属品の一つでしかありません」

「たとえ女神の使徒でも、アークル伯のように敵対心を持つ者もいますし、もしかしたら陛下ですら興味を示さなかったかもしれないのです」

言われてみて、有里は初めて気づく。

そうなのだ。たとえ偉い人の紹介だとしても、その人・・・個人を好きになれるかなんてわからないのだから。

上辺だけでの付き合いであれば、多少性格が合わなくても付き合ってはいけるだろう。

だが、ここでの有里の立ち位置は、そばに仕えてくれる人間と上辺だけで付き合っていくという事の方が難しい。

常に周りに誰かがいて、そして誰かに守られているのだから、信頼関係はここで生活していくうえで必須ともいえる。


護衛についてくれているレスターやシェス達も、初めの頃は緊張した面持ちで接してきていたが、今では冗談を言い合えるくらいには仲良くなった。

よく手伝いに行く庭師のギルとその孫のルシアも土まみれになる事も厭わない有里に驚き、次第に心を開いてくれていた。

城内を歩いていれば、それこそ初めの頃は珍しい物見たさでこそこそ避けられていたが、今では相手から声を掛けてくれるようになってきた。

女神の使徒と言う肩書があるけれど、得体の知れない自分に時間が経つにつれ優しくしてくれる人達。

中には確かに距離を置いている人もいたが、ほとんどの人達が有里に対し温かく受け入れ接してくれている。

振り返って見れば、自分はなんて幸運の中で生活し、それに気づかないほど余裕なく自分本位で物事を考えていたのか・・・・

「大体その『黒』と言う色はさして大きな問題ではありません。金髪碧眼でも良かったのです」

「女神ユリアナが、ユーリ様を御選びになったという事が全ての様に思われてましたが、今やそれは付属品のようなものなのです」

彼女等の言葉がようやく理解でき、胸に込み上げてくる温かくて苦しくて切ない痛みと同時に、情けなさと後悔と懺悔と、そして感謝と。

そしてこの世界に来て初めて肩の力が抜けた様な気がして、胸の奥から言葉に出来ない混沌とした感情がせり上がってきた。


「・・・・本当、大馬鹿野郎だったみたい・・・・」と、大粒の涙を一つ落とした。


一粒零れてしまえば、あとは次から次へとそれに倣う様に落ちてゆく。

『女神の使徒』だから良くしてもらっているのだと思っていた。

『二階堂有里』という個人など関係なく。

そう思っていた所為か『女神の使徒』という義務感が自分でも思っていた以上に重く圧し掛かっていた事は事実だ。

人の目がある所ではそれこそ女神の様にと心がけ、私室では糸が切れたように呆然とし、これは仕事なのだと言い聞かせていた。

そうでもしなければ、自分自身が誰なのか分からなくなりそうだったから。

だけどこの子達は、それらを全て否定してくれる。大切なのは『二階堂有里』その人なのだと。

まるで呪縛から解放されるかのようにボロボロと滝の様に涙が流れ落ち、双子は驚きあわあわし始めた。

「ユ、ユーリ様!何で泣いてるんですか!?」

「いやだわ!こんなことで泣くような人ではないでしょう!?」

「いつもは嫌味の一つ言っても、気にもしないくせにっ!」

「やっぱり馬鹿だからなの??」

「「ちょっと、泣き止んでよぉぉ!!」」

とうとう地がでたのか、既に敬語すらなく、二人は降参したように叫んだ。

その慌てふためく姿が面白くて、ぐちゃぐちゃの顔をしながら有里は「ぶふっ」と噴出した。

「・・・・・ユーリ様・・・・・」

「泣いてるのか笑ってるのか・・・・ひどい顔」

いまだにぽろぽろと涙は落ちている。だけど、二人の様子もおかしい。

たまらなくて、肩を震わせながら泣き笑いしていると、リリとランは困った様に笑いほっと息を吐いた。

「ユーリ様。確かに初めは女神の使徒という事で、正直、構えていた事は否定しません」

「ですがそれは時間が経つにつれ、とても些細なことでしかなくなったのです」

「単純なのかと思えば思慮深い。情に流されやすいのかと思えば意外と冷徹」

「淑女であってもいい年齢なのに子供のようにお転婆ですし・・・いい意味で期待は裏切られっぱなしです」

誉められているのか、貶められているのか分からない二人の言葉に、有里は濡れた布で顔を拭きながら目を伏せた。

「だからこそ、周りの人達はユーリ様に惹かれ集まってくるのです」

「それを、物珍しいからだけだというならば、それこそ単なるきっかけに過ぎません」

「今では皆があなたの事が大好きなのですから」

「ですから自分の事を卑下するような事は言わないで下さい。『私なんて』と言う言葉は禁句です」

彼女等の言葉が面白いほど心に沁み込んできて、己の狭量に反省しつつも、にやける口元を布で隠しながら、有里はしみじみと呟いた。



「あぁ・・・私は本当に、幸せ者だぁ・・・・」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る