第21話

アルフォンスが消えた扉をしばらく眺めた後、有里はベッドにぽすんと正座した。


今のは、何だ・・・?何が、起きた??

拒絶する以前に、受け入れるのが自然な感じだった・・・

雰囲気に流されたのか?・・・いやいやいや、そんな雰囲気でも、なかったような・・・?

ちょっとまて、じゃあ何故に、ちゅーした?

んでもって、めっちゃ気持ち良かった??


そこまで一気に考え、心の中で「ぎゃぁぁぁ」と悲鳴を上げながら、枕を抱えベットの上を転がりまくる。


顔が熱い・・・心臓がうるさい・・・頭が、パンクする!!


アルフォンスの事は、好きだ。

それは、異性というよりは、どこか職場の上司というか、同僚というか・・・そんな感じに近いものがあった。

初めは息子のようにと思っていたが、色んな意味で自分の方があまりに子供じみていて、ここ最近は上司ポジションにスイッチし始めていたのだ。

アルフォンスも自分の事はある程度、好意的にとらえていてくれている事はわかっている。

でもそれは、女神に知らない世界に連れてこられ、何だかわからないうちに妃候補にされた可哀想な小娘と思っての事だと、有里は思っていたのだ。


確かにスキンシップがここ最近、多いなっては思ってたけど・・・


まさか、こんなことになるなんて思ってもみなかった有里は、ひたすら悶々と考え込んでしまう。


自分は、どうしたらいいのだろうか・・・

明日、どんな顔をして会えばいいのか・・・

あのキスは、どんな意味があったのか・・・

自分は彼を、どう思っているのか・・・・


―――それが一番重要だよね・・・


何度も言うが、彼の事は好きだ。

年若いのに皇帝陛下をしてくるくらいだ。陳腐な表現だが、もの凄くしっかりしていて頭もいい。

好きを通り越して、もはや尊敬の域に達しているくらいだ。

互いの置かれた生活環境が違えば、こんなにも違うものかと思ってしまうくらいに。だから・・・


こんな風になることは、想像してなかったなぁ・・・


何処か呆然としたように、枕を抱きしめながら身体を起こし、くったりと座り込んだ。

有里は、妄想族だ。

『望む事』『望まない事』をよく妄想する。

昔・・・まだ自分の世界で生きていた頃、家族の誰かと喧嘩した時や嫌な事があった時、よく考えていた事があった。

実は今現在自分自身は臨終間近で、これは記憶の中の出来事で正気に戻れば寝たきりの老人なのでは・・・とか。

もし、この記憶を持ったまま、人生やり直せたら・・・だとか。

その時は、そんな事などあり得ないと思っていたから好き勝手な第二の人生を思い描いたものだ。

自我をもった時まで逆行し、全く違う人生を思い描く・・・でも、冷静に考えれば少し面倒だなと考え萎んでいくのだ。

所詮は面倒くさがりな人間が妄想する、中途半端な物語。

そう、妄想だけで終わるはずだった第二の人生。

だが、あり得ない事が現在進行形で、起きている。

思い描いていたものとはかなり・・・・世界が違うが、記憶があって若返って独身で、まさに人生をやり直している。


自分の生きていた世界であれば、恐らく妄想していた通り・・・とまではいかないが、人生の選択をしていたかもしれない。

でも、ここは自分から見れば異世界で、自分の置かれた環境や状況が妄想の域のはるか斜め上にぶっ飛んでいる。

これまで歩んできた人生そのものとは全く接点が無いが、所謂『人生経験』という観点からは、五十二年分のモノがある。のだが、今はそれが余計なものだと思わずにいられない。

自分が生きていた世界であれば、とても重要で貴重な情報だ。

でも、今はどうだ。全くもって意味がない。というか、無い方が良かったかもしれない。

それが無ければ、きっと自分はアルフォンスの事を一人の男として好きになって、若さを理由にそのまま突っ走っていけたから。



―――それでもいいじゃない。折角の第二の人生なんだからもっと自由に生きなよ。



頭の隅に居座る、黒い尻尾と羽根を生やした自分が魅惑的に囁いてくる。

だが、精神的におばさんな有里は、臆病だ。そして、狡い。

色んな経験、酸いも甘いも味わってきているから、また失敗はしたくないと思ってしまう。

・・・余計な事を沢山考え、傷付きたくなくて手も足も出なくなってしまうような。

そこまで考えて『いや、違うだろ』と、ふっと頭が冷静になっていった。


・・・本当は良い歳をして恋愛事に我を忘れた、みっともない姿を晒したくないだけだろ?


暗い闇に潜む己が囁くと、これまで温かかった何かが急激に冷えてきた感覚に、有里は自分自身をぎゅっと抱きしめた。

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