番外編(裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚)
葉月二三
召喚(ローウィンス・アラフミナ視点)
今日は待ちに待った勇者召喚の日。
アラフミナ王国での勇者召喚は未婚の王女が指揮をとることになっている。つまり、今回は私の出番というわけです。
なぜ王である父ではなく私に任されているかといえば、勇者への褒美として差し出されるからです。
政略結婚のようなものですが、私にとっては願ったり叶ったりな話です。ずっと憧れていた勇者様と結ばれると思うと顔がニヤけてしまうので、気をつけなくては。
ただ、ここ最近の勇者様はハズレが多いとのことなので、今回はバルガンスラさんという有名な召喚師の方をお呼びしました。
バルガンスラさんは人間の召喚はしたことがないそうなのですが、召喚師の方々の中では有名な方のようなので、期待大です。
お弟子さんもいるらしく、本日は一番弟子の方にも補佐役として来ていただきました。
他には私の近衛騎士隊と治癒が得意な魔導師のコロネさんもお呼びしているので、準備は万端です。問題があるとすれば、コロネさんが可愛いことでしょうか。
コロネさんには今後勇者様のパーティーに入っていただく予定なので、本当ならこんな可愛い娘を選びたくはありませんでした。だって、勇者様がこの娘を選んでしまう可能性がありますから…。
でも、姉たちがあまりにしつこかったので、この方に頼むこととなってしまいました。
姉たちが出した条件は可愛くて、大人しく、治癒魔法が優れていて、伸び代のある女性でした。そんな方をすぐに見つけるなんて普通は出来ないでしょう。まぁ出来てしまったんですけどね…自分の優秀さが恨めしい…。
「ローウィンス様。準備が整ったのだが、始めてよろしいか?」
一番弟子のサマナスィさんが声をかけてきました。
どうやら召喚の準備が終わったようですね。
「お願いします。それではコロネさんも治癒魔法の詠唱を始めてください。」
「はい。」
現在、私たちがいるのは王城の別棟内にある召喚の間と呼ばれる部屋。ここは勇者様を召喚するときにのみ使用を許される特別な部屋であり、限られた者にしか部屋の存在自体知られていません。
私も今回の召喚の指揮を執るようにと父から命令を受けた際に初めて知りました。
部屋の中央には大きな魔法陣があり、魔法陣を挟んで入り口の反対側には王族が座るための椅子があるだけの簡素な部屋です。
私はその椅子に腰掛けながら、召喚の儀式を見ているのですが、バルガンスラさんの詠唱に反応するかのように魔法陣が淡い光を放ち始めました。
さて、どんな勇者様が現れてくれるのでしょう。楽しみですね。
コロネさんの詠唱も終わったようですね。あの詠唱は一部省略されてはいましたが『ハイヒーリング』のようなので、バルガンスラさんが召喚時の怪我を受けても大丈夫でしょう。
「…え?」
魔法陣が強く輝きだしたので、そろそろ詠唱が終わるのだろうと思った瞬間、バルガンスラさんの後頭部から血が噴き出して倒れました。
あまりに唐突な出来事だったので、誰も反応できず、少し遅れてどこからか間の抜けた声が聞こえてきました。
魔法陣の光も消え、残ったのはバルガンスラさんの死体だけ…溢れた血の量からして、どうみても即死でしょう。
さて、この状態はあまりよくありませんね。
どうすることが1番いいでしょうか。放置は愚策。なかったことにはできない…どうしましょう。
私がどうするべきか思案していたら、コロネさんがやっと事態を飲み込み、詠唱を終えていた回復魔法を使おうと杖を構えたのですが、それはさせない方がいいでしょう。
『ハイ…』
「お待ちなさい!」
コロネさんは私の制止の声に驚いたのか、肩をビクッとさせて、中断したようです。
どうみてもバルガンスラさんはもう死んでいます。これはハイヒーリングでは治らないでしょう。だからといって何もしないのはよくないでしょうが、ここでコロネさんに魔法を使わせた場合、治せなかったという経験をさせてしまうでしょう。最悪の場合、回復魔法を使うことに抵抗を覚えてしまう可能性がありますからね。まぁ可能性の話なんですけど。
そうでなくても勇者召喚という大役を受けた召喚師を死なせたことが罪となってしまうでしょう。でも、それは困るのですよね。だってコロネさんには勇者様のパーティーに入ってもらわなければならないのですから。
姉たちの出した条件にここまで一致する人をもう1人見つけるなんていくら私でも簡単に出来ることではありませんからね。
『ハイヒーリング』
どうするべきか考えながら小声で詠唱し、ハイヒーリングを発動すると、周りの人が驚かれたようです。私が回復魔法を使えるのがそれほど意外だったのでしょうか?
なんで私が回復魔法を使えるのにコロネさんを呼んだのかということでしょうかね。それはもちろん経験してもらうためだったのですが、いい経験でなければ意味がないですからね。
バルガンスラさんの後頭部の傷は塞がったようですが、やはり既に死んでいるようなので、意味のないことだったようです。
「皆さん。バルガンスラさんはどう見ても即死だったかと思われます。今回は誰にも非がなかったこととして終わらせたいと思うのですが、異論はございますか?」
「ふざけるな!そこの魔導師がすぐに回復魔法をしていれば師匠は死なずにすんだはずだ!」
やはりサマナスィさんは納得してくれませんか。
敬語にかんしてはことがことなので大目に見ましょう。
「ふざけてなどいません。まさかバルガンスラさんが失敗するなど思っていなかったもので、対応が遅れてしまいました。勇者様が現れてもいないのに怪我を負うなど想定の範囲外だったのですよ。今までの召喚師の方々も召喚時に怪我を負うことはありましたが、皆さん勇者様が現れてからでしたので、かの有名なバルガンスラさんが勇者召喚に失敗したうえに怪我まで負うなんて想像すらしていませんでした。申し訳ありません。」
もちろん今までの勇者召喚に立ち会ったことはないので、他の召喚師の方々の話は嘘ですけどね。
でも、サマナスィさんが黙ったところを見るに騙せたようですね。
「私としてはありのままの報告をして、バルガンスラさんやそのお弟子さん方に汚名を負わせるのは心苦しいと思っての提案だったのですが、受け入れてはいただけないのでしょうか?」
「くっ…しかし…。」
「それではこの罪は私が負いましょう。」
「「え?」」
サマナスィさんとコロネさんが驚いた顔で私を見てきました。
そもそもバルガンスラさんを死なせてしまった時点で私の失敗となるのですが、サマナスィさんとコロネさんは気づいていないようですね。
「その代わり条件があります。1つはサマナスィさんに代わりに勇者召喚を行なってもらいます。もう1つは今回コロナさんは参加していなかったことにしてもらいます。」
「どういうことだ?」
「今回の勇者召喚は私が回復魔法を使えるために正規の魔導師を用意せずに行なったための不幸な事故ということにしたいと思います。サマナスィさんが召喚した勇者様をバルガンスラさんが召喚したことにするため、召喚自体は失敗したことになりませんし、死んでしまったのも私の不手際となるためバルガンスラさんやそのお弟子さん方が汚名をかぶるということもないかと思います。もちろんバルガンスラさんにお渡しする予定でした報酬は全てサマナスィさんにお渡しいたします。いかがでしょうか?」
サマナスィさんが一瞬口角を上げましたが、お金に目が眩んだのでしょうね。馬鹿な人で助かりました。
それにコロナさんもオロオロしているだけで余計な口出しをしないでくれているのも助かりますね。
「それだと私が勇者召喚で死ぬ可能性があるではないか。」
「それでしたら、召喚の詠唱文の最後の部分を教えていただければ、詠唱終了に合わせて私がハイヒーリングをおかけします。そうすれば即死することはないでしょう。仮に私のハイヒーリングでは完治しなかったとしても即死さえしなければ、コロナさんのハイヒーリングで治るはずです。」
「…わかった。」
どうやら納得していただけたようですね。
「いいのですか?」
私の近衛騎士隊長が耳元に顔を近づけ、小声で確認してきました。たぶん私が罪をかぶることについてでしょうか。
それなら特に問題はないはずです。せいぜい王位継承権を失う程度でしょう。一度の失敗であればその程度で済むように今まで生きてきましたし、たぶん大丈夫でしょう。
もともと王位継承権なんてあってないようなものでしたし、実質なんの損もないのですから。
「問題ありませんわ。」
私の返答を聞いて、納得したかはわかりませんが隊長は後ろに下がりました。
その後、つつがなく勇者召喚は成功したのですが、今回も残念勇者のようですね。
一目でわかるほどですが、見た目で決めつけたらよくないですよね。
「コロナさん。控え室に移動をお願いします。そして、あなたは最初からこの場にはいなかった。いいですね?」
「…はい。」
「案内してあげて。」
「はい!」
近衛騎士隊の1人がコロナさんを連れて外に出て行ったのを確認して、私は立ち上がった。
「混乱して「まさかここは異世界なのか⁉︎僕は召喚されたのか⁉︎ってことはもしかして勇者⁉︎…よっしゃーーーーー!!!」…。」
この男、私の言葉にかぶせてきましたね。不快です。
「もしかしてあなたは女王様?いや、若さ的に王女様かな?」
「私はアラフミナ王国第三王女、ローウィンス・アラフミナと申します。今後あな「美人王女キターーーーー!!!僕がチート能力で魔王を倒したら結婚とかいう流れっしょ?まさかの逆転!勝ち組じゃん!」…。」
あぁ、この方は生理的に受け付けないタイプの男性ですね。
さて、どうすればこの残念勇者と距離を置くことができるかを考えなくてはですね。
…なるほど!姉たちが魔導師を指定した意味がやっとわかりました。
この男にはコロナさんと結ばれてもらいましょう。冒険中に恋に落ちるのは何も不自然ではありませんからね。仕方がないことです。
「今後あなたには大災害の対処をお願いしたく思います。大災害は魔王だけとは限りません。その全てに対処していただくために仲間とパーティーを組んでレベルを上げるなどして強くなっていただく必要があります。そのパーティーメンバーはこちらである程度「レベルとかある世界なのか!ということはもしかしてステータスとか自分で確認できるのか?スキルとかもあるのか?楽しくなってきたな!もしかして王女様もパーティーメンバーなのか?」…。」
…。
「私はパーティーメンバーではありません。」
「マジかー…。まぁ王女様が怪我でもしたら大変だもんな。それで、僕はまず何をすればいい?」
「これからあなたには国王と会っていただきます。そこでいろいろと説明を受けることになります。」
あとはお父様にお任せしましょう。
「ウィルソン。この方の案内を任せるわ。道中で軽く説明もしておいてください。私は後片付けがあるため同行できませんから、あとはよろしくお願いしますね。」
「かしこまりました。」
隊長に命令をして、あの男を連れていってもらうことにしました。
2人が部屋を出たのを確認して、サマナスィさんに向き直りました。
「バルガンスラさんの遺体はいかがしますか?」
「師匠たちの眠る墓地に埋葬したいと思うので、連れて帰りたいと思います。」
「かしこまりました。それでは今回は命をかけて立派な勇者を召喚してくださったということにして、何かをお付けいたしましょう。棺などをご用意してきてもらえるかしら?」
「はい!」
近衛騎士隊の1人が返事をして、部屋から出て行きました。
あとはサマナスィさんに余計なことをいわないようにいい含めておけば、バルガンスラさんのお弟子さんたちから恨まれる可能性はだいぶ減るでしょう。
とりあえずは一件落着ですかね。
それにしても、せっかく楽しみにしていた勇者召喚がこんな結果になってしまって残念です。有名な召喚師だという話だったから、本当の勇者様を召喚してもらえると期待していただけに残念です。
まさか召喚に失敗したのに怪我だけ請け負うとは…。
…あら?なんで失敗したのに怪我をしたのでしょうか?
勇者様のことを調べたときに召喚についてもいくらか調べましたが、どの本にも“召喚したものが受けていた怪我を代わりに負うことになる”と書かれていたはず。
ということは逆に考えれば、怪我を代わりに負ったということは召喚できているはずでは?
この魔法陣は異世界の人間のみを召喚する特殊なものだったはずなので、異世界からこの世界に召喚自体は成功したのではないでしょうか?ただ、この魔法陣の上に召喚される前に召喚師が死んでしまったためにここには現れなかっただけでは?
可能性はゼロではないはずです。
探す価値はありますね。
でも、ここに召喚されなかったということは召喚紋は刻まれていないと思うので、探すのは大変でしょうね。世界は広いですし。
せめてこの大陸内であれば時間をかければ見つけられる可能性もありますが、もし外にも大陸があったとして、そこに召喚されていたとしたら探しようがありません。
…否定的なことを考える前に行動するとしましょうか。
私の憧れの本物の勇者様がいるかもしれないのですから。それだけで探す理由としては十分でしょう。
「バニラ。集めてほしい情報があります。今日以降に冒険者登録をした者とその者の出自。あとは今日まで無名だったものでこれから一月以内に名を上げた者がいたら教えてください。」
「はい!」
私の近衛騎士隊唯一の女性騎士であり、私の身の回りの世話係でもあるバニラに命令し、私は部屋に戻ることにしました。
後片付けを理由にしてあの男と別れましたが、指示は出しましたし、もう私がいなくても問題ないでしょう。
「それではあとは任せます。私は部屋に戻るので、何かあれば知らせてください。」
「はい!」
さて、バニラに頼みはしましたが、自分の足でも探してみましょう。そのための準備をしなくてはいけませんね。
やることが多いのにあの偽勇者の面倒も見なくてはいけないと思うと憂鬱ですね。
それでも、本物の勇者様に会えるかもしれないというだけで、なんとか頑張れそうです。
今度こそ本物の勇者様に出会えることを願いますわ。
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