第92話

「あーあーあー。こんなものかな?」


 アッシュの腹部を貫いたまま、ミリンは薄く笑いながら語りだす。


「おっ――――ダメか……反応が鈍いな……やはり上手くいかんな」


 勢い良く腕を抜き、鮮血が散る。


 アッシュは地に崩れ落ち、その顔を苦痛に歪めながらミリンの顔を見上げる。


「眷属の遠隔操作と言ってね……あまり使い慣れてはいないんだがね」


「――――ジャービスッ!!」


 頭部を吹き飛ばされた筈の吸血鬼はその頭を再生しながらゆっくりとアッシュに歩み寄る。


「『鋼星キュクロプス』か……随分と厄介だな。銀の剣とは……まさしく吸血鬼にとっての天敵じゃないか」


 吸血鬼の弱点のひとつである銀で頭部を破壊されたにも関わらず、天敵だと宣い賞賛の声を送る。


「何故……生きている……ッ!? ミリンに何をしたッ!!」


「そう興奮するな、そんなに血を流しているというのに」


 やれやれと呆れた口調でアッシュの側で屈み込み、その傷口を優しく手で抑え付ける。


「ああ、ああ、勿体無い。強い者の血は出来る限り無駄にしたく無いというのに……」


「――――うっ!?」


「さて……質問に答えようか。まずは彼女について聞きたいだろう?」


 呆然と立ち尽くすミリンの姿を一瞥し答える。


「血から流れる彼女の記憶から君の姿を垣間見てな、これは是非とも使えると思い特別にある程度の知性を残したのだよ」


「……彼女は……無事なのか……?」


「無事と言えば無事だな。彼女は最早私の眷属だ。ミリンの全てを掌握していると聞けば聞こえは悪いが、君が私の眷属に――――」


 アッシュを前にして完全に警戒を解いているジャービス。


 その言葉を遮る様にしてアッシュの創造した銀の剣がもう一度ジャービスの頭部を粉砕する。


「――――ああ、ついでだ……それでは二つ目……何故吸血鬼の弱点である銀が効かないのかと言うとだね――――」


 脳漿が周囲に巻き散らされ、口だけの状態から徐々に再生していくジャービスの頭部。


「吸血鬼という世界的に有名な種族の弱点を……何故我々が克服していないと思うんだ?」


「……克……服?」


「これを突けば倒せるだろう、それを利用すれば有利に働くだろう。銀に流水、十字架にニンニクと、明確な物からあやふやな物まで多種多様だろう。それ程までに吸血鬼という種族には弱点が多い。その代わりに得られるのが他の生物を寄せ付けない絶対的な力だ」


 完全に頭部を修復させ、優しく説き伏せる様にアッシュの頭を撫で付ける。


「だからこそ……優れた我々が何故弱点をそのままにしておく道理がある? そんな明確な弱さを持っていて、何故戦場を駆け回れる? 出来る訳が無いだろう? 何故なら弱点を突かれれば死んでしまうのだから」


 紅く輝く双眸がアッシュの黒い瞳を捉えて離さない。


「だからこそ……ああ、泥臭い話だが、研究と努力の結晶だよ。我々は世界に喧嘩を売る前に、まずは自身の弱点を全て克服したのさ」


 それはあまりにも単純な話。苦手な分野があれば克服しようと、出来ない事があるのなら出来る様になろうと、当たり前の事を当たり前の時に当たり前に実行する為に、世界に名を轟かせる化け物達は努力を決して止めなかった。


「だからこれは、それだけさ。気にする事は何も無い、それだけの話だ」


「――――ウッ――――ゲホッ! ゲホッ! アァ――――」


 口内から溢れ返る多量の血にむせ返りながらもアッシュは目の前の化け物を見上げる。


 勝てない、人という存在がどれ程努力を重ねようがこの存在には勝てないと。それと同時に劣等感の様な物が沸き上がり、ジャービスに対して僅かでも尊敬してしまった自身を悔い、アッシュは歯噛みする。


「気にする事など無い。出来が違うのだ。人という短い生で我らの様な真似事は出来ないだろう。時折精神力で捻じ伏せる傑物もいるが……あれは例外だものな」


 少し呆れた様に優しく笑う。


 まるで子供をあやす様に、説き伏せたジャービスはアッシュの頭から手を放し、差し出す。


「私の眷属になれ、アッシュよ。ミリンも連れて、共に生きようではないか。そうすれば――――」


「――――黙れ」


 尊敬もする、その生き方に。それでも絶対に許せないのだと睨み付ける。


「無辜の民を傷付けて……死骸を弄んで……努力の果てに為す事がそんなものなのかッ! オレはそんな事は認めないッ! 強さとは――――弱き者を守る為に振るわれるべきなのだからッ!」


 ジャービスの手を振り払い、アッシュはもう一度立ち上がる。


「やれやれ……今日はやけに話を遮られるな……」


 誘いを断られ、少し寂しそうにアッシュとの距離を取る。


「言い分は理解出来るさ。輝かしい足跡には輝かしい目標が、という奴だろう? しかしこればかりは吸血鬼の宿命という奴でな……人間は所詮食い物としてしか扱えんのだ……」


 故に全力で殺す為だけにジャービスは僅かに構える。


「……さらばだ、私が認めた人間よ。せめて敵として葬ってやろう」


「負けるものかッ! 来い、化け物ッ!」


 銀に輝く両手剣を携えて、アッシュは雄々しく吠えてみせる。


「……アッシュ」


 既にレイとミノアはジャービスの視界には入っておらず、いつでも逃げられる場面にしかし、レイの足は物陰から動けないでいた。


 アッシュを救える好機を見極める為に、レイは羽を休め静かに息を潜める。


 始まるのは一方的な蹂躙だった。


「『血星ブラッドリード紅蓮の断頭台ダーカーノーヴィス』」


 繰り広げられるのは血の断頭台。


 紅く輝く結晶を凝縮し、それぞれの武装として身に纏うブラッドリー家にのみ許された星の力。


 血を凝縮した結晶を右腕に纏わせ、それ自体を極小の断頭台として放たれるのは全てを切り裂く結晶の刃。生きとし生けるもの全てを断罪する血の刃は触れてしまえばそれで終わり。体の自由は奪われ、体内に流れる血液という血液が刃に触れ、生命力の全てを吸い取りミイラの様に命を枯らす。


 吸血鬼以外の生物全てを断罪するジャービスの星は讃えるべき宿敵にのみ振るわれる。


「グッ――――くぅっ!!」


 対するアッシュの『鋼星』。金、銀、銅、あらゆる金属物質で剣を創造するだけの能力。本人の技量に左右されるそれを最大限に生かす為にアッシュはひたすらに剣を振るい続けた。


「おっと!」


 放たれる血の刃を捌きながら時折差し込まれるのは視界外からの銀剣の攻撃。ジャービスを刺し貫く為に豪速で飛来する。


 これこそアッシュが鍛え抜いた成果。自身の手元だけでなく、あらゆる場所に剣を創造出来るようになり、更にそれ自体に攻撃力を加える為に空中から射出出来る様に努力した。


 努力して、努力して、大切な人達を守り抜く為に人並み以上に努力をしたがしかし、化け物には通用しない。


 アッシュにはそもそもジャービスを殺し切れるだけの攻撃力が備わっていない。先の攻撃も、避けずともよかったのだ。それを態々回避してみせたのは敵を前にして油断を一切しないというジャービスの本質からだった。


「良い太刀筋だっ! 良い連携だっ! 前後左右、空間全体に気を張らねば瞬時に首を飛ばされるだろうっ!」


「――――グゥッ!?」


 放たれる血の刃を剣で受け流す。それだけで銀の剣は根元から圧し折られ、次なる剣をその手に構える。


「良いぞ、良いぞ、良いぞっ! やはり私は貴様の様な人間が好きだッ! 困難を前にしても、決して止まらない姿に胸を打たれるッ! 不死という怠惰に溺れずに、瞬間を駆け抜ける貴様達が大好きだッ!」


 ジャービスの絶大な賞賛の声を前に、アッシュは血の刃を潜り抜け懐に潜り込む。


「――――オォッ!!」


「――――だからこそ」


 アッシュの渾身の一撃。攻撃後の隙を突いて放たれたそれは、いとも簡単に血の断頭台で受け止められてしまう。


「――――油断はしない。貴様は既に私の敵だ」


 振るわれる化け物の全力を前に、アッシュは死を覚悟する。


 ――――瞬間、烏は地を飛翔する。


「――――なッ!?」


 それは戦いを邪魔された憤慨の声だったのか、ジャービスが声を上げた瞬間には彼の首は地面へと落ちていた。


 全速で接近し、地に落ちた無数の剣の中から辛うじて使えそうな物を選定し、全力で振るう。


 視界外からの『烏星』からの攻撃にジャービスの体は膝から地面へと崩れ落ちる。

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