第52話
小綺麗な街並み。アステリオの様な活気のある物とは別で、静謐な美しさを持った街並みだ。
白の石造りで出来た建物が殆どで、まばらに教会が幾つも立っている。流石は正教国、宗教の国だ。
「よし、早速――――」
すぐ後ろに居た筈の二人の姿が掻き消えていた。
周囲の景色が溶け、白い建物の壁面には血に塗れた肉片がこびり付いている。
「お初にお目に掛かります。侵入者の君」
紡がれるのは優しい声。子供を叱りつける様に顔の整った男が背後から話し掛けてくる。
「他の奴らは?」
「御安心を、貴方のみを取り込んだに過ぎません。お連れ様は外にいらっしゃいますよ」
「そんで……これは何だ? 能力は? つか、何でバレた?」
「最初から答えさせていただきましょう。ここは私の星の光の中。次に、この空間に存在しているだけで血肉を啜られ絶命にまで至ります。最後の質問に関しましては簡単な事、予め暗躍して入り易い穴を作っていたのですよ。ああ、この穴というのは物理的な物では無くてですね――――」
「ああ、もういい、もういい、分かったから。よくもまぁペラペラと喋りやがる奴め」
「本分でして、元は教師故、説明せずには居られないのです」
「こんな凶悪な力を持っていて……か?」
空間に存在しているだけで血肉を貪られる。一体どんな精神性を持っていればこんな力が発現するのか。
紺色の髪を掻き上げながら、男は左腕の包帯をそっと解く。
「遅れましたね、自己紹介を致しましょう。私はスヴァルト正教国軍所属、ノービス・ヤクトグルーと申します。以後、よろしくお願い致しますね?」
「えっと……ジョン・ドウだ。一応聞くけどボスの居所とか教えてくれねぇか?」
「くくっ、戯れ言を」
ノービスが動き出すのを確認し、静かに構える。
――――
「ア、アイルさーん……何処ですかー……」
「敵の罠でしょうか……」
市街地に入った瞬間、突如目の前から消えたアイルの姿を探しながら近くの物陰へと姿を隠す二人。
「さぁーて、何処にいるかなお二人さんよぉ」
入ってきた地点には既に敵と思われる男が立っていた。
白の軍服を着崩し紫色の髪を逆立て荒っぽくズボンのポケットに手を突っ込んでいる。
「大丈夫です。我々の姿は見えていない筈です」
「見えてるぞー。追いかけっこは無しにしようぜ。とっとと拳で語ろうや」
「見えてるみたいですよ……?」
「仕方がありませんね……」
チドリは腰に刺した苦無を外敵に放つ。
『陰星』の力を流し込み、見えない投擲として放たれるそれは男の眉間へと一直線に飛翔する。
「小細工はやめときなって」
最小の動作で交わし、男はチドリの元へと駆け出す。
「逃げてっ!」
暗闇を生み出し、抜けた先には自身の分身を大量に生み出し、何処に逃げるかを悟らさない。
元よりチドリに戦闘能力は皆無だ。故に、初撃を外したならば行うべきは逃走のみ。
「だからさぁ――――見えてるっての」
暗闇に、分身に惑わされずに、男は一直線でチドリの背後に接近する。
「取り敢えず、お返しだァ!」
チドリに迫る剛速の拳。当たれば絶命、掠ったとしても重傷は避けられないだろう。
無防備な彼女の背中を拳が捉えたその瞬間。
「取った」
男の背後から聞こえるチドリの声。声に気づき、背後を振り向くが、もう遅い。既に苦無は首を捉え、後を振り抜くのみなのだから。
「――――――、ッ!?」
「変わり身って奴かい? 聞いた事あるぜ? 東方の暗殺者が使う技法だろ? 珍しいねェ、星との相性もバッチリってか?」
「――――な……にぃ……?」
男の首を捉え、刃を振り抜いた瞬間、チドリを襲ったのは見えない衝撃だった。
横合いから巨大な鉄の塊で殴り付けられた様な違和感。
「驚くよなァ、無理もねェ。ツマラネェ力だと心底吐き気を催すぜ」
「ゲホ――――カハ――――ぐっ……ハァ」
「ジャック・ザ・ブレイカー。なぁにしがない傭兵さ。ここのボスには恩があってね。このイカレた聖戦とやらに参加させて貰ってる」
ジャックは笑いながら右手を晒す。
「聞いた事あるかい? 星骸者っつってよ、星神の体を移植してんだ。俺の『
体に張った圧力の壁。それに触れた瞬間、襲い掛かる空圧の嵐。触れずに敵を圧し潰す、それこそが『圧星』の能力。
たとえ姿形は見えなくとも、そこに存在するという空気の流れにより隠密を無効化していたのだ。
ジャックの右腕がチドリに向かう。触れただけで体を内側から粉砕する破壊の右手。
チドリの足は動かなく、ただ訪れる死を待つばかり。
――――瞬間。
「――――、ガッ!?」
ジャックの右腕を綺麗に切断する光の剣。星神の右腕は宙を舞い、呆気なく地に落ちた。
――――
「一応聞いておくんだけどよ、ボスの居所を教える気は無いか?」
「――――、ぐっ、アアァァァァァァァァッ!!」
「叫んでるだけじゃ分からねぇだろうが」
先程襲ってきたノービスとやらの亡骸を態々分かりやすく引き摺りながらチドリの側の男を蹴り上げる。
「ああ?」
蹴った瞬間、吹き飛んだのはまさか俺の右脚だった。
「壁……いや、空気か何かに干渉してるな?」
『狼星』で波長を合わせ、奴の体を纏う空気の層を中和する。
「成功。ったく、カッコつかねぇな」
面倒な事情聴取などさっさと終わらせてしまおう。
脚を瞬時に再生させ、もう一度膝を付いている男の腹を蹴り上げると面白い様に吹き飛んで行く。
「喋れるだろ? 教えろよ、マリグナントとやらの居所を」
今回の襲撃、下手をすればエレンが用意した策略の可能性もある。
まあ、大方まんまと敵の罠に嵌まったってのが関の山だろうが、情報を得られる機会が有るのなら利用しない手はない。
「こいつは答えてくれなかったんだ。お前はどうだ? こうはなりたくないだろう?」
左腕から黒い泥を全身に纏ったノービスの亡骸を男の前に突き出す。
「なっ……嘘……だろ?」
外に居る男の気配を察知し、態々『冥星』で仕留めずに、交渉の材料として使う為に素手で迅速に惨たらしく嬲り殺した。
故に、亡骸の様は悲惨そのもの。さあ、恐怖に煽られ語るがいい。
「もう一度聞くぞ? お前たちの、ボスの居所は?」
「言えねぇな……」
「じゃあもうこれはいいや。さっき東門から大勢の兵士が出て行ってたけど、アレは何だ?」
「見りゃ分かんだろ……ゲホッ、まさしく全軍突撃だよ」
「コレは喋るのか……それじゃあ何でオマエたちはここに残ってるんだ? 全軍だろ? しかも星骸者、星神の体まで与えられて、そいつらだけで本陣を守り切ろうってか?」
「ああ、その通りだ」
「ハァ……」
呆れを通り越して言葉も出て来ない。
「相手が誰か分かってるのか? 『明星』だぞ? オマエ等を加えた所で勝てないのに、自分たちで勝率を下げてどうすんだよ」
「こっちにだって、ガンツが居んだよ」
「ガンツ?」
「大司教様の腹心さ……奴なら、『明星』に届く」
「いいや、無理だろう」
鼻で嗤う。こいつ等は本当に、脳味噌まで宗教漬けの阿呆なんだな。
「何をしようと勝てないからこそ英雄なんだよ」
これは最早信頼などでは決して無い。分かりきった事実として男に告げる。
「……殺せ。これ以上はお喋りする気はねぇよ」
「おう、せめて苦しんで死んでくれや」
男の周囲を銀狼が囲う。一斉に動き出し、獲物を貪り腹を満たす。最初は嘆き、絶叫を上げていたが、次第にその声は小さくなり、残されたのは無残な死体だけだ。
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