第23話 流転の時代⑥ 🌼先代・片倉景綱の遺訓
同年10月14日。
大坂夏ノ陣から半年後に没した先代・景綱(享年59)の7回忌が行われた。
阿梅姫の席は綾姫の隣に設けられていた。
鵜の目鷹の目の視線に、年の離れた姉妹のように親密なふたりが余すところなく披瀝され、出席者一同、正室推薦の側室を受け入れざるを得ない仕掛けである。
「夏ノ陣での殿のお手土産じゃ。いまだから申すが、いつかはこうなると思うておったわい」遠目にじっくりと阿梅姫を観察しながら、訳知り顔に頷いてみせる者もいたが、「しいっ、さようなご無礼を申すものではない。法事の席で不謹慎ではないか」主君ゆずりの生真面目な朋輩に窘められ、面目をつぶす羽目になった。
片倉初代小十郎景綱は弘治3年(1557)、出羽国置賜郡下長井庄宮村に生まれた。父の景重は、伊達政宗の祖父・晴宗に仕えた米沢八幡の神主。母は本沢真直の娘で、のちの人取橋合戦(天正13年)で名を馳せることになる
ちなみに、先夫との間に生まれた女児が、のち伊達家伝説の女傑となる喜多で、文武両道に卓抜な才を現わした喜多は、伊達氏第16代当主・輝宗の目に留まり、嫡男・政宗の乳母に抜擢された。のちに、喜多の腹違いの弟・小十郎景綱も梵天丸(政宗)の
ときに喜多37歳。
片倉景綱19歳。
伊達政宗9歳。
政宗を手塩にかけて立派な武将に育てあげた喜多は、仙台城の奥御殿を一手に取り仕切る一方、弟の景綱が本拠とする白石城の仕置きにも持ち前の才を巡らせた。
その代表例のひとつが、片倉家の
――武士たるもの、二君にまみえるを恥と心得よ。
並みの武士以上に凛然たる覇気の持ち主で、常々から文武の修練怠りなく、女の身でありながら真の漢の気骨を養った姉の教えを忠実に守った景綱は、あるとき、太閤秀吉十八番の「1本釣り」で、5万石の大名の座をちらつかせられたが、
――ありがたき仰せなれど、それがし主君に対し忠義薄くまかりなりますゆえ。
丁重に謝し、甘い誘い水をきっぱりと断った。
――政宗に劣らぬものはなけれども、小十郎を持たぬは、われが劣るなり。
人誑しの呼び声高い徳川家康をして、大いに羨ましがらせたとも言われている。
戦場においてはむろん勇猛果敢だが、武辺一辺倒ではなく、能や詩文を好む政宗のよき朋輩として舞や笛もよくした。大坂出陣の折り、伊達隊の先陣の栄を賜った嫡男・重長に「黒釣鐘」の旗を与えた景綱は、片倉隊の御大将としての身の処し方を懇々と諭している。
――われ、この
大坂へ向けて出陣する片倉隊は総勢1,000名。
鉄砲300挺、弓100張、槍200本。
御大将の小十郎重長を先頭とする馬上60十騎は、銘々の兜に
戦後「鬼の小十郎」の名をほしいままにして凱旋した重長に目を細めながらも、
――一軍を預かる大将としては、逸る気持ちに急き立てられ、自ら前線で敵と刃を交えるなど絶対にあってはならぬ。立場を弁えよと申したはずじゃ。慮外者め!
華々しい活躍が過ぎた息子の若気の至りを厳しく戒める親心も忘れなかった。
多くの家臣から慕われた景綱の死に当たっては、5人の篤臣が追い腹を切った。ほかにもうひとり、かねてより殉死を約束していたが、景綱のたっての願いを入れて重長と共に大坂に赴き、道明寺口の戦いで戦死した家臣も加えられたので、愛宕山の廟所には6体の供養塔が並ぶことになった。葬礼に際し、故人の唯一の主君となった伊達政宗は、自らの愛馬・片浜栗毛を下賜して景綱の棺を引かせた……。
語り尽くせぬ故人の仁徳を示す輝かしい逸話の数々に耳を傾けながら、阿梅姫はすでに片倉の一員に同化している自分を強く認識していた。
夏ノ陣の残党狩りのほとぼりが冷めた頃、姉の自分を頼って落ち延びてきた異母弟の大八も、重長夫妻の手厚い保護のもとに逞しく成長していた。
――大坂城で父上と約束したとおり、真田家の血筋を守ってゆくのがわたくしのつとめ。信濃上田から紀州九度山へ、戦乱の大坂を経てここ出羽白石へ流れ着いた真田の血を、いや、真田左衛門佐信繁の血を、何としても守り抜かねばならぬ。
片倉家の
法要の席のもうひとつの関心は、主君・政宗の長女・五六八姫の動向だった。
仙台城二ノ丸のとなり、かつては竹林だった所に「西屋敷」と呼びならわす御殿が新築され、つい先頃、江戸屋敷から帰って来た五六八姫は、父・政宗が罪滅ぼしの思いを込めて贅を尽くさせた豪奢な御殿で、新たな暮らしを始めたという。
そこから先はだれもが声をひそめ、訳ありの耳打ちを精進の席にまわし合うだけなので、阿梅姫には、しかとはわからなかったが、察するに、どうやら五六八姫にはひとりの男児がいるらしい。
――御公儀には秘密の子。万一、露見したときのために僧籍に入れておられる。
漏れ聞こえて来る会話を小耳に挟んだ阿梅姫は、主君・政宗の黙認のもと、片倉家の家臣として白石城二ノ丸で養育してもらっている大八の身の上に重ねてみずにいられなかった。天下仕置き転覆の企みを防ぐため、御公儀が各地に放っていると聞く忍の存在を思えば、おおっぴらに姉と名乗れぬ立場は、母の名乗りを許されぬ五六八姫の場合と共通しているかもしれなかった。
――弟でもこれほどまで愛しいのだもの、わが子となればどんなにか。
阿梅姫は会ったこともない五六八姫に、ひそかな共感と同情を寄せた。
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