サラマンダー②

 かつては人に火を操る術をもたらすだとか、恐ろしい毒を持っているのだとか、業火を吹く大きなドラゴンだとか、様々な説や姿で描かれてきました。

 火の中で生きているだけでも、信仰や憶測を膨らませるのに充分な要素ですよね。


 けれど、今わたしの目の前の暖炉の火からちょこんと顔を覗かせたのは、恐ろしいだとか、大きなドラゴンだとか、そんな大層な姿はしていません。

 かわいいものです。見まごうことなく、これはトカゲの姿です。周りを確認しているのか、先程からキョロキョロしています。


 しかし、サラマンダーはどこから入り込んできたのでしょう。


「こんにちは、サラマンダーさん」


 呼びかける私に、彼の顔がこちらを向き、じっと見つめてくる。

 その口元をよく見れば、暖炉の火が吸い込まれ、吐きだされ、火で呼吸をしているかのように見えます。


 わたし、唐突に焼かれたりしませんよね?


 昔読んだ教科書によると、サラマンダーもヒトの言葉を理解できるそうです。話せるコも中にはいたとのことです。精霊はその種族を問わず、ヒトとの距離が近いほど、ヒトとコミュニケーションがとれるのですね。

 はにわノームさんも、ピクシーさんも、思えばコミュニケーションがとれました。はにわさんは、なかなか苦労しましたが。どちらも楽しい思い出です。


 目の前の彼はさて、どうでしょうか。


「こんにちは」


 じっとわたしを見て、その目を離さない彼。

 ときどき口元から少し勢いを増して吐き出される火に、ドキッとしてしまいます。

 少しの。暖炉の音だけがする時間が流れる。


 うーん、こういうって、わたし苦手なのですよね。


「コニチワ」


 突然、早口の少し高い声が彼から発せられました。

「おお!」と、わたしは喜びました。トカゲの姿です。言葉が話せなくても仕方ないと、諦めかけていたのですから。


「あなたは、ヒトの言葉がわかるのですね」


 柔軟な会話を試してみます。


「コトバ」


 言葉。そう言うと素早く呼吸をして、


「チョトワカル」


 ちょっと分かる。と、言葉を続けてくれました。

 おおお、とまたもや感動してしまいました。

 精霊さんとの関わりはいつだって発見があり、嬉しく、楽しいものなのです。


 言葉は短く、とぎれとぎれではありますが、会話が成り立っています。

 呼吸が短い分、きっと一度に話せる言葉も短いのでしょう。


 これはいいぞと、気になっていたことを率直に尋ねてみました。


「あなたは、ずっと暖炉にいたのですか?」


 しかし、首を左右にクイッ、クイッとまわすだけで、言葉が返ってきません。

 ふむ。今度はわからなかったのでしょうか。

 あ。と思い付きですが、さきほどの言葉を変えてみました。


「あなたは、ずっとにいたのですか?」


 すると、今度は答えて頂けました。


「ワカラナイ」


 うーん、わからないかあ。そっかあ。

 通じたのか、通じなかったのか、これは判断に困ってしまいました。


 彼は相変わらず小さな火を呼吸しながら、クイッ、クイッと頭をまわしています。

 やがて少し大きく火を吸い込み、こう話しました。


「イナカッタ」


 そして吸い込んだ分だけ、大きく火を吐くのでした。じゅぼぅ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る