第44話

 自宅を出ようとするや否や不安そうな表情を浮かべた乃雪が『にぃも引きこもりになって。そしたらノノと一緒に引きこもり系兄妹配信者として一発当てて暮らそ?』とか言い出すが、その誘惑をどうにか振り切った俺は学校へと向かう。


 結局、前日の舞島対策会議では決定的な良案は出てこなかった。



 とは言え、現在、決定的なアドバンテージはこちらが握っている。


 なにせ俺達は舞島が参加者である事に気づいている一方、舞島は俺や麗佳が参加者である事に気づいていない、筈。


 これは大きなアドバンテージだ。最悪、こちらから手を出さないって手段もある。


 その際には舞島相手に好戦的になっているであろう麗佳をどう説得するかという別の対策も立てる必要はあるが……そちらはそう難しい事ではないだろう。


 ――――とまあ俺は対舞島について気楽に考えていた。火急の要件ではない、と。

 だが、早朝から俺のお気楽思考は無残にも打ち砕かれる事となった。


 学校に到着した俺は校舎の玄関口にて部屋履きへと履き替えようと下駄箱を開ける。

 すると、


「…………これ、は」

 俺の部屋履きの上にちょこんと載っていたのは可愛らしいピンク色の封筒。


 さらに封筒はハートの形をしたシールで閉じられている。


「……………………」

 その陽の者から発してそうなオーラを前に、俺は耐えきれず下駄箱を閉じた。

 

 …………。おっけー、分かっている。落ち着こう。

 俺の学内評判から考えてこれがあの伝説の「ラブレター」であるはずがない。


 冷静に、合理的に、確実性を持って考えてみろ。 


 一言で簡潔に事実を反芻しよう。『俺に惚れる女の子なんていない』

 ……言葉にすると悲しくなってきたが、これは間違いようのない事実だ。


 こんな妄想で何百回とやってきた事が、現実にならない事なんて分かっている。


 不良相手にイキリ発言する妄想くらいには有りえない。陰キャの俺が不良を相手にしたらまず確実に動けなくなるからね。木偶の棒より木になりきれる自信しかない。こんなんにしか自信持てないのが俺ですよ、ええ。


 だからこれも妄想だ。妄想し過ぎて現実に幻を見てしまったんだ。そうに違いない。


 だから下駄箱を開けたらさっきの桃色封筒も失くなって――――ないよね、知ってた。まったく使いどころのない視力2.0は伊達じゃなかった。


 ――――もしかして本物なんじゃね?


 そんな言葉が首をもたげてくる。止めてください、偽のラブレターもらって喜び勇んで待ち合わせ場所に行ったら、陽キャグループが待ち構えていたなんて経験はもうお腹いっぱいなんです。しかもその時の動画をインスタで広められていて、知らない奴から「あ、あれってラブレターもらったと勘違いしてたイキリ陰キャじゃん」とかって言われたくないんです。地獄かな?


 だからこれも罠である事は間違いない。


 ――――などと割り切れたらどれだけ良かっただろうか。気づけば封筒をポケットに押し込んで、男子トイレの個室でゆっくりと封を説いて中に入っていた手紙を読んでいた。


 ほら、一応、一応だよ、ね!


 そして読み終わった。


 結果から言ってそれはラブレターではなかった。良かった、陰キャの心をぐっちゃぐちゃに壊す性格の悪い陽キャはいなかったんだよね! やったぁ!


 そこに書かれていた内容は概ねこんな感じだった。


『私は一年生の舞島です。まさか知らないって事はないですよね? 放課後、一年生の教室棟、三階にある空き教室まで来てください。お話したい事がありますので。 PS.来なかった場合、同封の写真がどうなるか……分かっていますよね?』


 ちなみに同封されていた写真は俺が麗佳に連れられて女子更衣室から出てくるところだった。



 これ、ピンク色じゃなくて真っ赤な封筒に入れた方が良かったんじゃないのか……?



 ラブレターどころか赤紙ないし死への特急券だった。




 ――――詰んでね、これ?

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