第8話 東の村テアレム
純前衛職と自負するシアンは使い込まれた
シアンと共にやって来たシュウカは、異国風の
マリアベルは着慣れた
後衛職、とシアンに大歓迎を受けたベンとピーターは
「よーし、全員揃ったな?!」
東門の前に集った面々を見まわしてから、シアンは満足そうに一つ頷いて片手を高く上げた。
「んじゃ、しゅぱーつ!」
* * * * * * * * * * * * * * *
馬車が余裕を持ってすれ違える程の広さを持つ東の街道は、きちんと整地されており、歩きやすい道だった。道の左右には葉を茂らせた樹木が等間隔で植えられている。木の高さが一定というところから推定するに、人の手で植樹されたものだろう。
シアン、シュウカはともかく、マリアベルやベン、ピーターは冒険者としての初仕事だ。目に映るもの全てが新鮮に見え、心が浮足立つ。これから向かう村の事について、
色々な事を話しながら進むと、あっという間に目的の村テアレムに到着した。質素な村の門をくぐりながら、シアンは一同を見まわした。
「ひとまず依頼元に挨拶だけでもしとこうぜ」
その言葉に全員異議はなく頷いた。
今回の
村は20~30戸の家屋があり、そのどれが村長宅になるか分からない。しかし幸い、通りすがりの村人の青年にを尋ねるとすぐに教えてくれ、しかも道案内までしてくれた。冒険者に好意的なのか、それとも
村長宅前で代表してシアンが礼を述べると、村人の青年は気さくに笑いながら一行の顔を見回し、――そして、ほんの僅かに微妙な――強いて言えば“何だか残念そうな”表情を浮かべた。だが、すぐに表情を改めると、笑顔で片手を振って去って行った。
残された5人は、何となくお互いの顔を見合わせた。
「さっきのアレ、なんだろうな?」
ピーターが、チラリと村人の青年が去って行った方へ視線を向けつつ、頭を掻きながら言った。その言葉に、隣にいたベンがすぐに食いついた。
「あ、お前も変な感じしたか? だよな? なんか妙な顔してたよな」
「俺たちが
「うへぇ……やめてくれ、テンション下がる」
苦い顔をしてベンが肩を竦める。
「我々だけならともかく、シアン先輩やシュウカ殿は十分実力のある冒険者だから、そんな事は無いと思うが」
むぅ、とマリアベルが真面目くさって呟くと、シアンが顔を輝かせた。
「おぉ! ベル、よく分かってるじゃん! そうそう、俺はデキる男だからな!」
しかし、直後に会話に割って入ったシュウカの言葉で一気に表情が引き攣る。
「ふふっ シアン、かわいい」
「ゲッ やめろ! 何がだよ! つか、大体「かわいい」って言われて喜ぶ男なんかいねーし!!」
「何故だ? 褒め言葉だぞ? 得意顔のシアン、私は好・き・だ・ぞっ」
「やーーーめーーーーろーーーーーー!!」
鳥肌を立てながら逃げ回り始めるシアンと、ピッタリと後を追うシュウカ。それを見ながら、ベンとピーターは
しばらく、くるくると逃げ回っていたシアンだったが、急停止して「ストーップ!!」とシュウカに片手の平を突き出した。
「おふざけはここまでだぜ、シュウカ。早いとこ村長に挨拶して、村の人達からも情報を集めないとなんだからな」
「ふざけたつもりはないのだが、村長に挨拶に行くのは早いにこしたことはないな。承知した」
ないのか、とぼやきながらも、シアンは走り回って若干崩れた身なりを軽く整えた。――結構な速さで走り回っていた割には、2人とも息切れもしていないのは、流石中堅冒険者、といったところだろうか。
「こんにちは、村長はご在宅ですか!」
ドアをノックしてから、シアンはドアの外から家屋の内部へ呼びかけた。しばらくすると、ドアの内側から「はい、はい、ただ今」と女性の声が聞こえ、その後すぐにドアが
「驚かせてすみません。クナートから依頼を請けて来ました。冒険者のシアン・バレンティーノです」
素早くシアンが挨拶し、軽く礼を取る。すると、女性は相好を崩した。
「まぁ、冒険者の方でしたか! 遠いところ、ありがとうございます。さ、どうか中へ」
ドアを大きく
「主人を呼んでまいりますね」
一行を居間に通しテーブルへ案内した後、女性はそう言って部屋の外へ出て行った。どうやら彼女は村長の妻らしい。足音が遠ざかったのを確認してから、マリアベルは口を開いた。
「先ほどの女性も、道案内をしてくれた男性と同様に、どことなく残念そうだったな」
「あ、ベルもそう思った?」
ピーターが頷く。ベンは気付いていなかったのか「そうか?」と首を捻っている。
「シンさんが前この村に来た事があるって言ってたから、案外、シンさんがまた来ると思ってたのかもな」
「ああ、そういえばそう仰っていましたね」
シアンの言葉に、マリアベルは頷いた。頷き返しながら、シアンは続けた。
「昨日の夜、寝る前に思い返してみたんだけど、確か、去年の聖夜祭の前……秋頃だったかな? ネアさんが
腕組みをしつつやや不満げな表情を浮かべた。その時、居間のドアが
「どうも、どうも、お待たせして申し訳ないです。冒険者の皆様。私がこの村の村長を務めております、ヘンドリクセンと申します。こちらは、妻のエイダです」
村長が名乗り、傍らの女性が深々と礼をとった。一行も
「クナートからわざわざ申し訳ない。もうすぐ日が傾きますので、今日は我が家でお身体を休めて下さい」
「え、良いんですか?」
驚いてピーターが口を挟む。その言葉に「勿論ですとも」と村長はにこやかに頷いた。
「以前、クナートから冒険者の方がいらした際も、我が家の客間でお休み頂いたんですよ。丁度、2階に3部屋客間がありますから、自由に使って頂いて構いません。食事も出来る限りご提供させて頂きます」
至れり尽くせりだ。村の人々が困っている
「この村には宿はありませんし、――何より、以前いらして下さった冒険者の方には、色々と……――ご迷惑やご面倒をお掛けしてしまいまして。次にいらっしゃった際には、精いっぱいおもてなししなくては、と妻と常々話していたんですよ」
「迷惑や面倒、っすか?」
首を傾げながら聞き返すシアンに、村長は大きく何度も頷いた。
「ええ、はい。昨年の秋の終わり頃でしょうか。
「あ、やっぱりあの時の、か」
シアンがぽん、と手を打った。
「なるほど。確かに、ネアさんとシンさんなら、ぺんぺん草一本も残らないくらい殲滅しそうだな」
「仰る通り、あの後はしばらくずっと平穏だったんですが、――少し前からでしょうか。空だった根城にまた
「
「そうして頂けると助かります」
村長が頭を下げ、顔を上げたタイミングで彼の妻がお茶のワゴンを引いて居間に入って来た。その後ろに、何故か数人の青年がついてきて、ドアの間からこちらを覗いている。思わずマリアベル達は彼らの方へ視線を向けた。それに気付いた村長が青年たちへ苦い顔を向けて「おい、お前たち、なんだ、行儀の悪い」と注意する。目に見えてギョッとした彼らは、慌ててドアの外で口々に言い訳を始めた。
「あ、いや、村長。冒険者が来たって聞いて……」
「挨拶をって思って……なぁ?」
「そうそう。あ、俺、森で
「お前、抜け駆けするなよ」
「いや、本当だって」
騒々しい言葉は、村長が一つ咳ばらいをするとピタッと収まった。ややあってから「すみません」と異口同音に謝罪の言葉を述べ、とぼとぼと帰って行った。
彼らがドアの外からいなくなったのを確認してから、ベンが頭を掻きながら村長に問うた。
「えーと……冒険者が珍しいんですかね?」
すると、村長は苦笑して首を横に振った。
「いやぁ、以前この村に冒険者の方がいらっしゃった際に、とても綺麗なお嬢さんがいたもので、村の若い者たちは冒険者が来たと聞くと、未だに浮ついてしまうのでしょう」
「“綺麗なお嬢さん”?」
訝し気にシアンが問い返す。村長は妻と顔を見合わせてから、そうですよ、と頷いた。
「以前、冒険者の皆さんが村に来て頂いた初日に、村の者が
「助けられた者は皆、お嬢さんに会ってお礼を言いたかったのでしょう。以前はバタバタしていてきちんとお礼が言えなかったもので、今回、いらっしゃるかもしれないと期待している者も多かったのではないかと思いますよ」
村長の言葉に、彼の妻も続けて言い、それから「実は、私もほんの少し、期待してしまって、つい」と続けてから微笑んだ。
となると、最初に村長の家を案内してくれた青年も、同じく一行の中に目当ての“綺麗なお嬢さん”がいなかった事でどことなく残念そうだったのかもしれない。そう考えると納得がいく。マリアベルは近くに座るベンとピーターと顔を見合わせた。彼らも納得した表情をしている。チラリとシュウカを見やると、彼女も同様だ。
――しかし、最後にシアンを見やると、彼は皆と違って、一人奇妙な顔をしていた。
「シアン先輩、どうかしましたか?」
「え? いやー……ネアさん、どう考えても“綺麗なお嬢さん”って顔じゃ……、いや、顔っつーか、別に顔が悪いとか言ってる訳じゃないんだけど、お嬢さんって年じゃ、絶対無いっていうか、」
腕組みをしてシアンは首を傾げて呟いた。
「ネアさんとシンさん以外に、誰か一緒に依頼請けて来たのか?」
「ええ、以前この村にいらっしゃった冒険者の方は3人ですよ」
シアンの言葉に村長が答えた。
「見た所、
「へぇー、名前は?」
「さて、お名前は……何だったでしょう。おい、覚えているか?」
「いえ、私はお聞きしていないです。お泊りになった初日は
村長が問うと、妻は片頬に片手を当てながら視線を宙に彷徨わせた。その言葉に村長も同意する様に頷いた。
「リーダー的なまとめ役として、よくわしらと会話したのが、ネアさんと仰る女性で。他のお2人は、あまり接しなかったですね。特に、“綺麗なお嬢さん”は
「ネアさんとシンさん――がいるのに、
違和感にシアンが問い返す。気にした様子もなく村長は頷いた。
「ええ。同行されていた
「ふーん…………誰だろ? シンさんの知り合いかな」
村長へ
2階の客間は、少し広い部屋が2つ、他と比べて半分ほどの広さの部屋が1つある。シュウカはシアンと同室を強く要求していたが、シアンが全力で却下した。その結果、シュウカとマリアベル、ベンとピーターがそれぞれ一室ずつ、残りのやや狭い部屋にシアンが泊まる事になった。
* * * * * * * * * * * * * * *
翌朝、神経が高ぶっていたマリアベルは早々に目を覚ました。まだ日が昇る前だ。同室のシュウカは静かに寝息を立てている。起こさないように床に降り立つと、盥に水を注いで顔を洗い、降ろしていた鈍い金色の髪を手早く一つにまとめる。いよいよ今日、
「……
己の胸元へ手を充て、マリアベルはそっと祈りの言葉を口にした。
「もう起きたのか? 早いな」
背後から突然声が掛かったため、ハッとして振り返ると、シュウカがベッドで半身を起こしていた。起こしてしまったのか、と慌ててマリアベルは向き直って詫びの言葉を述べようとしたが、彼女は手で制しながらベッドから降りてきた。
「私はいつも大体このくらいの時間に起きている。自然に目を覚ましただけだ」
「そうか。ならば良かった」
ホッとして肩の力を抜いて笑うマリアベルに、シュウカは少しだけ首を傾げた。
「そういえば、ベルは
先ほどの祈りの言葉を聞かれていたらしい。少し頬を朱に染めつつ、マリアベルは頷いた。
「ああ。……実は、
「なるほど。――初めてなら気が高ぶるのも致し方ない。しかし、あまり肩肘を張らずに周囲に注意を払う事を忘れずにな」
「肝に銘じる」
真面目くさった
しばらく2人は部屋で談笑をした後、日が昇る頃に着替え、連れ立って下の階へ向かった。まだ男性陣は起きておらず、村長の妻が全員分の朝食の準備を始めようとしていたところだった為、手伝いをする事にした。
朝食のパンが焼き上がる良い香りがする頃、男性陣が匂いにつられるように一人、また一人と起きて来た。
しっかりと朝食を取った後、一行は
* * * * * * * * * * * * * * *
村長の家から外に出ると、一行はまず村の畑へと向かった。森の手前にある畑では、既に数人の村人たちが農作業に
「目立った
「まだ村まで来ていないだけかもしれん。進むぞ」
彼女の後にシアンが続き、次いでマリアベル、ピーター、ベンと、縦一列になって細い森の道を歩く。――否、“道”というより“獣道”かもしれない。村人は必要最低限しか森に入らないらしく、生い茂った草で足元が見えにくい。
しばらく経つと、眼前に少し開けた場所が見えた。「シッ」と口元に指を宛がいながら、先頭のシュウカがもう片手で後に続く面々を制する。それから、視線だけで先を示した。身を顰めて目を凝らすと、崩れかかった土壁に囲まれた
「中にいる感じか?」
「いや、ここからでは分からない」
「
「奇襲をかけるか」
声を潜めて交わされる先輩冒険者2人の会話に、マリアベルとベン、ピーターは息を殺して耳を傾ける。
「ピーター」
「あっ はい」
「お前、魔法行けるんだったよな。あの入口に見える野菜屑の山に火は放てるか?」
「火、ですか? 山では危険では……」
「土壁に囲まれてるから、燃え移るとしても
ニヤリ、と底意地が悪そうにシアンが笑う。――
「中から
「分かりました」
シアンの指示に、
「他の皆は、寝落ちしなかったヤツに備えて戦闘準備」
「承知」
「はい!」
「オーケー!」
それぞれの言葉で応じ、シュウカは腰に佩いた細身の刀剣を、マリアベルは背の大剣を抜き、ベンは弓に矢を番えた。準備が整った事を確認したシアンが、ピーターに短く声を掛ける。
「……よし、ピーター」
「“単焦点炎矢射術――展開”」
古代語で紡がれた言葉と同時に、ピーターの持つ
「――まだ出るなよ?」
細剣を2本、両手に構えながらシアンは身を低くして面々に目配せをした。こくりと生唾を飲み込みつつ、マリアベルは大剣を握る手に力を込め、息を殺した。
しばし時間を置いて――否、実際はすぐだったのかもしれないが、マリアベルにとっては長く感じた――
『グォググ……!!』
『ゴアッ ゲググググ、ゴォ!!』
獣とは異なるうなり声に、ぎくりと身を強張らせ、反射的に前に飛び出しそうになるマリアベルの眼前にシアンの片手が伸びて制した。そのまま彼はピーターへ目配せする。頷いたピーターは
「“
素早く紡がれた言葉と同時に、
『グェア! グゲゲ!!』
『ゴアァァァアアアッ!!』
絶妙なタイミングだったようで、丁度
飛び出しそうなマリアベルを押さえていたシアンは、神経を研ぎ澄まし、魔法の霧が晴れる瞬間を見計らって叫んだ。
「よし! 全員突撃!!」
言いながら、先陣を切って茂みを飛び出す。シアンに続いてシュウカ、マリアベルが飛び出す。ベンはその場に残り、矢をいつでも放てるように弓を引き絞った。
『ゴアァァァアアアアア!!!』
咆哮を上げる
ピーターの眠りの魔法で倒れたのは、最初に
「いっくぞー!」
両手に細剣を構え、シアンが地を蹴った。
「おらぁ!!」
蹴りを入れた勢いのまま、細剣を両手に身を翻し、左足を軸に回転を掛けつつ手近な
『ギャアアアァァ!!』
赤黒い飛沫が上がる。だが、とどめには至らなかった様で、血の泡をまき散らせながら
「させるか!」
短く叫んだシュウカが長い黒髪を靡かせ跳躍する。その勢いで細身の刀剣で手傷を追った
「助かった」
「妻だからな」
「それは違う」
軽口を叩きながらも、シアンとシュウカは
「ベル!! そっち行ったぞ!!」
「!」
シアンの鋭い声でハッとする。左前方から
「“単焦点炎矢射術・展開”!」
「ベル! 無事か?!」
マリアベルの背後にいたピーターとベンが、魔法と弓で加勢する。3人の集中攻撃を受けて
「おっ まぁまぁやるじゃねーか!」
シアンが細剣についた
「すみません、シアン先輩に声を掛けて頂けなかったら、完全に出遅れていました」
「まぁ、目移りしちまうのは仕方ないって。そういうのは慣れだし。けど、よく反応出来たな。怪我が無くて何よりだぜ」
笑いながらベルに片手を振ると、シアンは
「……うん?」
「どういう事だ?」
立ち竦んだまま、マリアベルは呆然と呟いた。
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