第29話 悪霊

 問題の家は解体されたけれどさすがにごうつく爺、この辺りの地主の様で人に貸していた家が今は空き家になっている家が何件かある。


 そのごうつく爺さんだけど全く身寄りが無いのか親戚と付き合いも無かったのか、残った土地家屋を相続する人が現れなくて今は荒れ放題。


 それに借りていた人にとっては家賃を払う相手がいなくなってしかも出て行ってくれという人も居ない筈なのに、「気が付いたら空き家になっていた」と喫茶パリのおばちゃんが言っていた、何か怪しい、私が近づくと気分が悪くなってしまう事も関係している気がする。


 それに都市伝説いや田舎伝説のような噂もちらほら。

 人が入れる程大きなスズメバチの巣が見つかったとか、人も居ないのに一晩でゴミ屋敷になったとか、瓦が落ちてけがをした人がいるとか、夜になると女性の泣き声が聞こえるとか、幽霊か何か分からないものがうろついていた。

 などなどチラホラじゃないなこれは。


 そして五月のずいぶん日が長くなったある日、喫茶パリで「お社再建計画」の相談をしていた、地元の人たちに協力を呼び掛ける資料を私とお母さんと此処のおばちゃんの三人で纏めていた。


 バイト帰りのお父さんも合流して三人で夜食を済ませて店を出ると、

「ひろゆき、ひろゆきー」

 誰かを呼んでいる声が聞こえた、若い奥さん的な感じの人が絶え間なく名前を呼んでウロウロきょろきょろしている。


「どうかしました?」

 お父さんが声を掛けた。


「子供の姿が見えなくて、めったに出歩く子じゃないんです」

 お母さんが「おいくつですか?」と聞くと、

「四つです好きなアニメが始まる時間なのに帰ってこないなんて」


「ママー、うえーんママーママー」

 子供の声が聞こえた。


「子供が泣いてる」

 私以外聞こえてないらしい。

「どこだ?」

 三人とも不思議そうな顔で私を見る、私こそ聞こえないのが不思議なほどはっきり聞こえるのに。


「こっち、すぐ近く」

 家に帰る方に歩き狐横丁の入り口近くの空き家の前で足を止める。

「ここ、家の中かも」


 パリを出たときはまだ薄明るかったのに一分足らずで真っ暗になっていた。

「真っ暗?明かり無いでしょ、借りてくる」


 私は喫茶パリに戻って明かりを借りてくるとお父さんと女の人は庭の中に入っていた。

「お母さんこれ、私中に入れないの」

「じゃあここで待ってて、どこにも行かないでね」


 お母さんの頭には私が迷子になる心配があるんだ、今までは家の傍でも通学路でも散々迷子になっていた私、そう簡単に心配は消えないようだ。


 お母さんも中へ入って行く、気分の悪さに耐え切れずしゃがみ込む私、この場を離れるわけにもいかないし。


 背中をポンと叩かれた。

「どうした、具合でも悪いのか」

 顔を上げると顔見知りの若いおまわりさん、と言っても数日前にこの顔のせいで不良の子と間違われ職務質問され家まで送られお母さんに事情を聴いていた人。

「おっ、狐と狸むすめじゃないか、どうした」

(きつねとたぬき、、、まあそうですけど)


 私は空き家を指さして「子供が中に」とだけ言う。

「子供?ちょっと待ってな」

(やけにフレンドリーになってる)


 おまわりさんも中へ入って行った。

「どうかしましたか?」

「中に子供が居るようなんですが、入れなくて」

 お父さんが答えている。


「ああお宅のお子さんですかね外で具合が悪そうで、待ってるように言ってきましたが」


 お父さんが戻ってきた。

善繡ぜんしゅう具合悪いのかい」

「私この家だめなんだ、ここへ来ると気分が悪くなる」


 しゃがんでいる私の背中を撫でてくれる。

「そう空気が良くないなあ、何か感じるのか?」

「んー何かあるとは思うけど、原因は不明、そうだお父さん数珠貸して」

「数珠?どうするんだ」

「厄除けに使えるかも」

「そうか?」


 お父さん何処へ行くときも数珠を手放すことはない、その数珠を内ポケットから取り出して渡してくれた。


 吐き気がスーと消えていく。

「お父さんこれすごい力、これが守ってくれてたんだ」


 そう言ったとき空き家の方から男の人の声が聞こえた。

「うわー」


 お父さんは慌てて中へ入って行く、私も直ぐに追いかけて止まったところで背中をタッチ。


 女の人が私みたいにしゃがみ込んでいてお母さんが背中を撫でていた。


「おまわりさん!」

 勝手口が開いていて中で倒れているおまわりさんをお父さんが肩をゆすっている、私はお父さんの肩から手を離さずに、

「お父さんおまわりさんを外へ出して」

「そうだな、お前は外へ出てなさい」

「だめ手を離したらお父さんまで倒れてしまう、すごい霊気」

「それでか、じゃあ頼むな」


「ぎゃていぎゃていはらぎゃていはらそうぎゃていぼじそわか」

 お父さんの背中から手を離さずにお経の一部分だけを読経する。


 外ではお母さんが女の人を支えて待っていた、片手には懐中電灯、家の中の様子が分かったのはお母さんが中を照らしてくれていたから。

 やっぱりお母さんは仏様みたい、真っ暗な中で淡く光っているし数珠も持たずに平然としている。


「あ、あの子供は、、、」

 私に女の人が聞いてくる。


「待ってくださいもう一度中へ入りますから」

「あの私も中へ」

「倒れてしまいますこの人みたいに、そうしたら子供を助けるのが遅れてしまいます」

善繡ぜんしゅう私が連れていきます、おまわりさんはちょっと待ってもらいましょう」

「えっ、あっそうだね仏さまが付いてたら安心」

「仏様?」

 お父さんは怪訝そうな顔をした。

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