第4話 だらしな嫁と嫌いな春
「ぶえっくし!!」
「うるさいなぁ」
「し、仕方ないだろう…?ふっ、ふえっくし!!」
とまた俺が盛大なくしゃみをする。例のように両手は本でふさがっているため、左の二の腕で口を塞いでいた。その顔には、口と鼻を大きく覆う紙の布、いわゆるマスクというものがついていた。
「なに?風邪?やっぱりあんたも風邪ひくの?」
と月がヘッドホンを耳から外しながらこちらを振り向いた。
「いや」と俺は否定する。「これは花粉症だよ。毎年この時期はどうもね」
月は「あぁ、花粉症かぁ」と納得している。
そんな彼女の口元にはマスクなど付けられていなかった。
「月は花粉症、持ってないのか?」
と俺は訊いた。若干不満げな顔をしているのは仕方のないことだろう。
マスクで口元が見えていないだろうから、月には見えていないはずだ。
「いや、そんなにひどくないけど、わたしもなるよ。」
「じゃあなんで」と俺は口もとを指でとんとんと叩きながら言った。
「あぁ、マスク?いや、そもそもわたし外でないじゃん。」
と彼女は誇らしげに言った。平らな胸を強調させるように胸を張り、その顔からは「どやぁぁん!!」という声でも聞こえてきそうな、そんな恰好で。
俺はマスクを外し、本をテーブルにおいてティッシュボックスに手を伸ばす。そしてティッシュを2枚手に取り、思いっきり鼻をかむ。「ぶぅぅぅぅん!!」という音が部屋に大きく響き渡る。
月がジト目で「汚いなぁ…」と言っている。
「…そんなわけで、俺はこの春って季節が大嫌いなわけだ。」
と俺は強引に話を変える。残念ながら、月の軽口に正面から向かい合うだけの気力は、とうにくしゃみや鼻水と共に外に出て行ってしまっていたからだ。
「月は好きな季節はあるか?」と俺は次いで訊いた。
「うーん。秋、かな」
「食い気か?」と俺は軽口を叩く。
「ちがうわい。」と月は食い気味で答える。「消去法だよ」
「消去法?」
「春は浮かれたやつが多いから嫌いだし、夏は暑い、冬は寒い」
…月にロマンティックなどはハナから求めてなどいなかったが、さすがにこれは酷いな、と俺は思った。
顔には出さないようにしていたが、月には読み取られてしまったらしい、ムッとした顔をして、「じゃあ、あんたはどうなのさ?」と訊いてきた。
「冬、だな」と俺は答える。
「なんで冬?」
「俺は北の方出身だからな。こっちなんかとは全然違う量の雪が降るんだよ」
「へぇ」
「雪かきやら面倒なことも多いんだけどさ、俺はその風景が」
と言ってから少し区切る。
「結構、好きなんだ」
きっと、変な顔をしている。マスクをしていてよかった、と心の底から俺は思った。
「珍しいね」
「何が?」
「いんや、なんでも」
と彼女は言ってから、ヘッドホンをまた耳に付け、くるりとパソコンの方へ振り返る。
俺も、こたつの上においてあった本を手に取って、その世界に入ろうとした。
その時、うしろから、
「今度、連れてってよ。あんたが好きな冬」
という声がした。
俺は驚いて後ろを向く。月はパソコンの方をしっかりと見ている。
「あぁ」とだけ俺は言って、小さく笑った。
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