第186話 迷宮区への足がかり(3)

 居酒屋ぼったくり。

 それは総督府が存在していたエルノの市場、その端に存在している。

 煉瓦を積んで作られている町内においてかなり異質というか浮きすぎている建物。

 建物の色合いは粋な計らいを見せた木材特有の木目を利用した暖かい作りとなっていて、窓となる場所にはガラスが嵌められている。

 ガラスと言っても透明な物ではなく、曇りガラスのようなもので中を見ることはできない。


「なんというか……」


 思わず微妙ですねと言いかけたところで口を閉じた。

 もしかしたら、何かしら思い入れがある場所かも知れない。

 余計なことは言わないほうがいいと思う。


「珍しい作りですよね?」

「そうですね」


 メリッサさんの言葉に頷きつつも、居酒屋ぼったくりの扉を開けて中に入っていくアクアリードさんの後を追って、私も建物の中に足を踏み入れた。


「とても……普通です――」


 建物の中は、丸いテーブルが6つほど。

 そして、一つのテーブルには椅子が4つ置かれている。


「ユウティーシア様、向こうに座っていらっしゃる方が――」


 アクアリードさんの指差した先には、2人の男性が座っていた。

 彼らは、テーブルの上に置かれている木の器に盛られた料理を食べながら蒸留酒であるエールを飲んでいた。


「おーい、こっちだ!」

「どうやら、彼らで間違いはないようですね」


 私は、彼らの服装をチェックしていく。

 二人とも服装的には、きちんと洗濯のしている清潔感ある服装を着ている。

 年齢も両方共に20歳前後で、細身な男性なのは確かだけど……。


「とりあえず、まずは話し合いをすることが先決でしょう。私が彼らと話し合いをしてきますので、アクアリードさんは、キッカさんに冒険者ギルドマスターと連絡を取っていただけるようにお伝え頂けますか?」

「分かりました。彼らの素性は、私達も知りませんので、なるべくお気をつけてください」

「わかりました。私も! か弱い女性ですからね! 気をつけますね!」

「――え!?」


 私の答えに、アクアリードさんは何を言っているの? この人みたいな表情を返してきたけど、私は何かおかしなことを言ったのかな?

 

「――と、とりあえず! アクアリードさんは、冒険者ギルドマスターの手配をお願いします。私のほうは上手く立ち回っておきますから!」


 アクアリードさんは、頷くとカウンターのほうへ向かっていく。

 私は、アクアリードさんを見送ったあと、男二人が座っているテーブルのほうへ、メリッサさんを伴って歩いていく。


「ヘイルダム殿、お待たせしました。こちらにいらっしゃる方が、貴殿が会いたいと言っていたお方になります」


 メリッサさんの言葉を聞いた肩口まで金髪を伸ばしている男が、私の方へ、しばらく視線を向けてくる。


「…………は?」


 どうやら、ヘイルダムという男は、私のことを詳しくは知らなかったらしい。

 商談をする相手を知らないとは、それはどういうことなのかな? と思う。


 私はスカートの裾を両手で摘むと片足を少しだけ下げる。


「ヘイルダム様、お初にお目にかかります。ユウティーシア・フォン・シュトロハイムと申します。このたびは私と会談を持ちたいと、お話を伺い参りました」


 シュトロハイム公爵家令嬢として、リースノット王国次期王妃として、育てられた私の見事なカーテシー。

 まだ、錆付いてはいないようで私の自己紹介を聞いた彼らは、いきなり口に入っていた物を噴出すと、突然、立ち上がり入り口に向かって走り出した。

 

 一体、何が起きたか分からない。

 どうして、私と会談を待ち望んでいた人間が、突然、入り口に向かって走り出したのか?

 彼らは走りながら「どうして、ここに破壊神ユウティーシアがいる!?」とか「小麦の虐殺女神だろ!」とか、言っている。

 どうやら、私の噂が間違って伝わっているよう。


 平和を愛する聖女みたいな私に向かって破壊神とか、酷い言い様である。

 ここは、捕まえて誤解を解かないといけないかもしれない。

 

「待ってください! 誤解です!」


 私は、彼らが言うような人格破綻者というか破壊神というか虐殺とかしてない。

 まずは私の話を聞いてもらわないと――。

ただ、私が追いかけると「許してください! 本当に出来心だったんです! だから殺さないでえー」と、叫んでいる。


 どうやら、間違った情報から錯乱してしまっているようで話を聞いてくれそうにない。

 ここは、きちんとお話をする必要がありそう。


「身体魔法発動」

「ユ、ユウティーシアさま!?」


 いきなりメリッサさんが慌てる。

 たしかに、いきなり魔法を発動したら慌てるのも分かるけど、ここは疑いを解かないといけない。

 しかも町の代表者と言っていたのだ。

 間違った先入観で悪評が広まってしまってしまったら、ミトンの町にも迷惑がかかるし、ここはきちんとしておくべきでしょう。


「話を! 聞いてください!」


 私は、近くに置かれていたテーブルを両手で持ち上げると思いっきり投げる。

 ここで逃がしては、いけない。

 まずは捕まえて、何とか説明する機会をつくらないと。

 機会は自分で作るものだから!


 私が投げたテーブルは、まっすぐに飛んでいてく。

 

 そして、男たちが店の扉を開けた入り口の右横にテーブルが着弾。

 轟音と共にテーブルと壁が爆散し――。

 余波で近くのテーブルや椅子が倒れたり壊れたりする。


「――あ…………」


 私は、思わず言葉を紡いでいた。

 想定していたよりも、威力が――。

 それよりも壁が脆い。

 そしてテーブルが硬い。


「ユウティーシアさま……」


 メリッサさん、そんな怒った顔をしなくても――。

 私もやりすぎたというのは、わかっていますから……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る