第178話 お話(物理)をしようよ(2)

「これは……」


 建物の中に足を踏み入れた私は、思わず言葉を紡いでいた。

 目の前に見えるのは、近代的なオフィスビルで――。


「まさか……」


 私は後ろを振り向く。

 先ほどまで外からは内部の様子が見えなかったというのに、内部からは外を見ることが出来る。

 私は外で殴り飛ばした兵士。

 彼は、建物の壁を突き破り姿が見えなくなっていた。

 その兵士が床に転がっているのを確認する。

 そして建物の壁に近づく。

 外で見たときはガラスのような物だと思っていたけど――。


「これは、間違いなくガラス……、でも――」


 私は床に飛び散ったガラスの破片を手に取りながら首を傾げる。

 このアガルタの世界では、ガラスは存在する。

 だけど、均一に作られたガラスというのは存在しない。

 曇りガラスのような物なら作れるかも知れないけど、それは内部と外から見えなくなる代物で――。

 内部から見えて外から見えないと言ったガラスは、たしか地球でも近代になってから発明されたはずで……。

 肌触りからすると、それは普通のガラスと変わらないように見える……けど――。

 

「ガラスというのは文明発達度合に依存するはず……、なのに、どうして……」


 私は建物内を見渡す。

 やはり最初に感じた感覚は間違いではないと思う。

 ここは、まるで小さいビル。

 そんな感じがシックリと来る。

 それに床も良く見れば、大理石というか……大理石のような物で作られていて、一つのタイルの縦横の一辺の長さも同じで、それが隙間なく床に敷き詰められている。

 これほどの技術を、現在のこの世界で再現することは絶対に出来ない。

 リースノット王国の王城であっても、ここまで精巧な作業は無理。


「でも、一番気になるのは……」


 私はガラスの壁に手を添える。

 本来、ガラスというのは耐久もそうだけど、メンテナンスが非常に大変なのだ。

 とくに大きなガラスになるほど、メンテナンスは重要となっていき怠るとすぐにガラスを支えているゴムが固くなり衝撃を吸収できず、ガラスに負担がかかることで割れる。

 一枚が割れれば、それは連鎖的に広がっていく。

 正直、海洋国家ルグニカでメンテナンスが出来るだけの技術があるとは思えないというか……リースノット王国でも無理。

 何故ならガラスを支えるようなシールと呼ばれる物が、地球上で使われるようになったのは蒸気機関が出てきた産業革命以降なのだから……。

 いまだに地球の文明と比較すると、中世よりも前の時代の文明しかないこの世界で、シールのような工業製品を作る技術なんてない。


「――えっ!?」


 私は、思わず声を上げてしまった。

 何故なら、目の前の壁が勝手に塞がっていくから――。

 

「……自動修復? どういうことなの? これって……でも、それなら納得はできるけど……」

 

 つまり、ガラスのような壁は自動修復されるからメンテナンスをしなくても維持できている。

 でも、それって……。

 

「地球でも無理な技術……」


 明らかに、この世界の文明発展度合に不釣合いな存在。

 これは、とても気になるけど……。

 

「――とりあえず、疑問は後にしましょう。まずは、やる事をやらないと……」


 ここが、近代的どころか未知の技術で作られていることは理解できた。

 でも、それは後でいくらでも調べることが出来る。

 

「お、お前は! な、何者だ!?」


 考えごとをしていると何十人もの兵士を連れて煌びやかな貴族風の衣装を身に纏ったグレーの髪色の優男が私に話しかけてきた。


「人に名前を聞く前には、まず自分から名乗るのがマナーだと思いますけど?」

「ふ、ふざけるな! 総督府に攻め入ってきてマナーだと? お前は俺のことを馬鹿にしているのか!」


 私は、男の言葉に一瞬肩を竦める。

 まぁ、今回は、お話をしにきたのですから、挨拶くらいはしておいていいでしょう。

 私は、白のドレスの裾を指先で掴みながら。


「お初にお目にかかります。ユウティーシア・フォン・シュトロハイムと申します。カベル・ド・ルグニカ海将様にお会いに来たのです」

「――ユ、ユウティーシア!? ユウティーシアだと!? 貴様がか?」

「さようでございます。カベル海将様でございますか?」

「違う! 俺の名前はカーネル・ド・ルグニカ様だ! 総督府スメラギから、貴様は国家反逆罪と手配が掛かっている! 大人しく身柄を確保されればよし! 逆らうようなら分かっているだろうな?」

「はぁー……」


 私は、大きく溜息をついた。

 おそらく、彼にとっては私の溜息は降参の証だと思ったのかも知れない。

 

「その女を捕まえろ!」


 だから、無用心に近づいてきた兵士が悪いとは言わない。

 だけど――。


「カベル海将で無いのなら、別に必要ないので――」

 

 私は、縄を持って近づいてきた兵士の腕を掴むと壁に放り投げた。

 すぐにガラスが割れる音が聞こえてくると同時に、人が地面の上に落ちる音が聞こえてきた。

 

「さて、私からの用件は一つなのですが、カベル・ド・ルグニカ海将様に会わせてもらえますか?」

「ふざけるな!」


 私の言葉に激高したカーネルと言う男が兵士達に「殺せ!」と命令を下した。


 

 

 

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