第176話 出張手当はつきますか?(14)

「動きが止まっているぞ!」


 俺は、イルルクの懐に一瞬で踏み込み、風を纏った拳を鎧の部分に叩きつける。

 強大な魔力で作り出された風の魔法で強化された俺の拳。


 便宜上。螺旋――ではなくてトルネードナックルと呼んでおこう。

 

 トルネードナックルが、イルルクの腹部に当たり装備品である鎧に無数の亀裂を作り出した。

 そして、地面と平行に吹き飛ばされたイルルクは「ぐあああああああ」と地面の上を凄まじい速さで火花を散らせながら転がっていく。

 そんな風になれば、もちろん地面に接している鎧が白熱化するし亀裂が入っていたならば粉々に砕け散る。

 さらには、俺の拳に纏わせていた風も、俺の制御を離れたことで周囲に爆風を発生させた。


「ふむ……。裸になったか……」


 俺は、一人呟きながらも、飛んできた巾着袋を手にする。

 中を開けると金貨が数枚と銀貨が入っていた。


「なるほど……兵士を倒すとお金が手に入るのか――これは、良いかも知れないな……」


 まだ三百人も兵士がいるのだ。

 これは稼ぎ時だろう。

 くっくっくっ。

 そういえば、俺は町で買い物をしているが、殆どが公費だったりして自由に立ち食いも出来なかった。

 これは、もしかしたら日頃、一生懸命、仕事をしている駄賃なのかもしれない。


「ば……ばけもの……」


 誰か知らないが、俺を取り囲んでいた兵士の一人が呟いたのが聞こえてきた。

 やれやれ、イルルクは別に、ぶっ殺してないのに酷い言いようだな。

 体を痙攣させているだけで、体中擦り傷だらけで両手両足は骨折してアバラも何本折れていると思うが死んでないじゃないか――。

 

 俺は、指を鳴らしながら兵士達に近づく。

 すると、上空から矢が飛んできた。

 その数は100近く。


「今の俺に――」

 

 俺は左足を軸に右回し蹴りを放つ。

 それだけで周囲に突風が舞い起こり頭上から俺目掛けて飛んできていた矢を全て叩き落とした。


「さあ、お遊びの時間は終わりだ! ダイダルウェーブ!」


 一切の魔力制御を行わず詠唱も使わず、魔法陣も使わない!

 超大な魔力にモノ言わせた生活魔法である水生成!

 生み出された莫大な水量は三百人近い兵士を全て押し流した。




 ――それから3時間後。


「ふう、これでだいたいの治療は終わったかな……」


 私は、並べられている兵士達を見ながら小さく溜息をついた。

 短時間の濁流だったこともあり、死者こそ出なかったけど、全身複雑骨折の人とかが居て治療に思ったより時間が掛かってしまった。

 まぁ、死んではいないから問題ないけど……。

 そもそも、か弱き私を含めた乙女に対して手を上げてきた時点で殺されても文句は言えないと思うけど……って!? 乙女って……私は、乙女って年齢でも無いし中身はオヤジなのに何を言っているのか……。


「ユウティーシア様、これで全部です」


 じゃらじゃらと音を立てて、巾着袋からアクアリードさんが金貨や銀貨や銅貨を木箱の中に入れていく。


 ――そのへんは慰謝料をもらったから許してやるとしましょう。


「お疲れ様です。結構ありますね」

「はい、300人分ですから……。でも、倒した兵士からお金だけをもらうなんて、盗賊みたいですね……」


 アクアリードさんが、罪悪感があるような表情で語りかけてくる。


「アクアリードさん! それは違います!」

「――?」

「私達は彼らに乱暴されかけたのです! つまり彼らは悪! 敵は倒して戦利品を奪うという行為は正当な行動なのです! そう、これは慰謝料! 慰謝料なのです! もっと言えば、鎧や剣も剥ぎ取って、工業ギルドに売っぱらいたいくらいです!」

「さ、さすがに……そこまでは……」


 アクサリードさんが、遠慮がちに何かいっていますが、そのへんは貪欲にいかないと駄目だと思うのですけど――。


「アクアリードさんにも、そのうち分かるときが来ます」

「――はい……」

「ユウティーシアさん、こいつらは縛り上げなくていいんですか?」


 私とアクアリードさんの話が一段落したところでメリッサさんが話しかけてきた。

 私は彼女を見ながら頷く。


「はい、下手に動けなくすると町に迷惑かかりそうですし。それに……本当は山賊さん達についても、この町の兵士がキチンとしていれば正規の手続きをしたかったのですが……」 


 私は大きく溜息をつく。


 山賊たちについては、紐にくくったまま町の外に放置。

 兵士については、お金だけもらって放置。

 兵士も山賊については、何かしら対応してくれるでしょう……たぶん、きっと……。


「そうですね……懸賞金があったら貰えたかもしれないですよね……」

「こうなってしまったのですから仕方ないです。それと、兵士についての扱いですが、簡単に言えばキャッチアンドリリースです!」

「キャッチアンドリリース?」


 メリッサさんと、アクアリードさんが声を揃えて問いかけてきた。

 彼女達の言葉に私は頷きながら語ることにする。


「よいですか? 兵士というのは、上の人間の指示に従う生き物です。そして生きていく上では、必ずお金が必要なのです。つまり、ここで五体満足、剣も鎧もあれば私達を探してくれます。その時に彼らは、またお金を持っているわけです。つまり、相手を倒してお財布を奪えば臨時とは言え収入が入るのです」


 私の妙案に、二人が変な顔をして私を見てきた。

 何か私へんなことを言った?

 よく分からないけど……。


「とりあえず、これで一見落着です! さあ、エルノの町に入りましょう!」


 


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