第142話 暗躍する海賊の末裔(2)

 商工会議室の部屋。

 元は、スメラギ総督府から派遣された代官が執務を行う部屋の一室に私はずっと缶詰状態であった。

 ――と、いうより自ら望んで部屋の中に入り浸っているわけですけど……。


「はぁ……」


 私は、あがってきた書類にジャガイモから作ったハンコをペタンと押してから朱肉もとい羽ペンで使うインクをつける。

 そして、また書類にジャガイモハンコをペタンと押して羊皮紙を重ねていく。


「はぁ……」


 ミトンの町は、東側の大国アルドーラ公国と貿易を始めた。

 そして貿易を始めてから一ヶ月が経過してはいるけど、いたって平和そのものである。

 

「おかしいです」


 私は一人呟く。

 ――そう。おかしい……。

 普通なら、そう! 普通なら! 自国内の一都市風情が勝手に隣国と貿易を始めるなんて領内を治めてる領主が許すわけがない。

 それなのに、まったく音沙汰無いというのが不気味というか不吉というか、もやもやの原因になっている。

 

「普通なら大軍で、攻めてきてもおかしくないのですけど?」

「お前は、戦争したいのか?」


 私が一人、椅子に座ってハンコをペタンぺタンと書類に押して独り言を呟いていたら、鎧を着ていない格好のレイルさんが、突っ込みを入れてきた。

 

「別に、戦争をしたいとかそういうことじゃなくてですね……」

「それじゃなんだ?」

「ほら! 色々ありますよね? 生活に必要な貴金属とか! そういう鉱山とかありませんし……掘ると重労働ですよね? それなら攻めてきた兵士さんから貰うのが一番良いのかなと思ってまして……」

「お前は、野盗なのか?」

「野盗とは、またひどいです!」


 レイルさんのあまりの言い方に、私は呆気に取られてしまう。

 私は、効率よく金属を収集できる方法を模索してるに過ぎないのに!

 鉱山は重労働ですし、ただでさえ人口がそんなに多くない地方都市なのに、そんなことに労力を使ってる余裕がないんです。

 そのへんをレイルさんにはしっかりと理解して欲しいものですね。

 

「そもそもですよ! ミトンの町は海に面していますが畑も少なく山も無い、鉱山もないので鉱物素材にも事欠いてるんですよ? そんな状態で、他領との取引も出来ない状態だと、効率よく物資を回収できるのは敵方の兵士さんたちの剣とか防具が一番じゃないですか!」

「その理屈はおかしい!」

「ええー……」


 レイルさんの言葉に首をかしげながら、私は机の上にぐたーっと倒れこむ。

 とても理に叶っていると思うんですけど……。


「だってー……剣とか鎧ってもう製鉄されてますよね? それを快く頂いてお鍋とか包丁とか鍬とかスコップにすれば、畑も耕すのに使えますし料理にも使えますよ?」

「お前……鉄を鍋とか包丁なら良いが……畑に耕すのに使うのか?」

「え? そうですけど?」

「そんな話、聞いたことがないぞ……?」

「そうなんですか……」


 レイルさんの話を、机の上に寝そべり聞きながらふと疑問が浮かんでくる。

 

「そういえば、畑を耕すときは、銅とか青銅を使っているんですか?」

「いや、銅も青銅も硬貨として使う事はあっても畑を耕すことには使わないな。第一、高くて使えないだろう?」

「……え? それじゃどうやって地面を掘り起こしたりして耕しているんですか?」

「それは木で作られた鍬とかスコップに決まっているだろう?」

「ええええー……」


 信じられない。

 地面を耕すのに鉄どころか青銅や銅すら使わず木材で作られた農耕器具のみで使っているなんて――。


「あっ!? そういえば……」

「どうかしたのか?」

「ううん、なんでも……」


 よくよく思い返してみれば、リースノット王国で農業推進の話をしているときに鉄製の鍬などの話をウラヌス公爵とした時に驚いていた記憶が……。

 まさか、私が思っていたよりも農業関係に関してはかなり劣っている世界なのかな?

 

「レイルさん! 巷に繰り出しましょう!」

「また何か問題でも起こすつもりなら却下したいんだが?」

「最近のレイルさんは意地悪です! 私が、そんなことをするわけないじゃないですか! 私はあくまでも善良な一市民として行動してるだけなのに……」

「いや、金属がないから戦争起きないかなと言ってる時点で善良な一市民とは思えないんだが?」

「…………それは、それ! これはこれです! 男の人が細かいことを言っていると嫌われますよ!」

「俺、世帯持ちだぞ?」

「――え? ……嘘ですよね?」


 いきなりのレイルさんのカミングアウトに私は驚いてしまう。

 でも、たしかに30歳というか30歳前の男性が結婚してないのは、この世界ではおかしいかも知れない。

 それにしても……。


「レイルさんは大人なんですね」

「俺は、お前が何を言ってるのか意味が分からないんだが?」


 レイルさんの言葉をスルーして私は部屋を出る。

 後ろから慌ててレイルさんが私を追ってくるけど、私がいつも何か問題を起こす人間のように思われているのは、少し問題な気がします!




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る