第99話 逆鱗のユウティーシア(ユウティーシアside)

 本当に偶然だった。

 奇跡の確立と言っていい。

 ただ、俺には聞こえた。

 ティアを救ってほしいと、壊れかけた彼女の心を救ってほしいと。

 同じ男だからこそわかる。

 惚れた女が身を呈して自分を守るために身を捧げようとするなら、それを守るのが男ってのもだ。

 

 ましてや、心が弱った人間に不利に働くような契約を進めてくるなんて……社会人経験、営業をしていた人間からすれば下策もいいところだ。

 はっきり言わせてもらおう! 気に入らない!

 だからこそ!

 

「調子に乗るなよ!」


 意識が浮上した瞬間、俺は体全体に【肉体強化】の魔法を発動し展開。

 額に当たっていたアウラストウルスの女の手を力いっぱい跳ねのけた。

 

「な!?」


 目の前のアウラストウルスの手の骨ではない、魔力か何かで編まれたと思われる腕が在らぬ方向へ折れ跳ね上がる。

 それと同時に俺は左足を軸に一回転しながら女の腹に右横蹴りを打ち込む。

 アウラストウルスの体がくの字に折れ曲がり百メートル近く地面と水平に吹き飛ぶと地面に落ち転げながら立ち上がり俺を睨むように見据えてきた。


「ばかば! こんな馬鹿なことが! こんなタイミングで! こんな馬鹿ことがあああああああ」


 目の前の黒髪黒目の俺そっくりの女は驚いた表情で叫んでいる。

 まぁ、納得できないだろうな。

 てめーが散々、覚醒しようとしていた俺の意識を抑え込んでいたんだから。

 だがな、誰かを思うって気持ちは、てめーらのそのふざけた力すら軽く凌駕するもんなんだよ。


 俺は、目の前のアレクという男の様子を確認する。

 心臓は止まっているがまだ顔色を見る限り血は脳に通っているようだ。

 なら手の施しようはいくらでもある。

 

 俺は頭の中で魔法の術式を展開。

 膨大な魔法演算を高速で展開させていく。

 これは、俺がプログラミングをしていたからこそ成せる術式であり、膨大な魔力量を持つ俺だからこそ発現させる事ができる魔法術式。

 

 そして回復魔法の発動。

 

 一瞬で、アレクと呼ばれる青年の体は修復されていく。

 その様子を見たアウラストウルスと言えば。


「ばかな、そんな馬鹿げた魔法が!? 死者蘇生回復術式魔法だと? そんな真似がどうして人間なんかに出来るのだ!」


 俺は叫んでいるアウラストウルスを一瞥して語る。


「何を誤解しているんだ? これは、ただの初級回復魔法だ。お前は心臓が止まっただけで人が死ぬと思ってるのか? これはお笑いだな。輪廻を司る神様ってのはその程度の浅慮で成れる者なのか?」

「き、きさまあああああああ」


 怒りのあまりに突っ込んでくるアウラストウルスを横目に俺は、心臓が止まった状態の男の心臓を動かすと同時に細胞蘇生を行い失った血を増血させていく。

 男の手が動くのを確認したところで、横目で見ていたアウラストウルスの方へ振り向く。


「おせえよ」


 俺は上段回し蹴りを女の頭めがけて繰り出しガードした両手ごと圧し折り頭を蹴り飛ばす。

 

「馬鹿な……こんな馬鹿なことが……いくら力が制限されてるとは言え……ここまで力の差がある訳が……」

「まぁ、そうだろうな」


 俺はアウラストウルスに一歩近づく。

 今の俺の体には普段とはまったく別種の魔力が巡っている。

 これはある意味、アレクとティアの心の力なのだろう。

 だからこそ、手加減する気持ちも起きない。


「駄賃の代わりだ! もらっておけ!」


 アウラストウルスの周囲に、数千のファイアーランスを展開する。

 それを見たアウラストウルスは――。


「こ、これが……神核の力なのか……これほどの力なのか……」


 と、呟いてくるが――。


「てめーが仕出かした、人の思いを踏みにじる行為の代償とやらをその身に刻め! ファイラーランス!」


 俺の魔法発動の言葉と同時に全てのファイアーランスを女に叩きこむ。

 50メートル近く離れてるとは言え全てが着弾した瞬間、アウラストウルスが立っていた場所は地面が溶解しマグマと化していた。


 俺は溜息をつきながら目を覚まそうとしていた男に視線を向けると意識を内面に戻す。

 白い空間――。

 そこを精神世界と俺は名付けた。

 そこにティアと呼ばれたもう一人の俺はジッと俺が来るのを待っていた。


「あの……」


 俺とは思えないほど、かよわい印象を彼女は見せてくる。

 まったく自分自身から分離したとは言え少しやりにくいな……。l

 ただし、もう彼女は長くは持たない。

 だからこそ、最後の時間を過ごさせてあげたいと俺は思っている。

 まぁ、それが男ってものだからな。

 

「分かってるさ、アウラストウルスは俺が倒したしお前が好きな愛しのアレクも無事だ。だから、お別れをいってこい」

「はい! ありがとうございます」


 ティアが頭を下げて姿を消すと俺は溜息をつきながら、その場に腰を下ろす。

 

「しっかりやれよ、アレク。てめーのためにティアは無理したんだからな」


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