特殊性
美菜さんの視線が江角さんに向かう。江角さんはテヘッとしている。なんだこの状況は。
「まさかとは思うけどまだほとんど説明してないこの島の特殊性!」
「一応同意書にサインしてもらう時に簡単に説明書がありますし、夜に出かけない事、守るぞいくんを使って家を寝る時は警護する事は伝えてありますよ」
「それでは全く話が足りていないのではないか」
あまりの話にとうとうベアラスまで江角さんに苦言を呈している。口は重そうだが江角さんが口を開いた。
「もー、分かりましたよ。ここに来たのは外の世界では見れない特殊な進化をしてきた者たちです。基本言葉で意思の疎通が可能な方で人に変化することができる者たちを獣人と呼んでいます。それに対して人の言葉を話さず、知能を持たず欲にのみ従う獣を魔獣と呼んでいます」
「へー。じゃあ今まで会ってきたのは獣人って事ね。で魔獣っていうのは危険と……」
「そうだな我々獣人になるとある程度人のコミュニケーションを取ろうとするが奴らは別だ。我々とも意思の疎通が取れん」
「魔獣たちは主に夜行性なので昼間のうちは人の生活圏には出てこないのですが、夜になると出てくるようになります。ですがもし我々は魔獣と出くわしてしまった時、戦闘しなくては生き残れないという事になります。なのでこれから生き残る術をお教えしていくようになると思います」
俺の頭の中はパンクした。急に情報量が多すぎる。俺は移住してスローライフを送るはずだったのではないか。だが実際は遭遇した魔獣と闘うというファンタジーなお話ではないか。頭痛がしてきた。
「それじゃあ、俺はこの島で生き残るためにどうしたらいいんですか?」
「まずは夜間は出歩かない。守るぞいくんを発動させる。魔獣に出会わない工夫が必要なんです」
「寿馬宇村の人は皆魔獣に怯えながら生きているって事ですか?」
「いえいえ、そんな事はないんですよ。緊急時のためにいろいろと道具があるのでそれを使用してピンチを切り抜けます。全部妙子さんのおかげなんですけどね」
江角さんの話に美菜さんも頷いている。そしてベアラスは頭を掻いている。
「それでお前はなんなら明日から練習な。美菜俺の外出許可を」
「本気なのね。まあいいわ。許可申請出しておくわね」
「ベアラスさん直々に体術教えてもらえるなんてすごいです」
おいおい、俺がいないところでどんどん決まっていく事があるじゃないか。俺はこの後流されて明日の午前中は魔獣退治の手解きを受ける事になった。
「そういえば実際の魔獣見てみる?」
「えっ、いるんですか!?」
「もちろんよ。ここは研究施設なんだから当然揃ってるわよ」
「ならば私は寝る」
ベアラスが眠そうな顔で洞穴の少し中へと入り熊の姿に戻っていく。
「明日よろしくお願いします」
頭を下げればベアラスはおうと声を出し、こちらをみる事なく手をひらひらさせて去っていった。
それからは美菜さんによる観覧ショーだった。次々にパネルを操作し動物に凶悪なツノやキバを生やしてある危険生物とガラス越しに対面した。
それにしても、マジであれはないからな。同じ熊でも魔獣化してしまった熊の凶暴な事。餌の鶏がポトッと置かれると目を赤く光らせ鋭い爪でガシッとな。それからの食いっぷりも見事でした。
どうやら、魔獣化した動物は、目が赤くなるらしいという事ははっきりとした。
何はともあれこの島の危険性を認識し、とても意義のある時間となりました。
「美菜さん今日はお世話になりました」
「明日は午前中はこっちに寄りなよ。ベアラスも待ってるし、あの子の餌ももしかしたらやらなくちゃならないし」
「あの子?」
俺が聞き返せば、美菜さんはニヤニヤと微笑むだけで何も言葉を返さない。
「あの美菜さん?」
「山内さんそれでは今日は帰りましょう。美菜さんの考えは明日分かるでしょうし」
江角さんはいつものニコニコとした笑みを向けてくる。この人思ったんだけど天然というよりポーカーフェイスがうまいのではないだろうか。
「はい、それではまた明日伺います」
「ええ、楽しみにしてるわー。……さて海斗くんは何に適性があるのかしら」
「ん?」
美菜さんの言葉尻が小さくて聞き取れなかったが、俺は頭を下げて研究施設を後にした。
「江角さん今日はありがとうございました。いろいろな新事実が分かって混乱していますが、今晩は頭を整理していこうと思います」
「私も説明下手で申し訳なかったです。移住体験を通してこの村の怖いところだけでなくいいところも見つけてみてくださいね」
「は、はあ…」
俺は正直ビビっていた。魔獣のお食事タイムを見学してビビらないやつはいないと思う。
ま、しかし野生動物との違いはよく分からない。その辺りは明日聞いてみよう。
俺は江角さんを見送って玄関の扉を閉めた。
外は日が暮れ始めていた。
気を取り直して、食料を物色し始める。
「どれどれ食い物あったかな。ラトのやつ食い散らかして行ったからな」
戸棚は惨敗だが、冷蔵庫の中身は生きている肉類は買っていなかったが、ウインナーは買っていたのだ。五郎さんからもらったキャベツと適当に炒める事にした。
「どれどれ、いただきますっと」
ものの5分で夕飯は出来上がり食事を始めると、ガラッと玄関の開く音がする。
「あ、守るぞいくんつけるの忘れてた」
箸をその場に置き、ちょっと玄関に向かっていく間にやられた。
「にゃおーん」
「ラ〜ト〜!」
ラトが器用にテーブルの上の飯のウインナーだけ食べていた。
「可愛く鳴いてもダメだからな」
「ナオ〜ン。ゴロゴロゴロゴロ」
俺がラトをずらして箸を持てば、ラトは擦り寄って甘え始めた。この可愛さは反則だと思う。
俺はしょうがなくウインナーだけ取り分けるとラトの目の前に置いた。
「明日は妙子さんのところ行ってキャットフードでも買ってくるか」
ラトの頭を撫でながら癒される。だが、この時重大な事を忘れていた。そう、この島にはまともな動物なんていないという事を……。
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