日暮れ

 半日で萎む花、青々と茂る部屋いっぱいの草木、整然と並ぶ美しい墓。

「花の寿命など、今まで考えたこともなかったな。あの墓は……草木は、ずっとああなのかい」

「ずっと、というと……ええ、少なくとも僕が世話をする限りは」

「じゃあ、その後は」

青年は、旅人が言いたいことを察したようだったが、何とも言わずにそばにある緑を繊細な手つきで柔らかく撫でた。旅人もなんとなく押し黙ったまま、また茶を啜った。

「兄がいたのですが」

 しばらくして、青年が口を開いた。日が落ち始めたのか、窓の外に見える緑はその色合いを深めていた。

「兄が、亡くなる前に言っていました。人はどうあれ、自然の一部であり、命は廻っていくものなのだと。誰も、何も、永遠にそこに留まってはいられないのだと」

その兄も『緑の手』だったと、青年は語った。その話しぶりは昔を懐かしむようで、彼の兄が亡くなったのはもうしばらく前のことなのだろうと、旅人は気づいた。

「兄は、草木に黄や赤が混じり始めると喜んだのです。ようやく次へ、往けるのだと」

青年は、まるでその目の前に兄を見ているように目を細めた。花が咲き、実をつけ、種になり、また芽吹く。そのうちに動物に食べられて今度は動物の肉となり骨となる。そうして動物が死んで草木の苗床になり、命は廻っていく。そういうごく当たり前の命の循環を、彼の兄は尊んだのかもしれない。しかし青年の顔はどこか、それを受け入れ難く思っているかのように、旅人には感じられた。

「『緑の手』は、緑をうつくしく保つものの手だ。しかし、どうあれ廻っていく運命ならば、僕の手はその命の流れを、流れゆくべきものを、無理矢理に留めているだけなのか」

青年は、己に問うように呟いた。静かに、緑の部屋には彼の言葉を聴くための沈黙だけが満ちている。

「……それでいて兄は、『緑の手』として立派に働いていました。慈しむように葉を撫でては言葉をかけ、水をやって。どうしてそう在ることができるのか、僕には分かりませんでした」

「そうか……」

 旅人は、青年の話を聞きながら、今までの旅で立ち寄った国々を思い出していた。命の終え方、生死の捉え方、弔い方にはそれぞれの国の違いがあった。そしてまた同じ国の中でも、その文化の上でそれらをどう捉えるか、どう考えるかは人それぞれ違うものだ。

「……もうすぐ日が落ちますね」

「ああ。そろそろ宿を探しに行くよ」

 旅人は青年の家を出た。しばらくはこの町に滞在するであろう旅人に、青年はいつでも来てくれと言って送り出した。まだ薄明るく、宿を探すには困らないだろう。しばらく歩いて広い墓地を出る寸前に、一際美しい大木が旅人の目を引いた。沈もうとする太陽の最後の一息を受けて、たくさんの葉が煌めいていた。

「ああ、きみは……」

しばらく足を止めてその大木を見つめた旅人は、青年の静かな瞳を思い出しながら呟いた。

「まだ兄の喪失を抱えたままなのだな」

太陽は時間をかけて、静かに山の奥へと沈んでいった。




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