第097話 グッドラック
骨と皮だけで頼りなかった教皇ソルマルトは、この離宮で療養したことで、すっかり顔色も良くなり、少し頬もふっくらしてきたように見える。
リンディエールとグランギリアで考えた回復を早める特別な薬膳料理を毎食、食べてもらったのだ。この世界での薬膳料理は、効果抜群だった。
いつ倒れるかと思えるような頼りない雰囲気から一転、長生きするんだろうなと思える様子に変わったのだ。
大仕事を終えた翌日。昨晩は、あれから教皇が悠へ改めて謝罪したりと、軽く挨拶を済ませ、今朝、一緒に食事をした後、いよいよ混乱しているだろう聖皇国へ乗り込もうとしていた。
リンディエールの転移門で教皇を送り込むのだ。この国の教会から、いわゆる聖騎士のような護衛も五人ほど連れて行くつもりで、準備を進めていた。
「その感じやと、ダンドール大司教も行くん?」
しばらくして、ダンドール大司教が教皇につける護衛と共に、旅装で現れたのだ。転移門を使ったと思われないためだ。
彼は、この国の教会をまとめる人だ。本来ならば任されている国から動くべきではないが、今回はそうも言っていられないのだろう。
「はい。司教達に任せて参りました。あちらで使えそうな者が考えていたよりも少なそうですので」
「まあ、確かになあ」
頼りになりそうな者達は、ダンドール大司教のように既に国外へ出ているようなのだ。残ったのはクズだけ。国を見限った者は多かったらしい。そうした者たちは、正しく神に仕える者たちだった。
「向こうに行ったら、おもろいことになるやろな〜」
「おもろいこと? あっ、わかった! すり寄って来るんじゃない? 揉み手しながらっ。見たい! リアル揉み手!」
見送りのために出てきていた悠が、手を打って軽やかに笑う。地球の中学生がリアルで揉み手して媚びを売ってくる人を見えるものではないだろう。一生の中で見える者も少なそうだ。
「悠ちゃん……ええ趣味しとるやんっ。確かに、リアルで揉み手しとるやつ普通は見んもんなあ。見たら笑けるでっ」
「リンちゃん、見たことあるの!?」
「あるで! 貴族とか、普通にやりおるよ。あいつら、あからさまにご機嫌取ろうとしとるのを、どうしても見せなあかんのやろな。やけど……アレは笑うで」
「あははっ。でも見た〜い」
リンディエールが見るのは、大半がヘルナへと媚を売る姿だ。本気でこの国の貴族は『染血の参謀』が怖いらしい。
「まあ、それは追々な。そんで、どうするん? 間違いなくすり寄って来るで? そういうの、邪魔やろ?」
リンディエールが、怪盗リンリアとして住民達へ教皇も利用されていたのだと話しているため、全責任を教皇へ押し付けることはできない。
よって、間違いなく自分達も騙されていたのだと下の者がすり寄って来るだろう。今更味方だという顔をして、手のひらを返してくるのだ。鬱陶しいことこの上ない。
これがリンディエールならば、武力を持って弾き返す。遠慮なく手のひら返しするような奴らは、力で押さえ付けやすい。媚びを売るなんてことが無意味だと体で覚えさせ、裏切ることがどれだけ愚かなことか思い知らせことで、従順にさせる。そこまで出来れば安心だ。
だが、今回はこれ以上介入するつもりはない。裏でコソコソと援助は出来るが、リンディエールがこれ以上暗躍するのも良くないだろう。
「うちがこれ以上出て行くと、逆にまとめ難くなるでなあ」
国一つを立て直すのだ。部外者はこれ以上顔を出すべきではない。少なくとも、ある程度の骨格が整うまでは。
立て直しに協力出来、表に立っても問題なさそうな人と考えて思いつくのはヘルナだ。だが、それも問題が全くないわけではない。
「ばあちゃん連れてくのもなあ……立て直し以前に乗っ取りそうや」
「そ、そうですね……こちらも、立て直しどころではなくなりそうです……ご意見は伺いたいとお願いいたしましたが……」
教皇も『染血の参謀』を知っているようで、相談役のような形で協力は頼んでいるらしい。
「心配ありません。私も補佐として同行いたしますし」
大司教ダンドールかが自信満々に一歩踏み出す。
「ん? あ〜、そういや、ダンじい。ばあちゃんが大人気なかった現役の頃に会っとるて……」
そこで気配を感じた。
「リンちゃん? 呼んだかしら?」
「っ、へ、ヘルナばあちゃん!?」
「ヘルナ様!!」
「……ん?」
ヘルナ様と呼んだのは、ダンドール大司教だ。
「ふふふ。ダンがあの国に戻ると聞いてね。確認と見送りに来たわ。アレはちゃんと持ってるんでしょうね?」
「はい!!」
ビシっと背筋を伸ばして返事をしたダンドールは、外套の下、腰につけていた鞭を取り出す。
ビシ!!
彼がピンと張って見せると、地面に一度打ち付け、次に離れた所にある木の一番下の枝の真ん中にあった色の変わった葉の一枚だけを打ち払って見せた。
「すご〜い」
悠が拍手する。リンディエールも感心していた。
「おおっ。ええ腕やん」
「恐れ入ります」
「そうね。リンちゃんに迫るかしら。腕は鈍っていないみたい」
「うち、あんま鞭は得意な方やないで? ダンじいの方が上やろ」
「本気で練習したら、リンちゃんは一日であれくらい簡単に出来るようになるでしょう?」
「い、一日……」
ダンドールは自信があったのだろう。少しショックを受けていた。
「まあ、出来んことないけどな。けど、ダンじい、これなら躾もしやすそうやな」
「そうね。そこに、私が裏からサポートするから、国なんてすぐに立て直せるわよ。口しか出さないけど」
教会は民たちに必要な場所だ。その頭である聖皇国がぐらついていては、この国だけでなく他国も困る。リンディエールが関わったということもあり、ヘルナは協力することにしたようだ。
「リンちゃんの使い魔の目もあるし、通信も出来るわね。教皇様は病み上がりですし、短期決戦でいくわよ」
「はい!!」
「あ、ありがとうございます」
そして、教皇達は聖皇国へ繋がる転移門をくぐって行った。
「ねえ……」
「なんや、悠ちゃん」
悠がコソッとリンディエールへ囁く。
「リンちゃんのおばあちゃん……雰囲気からしてすごい人っぽいし、裏からサポートでも乗っ取られるんじゃない?」
「しっ。それは口にしたらあかん……」
「察した……教皇さん、グッドラック」
リンディエールと悠は、静かに教皇達にエールを送った。
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