第6話

「今日は特別、オデ様のすっげーヤツをみせてやんぜ」

「そんなこと言われたって、私には見えないけどね」


 それまでとちがい、トールとアヴェニールの間の空気は緩やかになっていた。


 トールは用意したドレスにアヴェニールを着替えさせると、日の落ちた森を馬車で移動していた。

 魔具である馬車は揺れることなくふたりを目的地へと運ぶ。


 その馬車の御者と馬が、肉を持たない骸骨であることは雰囲気を保つためアヴェニールには伏せられている。


「なに、すぐに気に入るさ」

「ところで、スミさんは?」


「まだ屋敷にもどってなかったな。気になるか?」

「うん。トールの事も、口添えしてあげなきゃいけないし」


「本当か? ナイスだおっぱい」

「本当よ。私はいままで一度だって嘘を吐いたことがないんだから。

 でもね、その呼び方はいい加減やめて。あたしにはちゃんとアヴェニールって名前があるんだから」


 自慢げに言いながらも、トールに釘を刺す。


「アヴェニールか。

 確か魔法文明がはじまる、ずっと以前の世界の言葉で『未来』って意味だったな」

「未来……そうだったんだ」


 亡き母がつけたという名を、味わうように呟く。


「さてここだ」

 馬車から降りたトールがアヴェニールの手を引く。


「少し空気が冷たいわね。湖?」

 彼女の言ったとおりその前面には、丸い月を写す大きな湖が広がっていた。


「ああ、そうだ。もうちょっとだけ待ってな。

 準備するから。よし、雲はないな」


 トールは夜空を確認すると、盆に載せられた城の模型を取り出した。


 水晶クリスタルで作られたソレは精巧な細工が施されている。

 それを湖面に浮かべると、クルクルと回り始める。回転にあわせドンドンと大きくなり、やがて立派な城へと変化していった。


「これがオデ様の持つ魔具で最大の……いんや、世界最大かつ最高品質の魔具『幻影城ミラージュ・キャッスル』だ。

 移動可能でさらにはクリスタルでできた、この美しい城は他じゃちょっと見られないぜ」


「見られないのが残念ね。

 トールはあたしを残念がらせたいのかしら?」


「なに、この城にとって外観はおまけさ。

 とにかく中に入るぞ。さっ、姫、お手をどうぞ」


 気取ったトールのエスコートに、躊躇いながらも手を差し出すアヴェニール。

 彼の身を心配したが、すでに散々触られたあとだと割り切ることにした。


 それに既に何度も死にそうな事故をはねのけた彼ならば、という期待もある。


 装飾された無人の城をふたりで歩くと、やがて広いホールへと出る。


「この城は外から見るよりもずっと広くて、千の部屋と万の魔具が収納されてんだ。

 オデ様が取り出す魔具はズボンを経由してここの宝物庫に繋がってんだよ。

 この城自体にも無数の魔術が埋め込まれている。

 だからゴミをぽい捨てしても自動的に片付けられるし、こんなこともできる」


 指を鳴らすと水晶で出来た無数の人形が現れる。


 その手には様々な楽器が握られている。

 先頭に立った人形が指揮棒を振るうと、一糸乱れぬ演奏を奏で始める。


「素敵な曲ね」

「さぁ、今夜は貸し切りだ。踊るぜ」


 アヴェニールの腰に手をまわし、ホールの中央へと強引に連れ出す。


「ダメ。あたし、踊りなんて知らない」

「オデ様が教えてやんよ」


「……ポールダンスを?」

「ぷっ、おまえそれなんのことか知ってんの?」


「トールが好きって言ってたんじゃない。

 どんな踊り?」


裸踊りストリップだよ。

 オデ様は芸術だと思うんだけどな」


 その回答を聞いて顔を赤らめる。


「スケベ!」

「さぁ、ポールダンスはまた今度だ。

 城で踊るっていったら、社交ダンスに決まってんだろ。

 誰にぶつかるわけでもない、周りなんて気にすんな。

 リズムに合わせて身体を動かしゃ、それでダンスだ」


 そう言って、トールはアヴェニールをリードし一緒にステップを刻む。


 最初はぎこちなかったアヴェニールもだんだんと慣れ、広い水晶のホールを優雅に踊りまわる。


「ダンスって初めてだけれど楽しいわ。

 リードされながらだと、気兼ねなく身体が動かせてきもちい。

 あなたのリードも悪くないし、なんていうか繋がってるって感じがする。

 見えなくったってトールがどうしたいのかよくわかる。

 なによりひとりじゃないってすっごく実感できる」


 それは少女がこれまでに見せたなかで最高の笑顔だった。


「おまえこそ、初めてとは思えないくらい上手かったぜ」

「ありがと。

 でも、トールが好きなのはエッチな踊りなんでしょ」


「それは否定しない」

「ホントあんたって正直よね」


 真面目な顔で応えるトールに笑いかける。


 そして、曲が落ち着いたものに変わると、こんどは身体をあわせ動きを緩める。


「おまえって、スミの前じゃ『私』って言ってるくせに、オデ様の前だけ『あたし』に変わるよな」

「嘘、そんなことないわよ」

 その嘘は少女の願いであった。

 だが、彼女の嘘を斬る能力は発動してはいない。

 つまりトールの言っていることは本当なのだ。


「たぶん、あんたの前だと気がぬけちゃうのよ。

 お仕事の時はちゃんと敬語で話してたんだから」


「要するに、オデ様といるときはリラックスしてるってわけだ」

「さーね」


 踊りながら会話を続ける。


「それにしても、トールって意外とすごいのね。

 踊りまでできるなんて想像しなかったわ」


「紳士のたしなみだちゅーの。

 それと意外ってなんだ、失敬な」

「ふふっ、ごめんなさい。

 でも、ホントすごいわ。

 たくさんの魔具をもっていて、不死身で、知識豊富で。

 ねぇ、あなたって何者なの?」


「…………」


 その質問には嘘も冗談も彼の口からは溢れなかった。


 見抜かれるのを恐れたのではなく、それは彼ですら口にするには躊躇われる事なのだ。


「変なこと聞いちゃったかしら」

 話題を変えようとするアヴェニールにトールは応える。


「オデ様は世界でいっとうすごい王様なのさ……いや』か」

 トールのその言葉を聞き、少女の頭に灰色の森グレイフォレストにまつわる物語が駆け巡った。


「強欲の王……」

 不意に少女の口からこぼれた名をトールは聞こえなかったフリをした。


   †  †  †


 百年ほど昔、そこは魔術に長けた王が支配する国であったという。


 王は自ら戦場に立ち、その魔術によって大陸中を巻き込んだ戦争を起こした。

 王の魔術は強大であり、多くの国々が瞬く間に制圧され、王は大陸の覇権を握った。


 しかし、王の欲望はそこで満たされたりはしなかった。


 海の向こうを、空の果てまでも支配することを望み、そこへ手を伸ばそうとした。


 だが、いかに王の魔術が優れようと、人間の力には限界がある。


 その限界を打ち破るべく王は、とある強大で高度な魔術を行う決意する。


 それは『魔王召喚ロスト・パラダイス』と呼ばれる禁忌の術であった。


 王は天に届くほどの塔を建て魔術ソレを実行する。


 だが、その術が発動すると、王国は一夜にしてその姿を変貌させた。


 国土はそれまで見たこともない灰色の木々で覆われ、国からは人間が姿を消し、魔物だけが住まう土地となったのだ。


 そこでなにが行ったのか知る者はいない。

 されど、それまで大陸中から見ることができた塔が失われたことで、王が魔術に失敗したのだと人々は漠然と知ることとなる。


 それ以来、人々は王を『強欲王』と呼び、その愚かな野望を歌にし、いまもなお語り続けている。


 呪われた『灰色の森グレイフォレスト』に足を踏み入ることは、王の災いに触れることになるのだと……。


   †  †  †


「(ひょっとしたらトールは……)」

 伝説の地でアヴェニールは空想を膨らませる。


「……なんだか湿っぽい空気になっちまったな。

 もっぺん踊るか?

 それともなんか食うか?

 エアフードでよければ食い放題だぞ」


 茶化すトールの耳にスミの声が届いた。


『トール、侵入者だ』

「どうしたの?」


 魔法で送られたスミの声はアヴェニールには聞こえていない。

 彼女は「どうしたの?」と、動きの止まったトールに不審そうに尋ねる。


「ちいと野暮用ができたみてーだ。

 スミのやろうが呼んでる。

 ちょっと待ってろ、月が消えるまでには戻ってくるから」

「月が消えるまで?」


「あぁ、この幻影城は月がでてる間しか現世に存在できないんだ」

「ちょっと待って、じゃ月が隠れたりしたら……」

「なに、今日は雲がないから心配ねーって。

 それより今夜は十二時を回っても寝かさないぜ。

 いまのうちに休んでおきな」


 トールは『疾風の靴ヘルメス』を履くと、アヴェニールを幻影城に残し、スミの元へと走る。

 だが、侵入者を感知する魔具が反応しないことを、この時の彼は気付いていなかった。

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