第272話 反帝国同盟軍

 密集して立ち並ぶ、特徴的な天幕の群れ。

 それが懐かしく思えるのは、現代に目覚めてから初めて接した集落だからだろうか。

 ロックピラーから移動したバックサイドサークルは、王国西部に横たわる大渓谷、大地の裂け目を囲む山々の裾野へ、一時的に根を下ろしていた。

 その中央付近に建つ大天幕には、以前と変わらずコレクタユニオンの旗が掲げられている。ただ、その中身は受付兼集会場から様変わりしており、大きな円卓をあからさまに庶民とはかけ離れた存在が囲んでいた。


「――以上が、先の戦闘に関する報告となります」


 眩い鎧とシクラスを纏ったエデュアルトが恭しく頭を下げて腰を下ろせば、作戦室と化している大天幕はざわめきに包まれた。

 彼の隣には王国軍総指揮官兼侵攻派の代表ガーラットが座り、その奥にはエルフリィナ・レルナント・アルヴェーグ4世女王陛下、その横に和平派貴族数人を従えるメキドロ・ジェソップと、ユライア王国の首脳陣が並ぶ。

 とはいえ、この面々に対する報告だけならば、わざわざ国法の通らないバックサイドサークルに出向く必要はなく、つまり机を挟んで向かい合う集団こそ、このサミットとでも言うべき場を生み出した主体者だった。


「もう二度と関わりたくなかったんだけどなぁ……」


 自分から向かって左手。数人のキメラリアを伴い、悠然とパイプを吹かす小柄な老婆の姿は、そこに居るだけで自分のメンタルを削ってくる。

 だが、内心を小声で吐露したところで、隣に座っているシューニャから返ってきたのは、身も蓋もない答えだけだったが。


「ヘンメがグランマと繋がっている以上、この展開は予想できていた」


 場所が場所なだけに僕はなんとか平静を貫いたが、彼女の平坦な声と揺らがぬ表情に、逃げたい思いが加速する。

 シューニャに言われるまでもなく、バックサイドサークルで会合が開かれると聞かされた時点で、グランマが現れることは自分も確信していた。

 ただ、いかにこちらが妖怪老婆を現代で最も苦手としていようとも、グランマがと持ち込んだ手土産を思えば、誰も邪険にすることなどできはしない。

 それも、今回の戦果に大きく寄与したのだから、なおのことであろう。


「まさか要塞ごと帝国軍を吹き飛ばしちまうとはね。ちょっと見ないうちに、随分と大胆な戦い方をするようになったもんだ」


「目立ちたくないことは変わりませんが、こちらにも色々と事情がありましてね。それに今回の作戦が順調に進んだのは、貴女の手土産――ウェッブ・ジョイの捕縛によるものです」


 悪寒の走る誉め言葉を、顔に営業スマイルを貼り付けて受け流す。

 実際、自分達の砲撃能力に関しては、小隊規模未満の砲門数と運用要員の未熟さから、士気を大きく削ぐことはできても、密集した敵以外への効果は限定的になる予定だった。

 それを、王都防衛戦で使用されたサーモバリック爆弾の威力を聞いたグランマは、たった1通の書簡によってこちらの攻撃能力を最大限引き出したのである。

 ウェッブ・ジョイの蝋印が押された書簡は、帝都で大敗を喫して撤退したという事実通りの内容と共に、王国側が強力なテイムドメイルを保有していることにわざと触れ、フォート・ペナダレンへと大規模な増援をおびき寄せる餌となった。それに加え、彼自身が追撃部隊に阻まれ、フォート・ペナダレンへ撤退できないまま敵中で孤立しているという偽情報も含まれており、あからさまに増援を急かしている。筆跡鑑定を逃れるため、捕虜となった本人に書かせる徹底ぶりでだ。

 しかも、これが最大の功績ではないのだから恐れ入る。


「特に今まで謎だった、古代兵器を用いて帝国軍を支援する組織について、ルイス・ウィドマーク・ロヒャーという男が中心人物であり、ミクスチャの製造に関しても深くかかわっている、という情報が手に入った事は非常に大きい」


「なぁに、あたしらはできることをしただけさ。こっちの戦力じゃ、正面切ってテイムドやミクスチャと殴り合うなんてできないしねぇ?」


 自分の賞賛に対し、グランマはクックと肩を揺すって笑う。

 曰く、ウェッブはルイス率いる組織とそれなりに繋がっていたらしく、皇帝ウォデアス・カサドールにミクスチャを飼いならす技術を売り込んでお抱えとなった集団であり、かなり自由な行動を許されている、と語ったそうだ。

 それに加え、子飼いとして5、6機のマキナを保有していることや、クロウドン城の地下を根城にミクスチャを生み出していること等も判明している。

 おかげで自分たちは、わざわざ情報を持っているかどうかもわからない機甲歩兵を捕縛する必要がなくなり、速やかに脅威を排除するという方向にシフトすることができていた。

 ただこの老婆、ウェッブ・ジョイに対する尋問内容や、現在の処遇と安否についてなどは、今に至るまで一切語っていない。おかげで僕は友人家族を危険に晒した怨敵にも関わらず、どうしても同情の念を禁じえなかった。


「謙遜することはありませんよアマミ様。此度の結果は貴方がたの活躍あってこそ。リロイストン支配人は森の中でお零れを捕まえただけでしょうし、ねぇ?」


 一方、そんなに薄く牙を立てるも、自分たちの真正面に同席していたりするから、なお質が悪い。

 王都の防衛に尽力したスノウライト・テクニカが、反帝国同盟ともいえるこの会合に出席するのは当然のことと言えるだろうが、面子の相性としてはどう見ても最悪だった。

 いったい何の因縁なのか。自分が席についてこの方、フェアリーとグランマの間には明らかに不穏な空気が漂い続けているのだから。


「言うじゃないかスノウライトの怪物女。何十年も引き篭ってた穴蔵から出てきたと思えば、今更行き遅れを気にして英雄に媚びてんのかい」


「まぁお下品だこと。悲願を果たして下さった御方を贔屓したいと思うことくらい、として当然のことではなくて?」


「貴女がそれを言うのですか。余が幼いころから、僅かたりとも見た目が変わらぬというのに」


 ギロリと眼球だけを動かして睨む老婆に対し、ホムンクルスの女が袖で口元を隠してくすくすと笑えば、王冠の下よりひどく胡乱げな視線が投げかけられる。

 正直言って帰りたい。

 眼前で繰り広げられる、国家為政者及び国家に比肩する組織の要人たちの三つ巴など、一介の士官に過ぎなかった自分にどうしろというのか。

 ただ、流石に報告が終わって早々これでは話が進まないと踏んだガーラットが、あからさまな咳ばらいを拳にぶつければ、エルフリィナ女王は一瞬ハッとして居住まいを正した。


「失礼、話が逸れましたね。ガーラット、続きを」


「は。此度の作戦により、フォート・ペナダレンへ集結していた帝国軍はほぼ壊滅。これにより兵力差による帝国の優位は失われ、形勢は逆転したものと考えてよいでしょう」


「その考えは甘くないかガーラット。帝国軍は多方面に分散していたことで、正確な総兵力がわかっていないはず。それにミクスチャや失敗作に関しては完全な未知数だ。侵攻するとなると、防壁が破られている王都はがら空きとなる以上、ミクスチャを連れた小部隊に奇襲されるだけで陥落させられかねん。王都の復興を考えるならば、大打撃を与えたこの機会を逃さず、帝国へ賠償を求める形で戦争を終わらせるべきではないか?」


 地図上に置かれた駒の群れを取り払ったガーラットに対し、メキドロは落ち着いた声で待ったをかける。

 だが、彼は以前のように冷たく言い放つでもなく、あくまで自らの思う最善案を提案しているかのようであり、血の気の多い印象が強いカイゼル髭もまた、声を荒げたりすることもなく緩く首を振った。


「それこそ楽観論であるな。お主の言うとおりにすれば、確かに今ひと時はやり過ごせるやもしれん。だが、グラスヒルを取り返し、王都を完全に復興しようとも、帝国の脅威は消えぬどころか時間を置くほどに増大するであろう。それに対抗できる力は今の王国になく、今後手に入れられる目途すら経っておらんのだ。ここで息の根を止めねば、王国の未来に大きな問題を残すことになるぞ」


 今回の戦闘で帝国も大きく疲弊したはず、という条件は互いに変わらない。ただ、その行く先が現在を見ているか、未来を見ているかの違いだったのだろう。はた目からはとても馬が合うようには思えない2人ではあるが、祖国繁栄のためという部分は揺らがないことが見て取れる。

 とはいえ、侵攻派にせよ和平派にせよ、全員が同じ考えを共有できているはずもなく、メキドロが顎を撫でて黙り込んだことで、助け舟を出そうと思ったのか、彼の背後からこけた頬の貴族が前に出た。


「そ、それはそうかもしれませぬが……しかし、前々から申しております通り、仮に帝国を打ち滅ぼしたとて、あのような枯れた土地では見返りも小さく、戦をすればするほどに、我らは損をするのですぞ? それも同盟を組む以上、取り分は分配せねばならず、これでは臣民をいたずらに飢えさせてしまう恐れも――」


「ふん、ここで問題を先送りにすれば、ユライアは常に帝国の、ミクスチャの脅威に怯え続けねばならなくなるのだ。戦の最中王宮で震えていただけの貴様には、到底わかるまいがな」


 そんな貴族の言葉を、ガーラットの後ろに控えていた小さな口ひげを生やす小太りの男性、マーシャル・ホンフレイ子爵は鼻で笑う。

 化け物を引き連れた帝国軍に対し、将として最前線で戦い続けてきた彼にとって、現状での和平などとても考えられなかったに違いない。

 そもそも、和平を結ぶだけで問題のない相手ならば、自分のことなど気にせず国同士で勝手にやってくれればいい話である。結果、どちらかの国が滅びようが、和平を結んで近所づきあいをしていこうが、こちらの生活に影響を及ぼさない限り問題とはなりえないのだから。


「震えていたとは聞き捨てならんぞホンフレイ! 貴様こそ、国境の防衛に失敗した上にオブシディアン・ナイトまで失い、挙句は大吊り橋を落とさねば帝国の侵攻を防げなかった無能の分際で、国家と民の行く末すら憂うことができぬのか!?」


「綺麗ごとなど誰にでも言える。何より、国の疲弊と民の生活を問題に上げるのならば、まずは戦の先頭に立つ我ら貴族が、自らが貯めこんでいる私財を放出し、己が領地の税を減免することで生活を安んずるべきであろう!」


 貴族が面子の生物だというのは、マオリィネなどから何度も聞かされた話であり、ホンフレイからの鋭い指摘に和平派貴族が反論するのは当然のことと言える。

 しかし、感情論が真っ先に飛び出してきた辺り、賠償云々で経済を立て直す以外には、ろくな考えもなかったのだろう。もともと細い目を更に絞ったホンフレイの、一層切れ味を増した言葉には、ダマルが、カッ、と小さく笑い声をあげた。


「その辺にしとけよ、アンタの負けだぜ。そもそも、この結果はそっちが求めたもんのはずだが、今更覚えてねぇなんて言わねぇよな?」


 兜の隙間から漏れる声は低く、暗いスリットを向けられた貴族は、うっ、と言葉を詰まらせる。

 数日前、彼らは王宮で行われた御前会議の際、ユライアシティの戦いにおいて到着が遅れた自分たちに対し、同盟協定の内容を持ち出して、では王国軍に被害を出さないように帝国の大軍を撃退してくださいますか、などと現代常識では考えられない無理難題を宣っていた。

 自分たちはただそれを忠実に遂行したに過ぎないが、まさか本当に実現するとは思わなかったのだろう。サーモバリック爆弾の威力を見ていれば想像できそうなものだが、ホンフレイが言うとおり、王宮に籠っていたとすればこの内容も頷ける。

 女王陛下の手前、吐いた唾を飲むことすらできず、和平派は視線を逸らして黙り込むか、どこか憎々しげにこちらを睨むことしかできていない。そのうえ、代表者であるメキドロが深く頷いていることから、この時点でほぼ趨勢はほぼ決していたのだろう。

 それに僕は追い打ちをかける形で現実を突きつけることにした。


「チェサピーク卿やホンフレイ卿の仰る通り、ここで和平を結んだところで帝国の脅威は消えないということをご理解いただきたい。それに、自分たちは貴方がたの言われたとおりに結果を出しました。これでもなお、協定に従わず侵攻は行わないと仰られるのなら、この同盟には何の意味もありませんので、どうぞ席をお立ちください。我々は別の方向で、現帝国領を占領統治できる組織と手を結びにまいります」


 自分が同盟関係者に望むもの。それはあくまで、戦後の統治と地域の安定化が中心である。

 ミクスチャとその製造技術を闇に葬るというのが最大目標ではあるが、この戦争がどうなろうとも未来は続いていくのだから、戦後の不安定を放置するというのはできるだけ避けたかった。

 だが、王国に同盟を持ち掛けた理由はあくまで、帝国という敵に対して利害関係が一致したことと、エリネラたち一行を安全な場所へ保護することが中心であり、ここで帝国との和平を結ぶというなら、こちらが同盟関係にこだわる必要は特にない。

 それを改めて告げれば、周囲からは更なる追撃の声が次々に上がった。


「ハッハッハァ! そいつぁいい話を聞かせてもらった! アマミ、この場にいるコレクタユニオンが全面的に支援することは約束しよう。占領統治を任せてもらえるってんなら、腰の重い本部にも伝える価値はありそうだ」


「当然のことながら、スノウライト・テクニカも最後までお手伝いさせていただきますわ。返しきれぬご恩も、身内のこともございますから」


「ん。キョウイチが呼びかければ、司書の谷も力を貸してくれるはず。広い帝国領でも、分担すれば統治することは可能だと思う」


 コレクタユニオンは各地に根を下ろす組織であり、本部とやらが動けばその規模は計り知れないが、グランマの裁量権で動かせる部隊には限度があるのだろう。

 そしてスノウライト・テクニカと司書の谷は、国家に比肩する力を持つとはいえ、王国と比べてその規模は小さいため、とてもではないが単体で帝国領全体を掌握することなど不可能だ。

 だが、シューニャの言う通り、占領地域を分割することは可能であり、この時点で王国が持つ国家特有の大兵力による優位性は失われていたといっていい。

 そのことに理解が及んだのだろう。報告以来沈黙を貫いていたエデュアルトは、やれやれと言わんばかりの苦笑を浮かべながら小さく肩をすくめていた。


「陛下、ご判断を」


 ユライア王国の未来を決められるのは女王陛下ただ1人。それを促すメキドロの声に、首脳陣と言うべき面々は表情を固める。


「……私はこのユライアを、忘恩食言の国と呼ばせるわけにはゆきません。これより我らはカサドール帝国を平定します」


 凛と響く美しい声で勅命は確かに告げられ、王国臣下の面々は恭しく腰を折る。

 その様子に、フェアリーは何を考えているのかわからない笑みを浮かべ、グランマはどこか馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「それで女王陛下? あたしらは正式な同盟関係となった訳だが、今後の展望って奴を教えてもらえるかい」

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