第238話 祭典の華

 アシュアルマが上がった後も祭りは続く。

 舞台に座る自分達以外の人々が退いた広場は、祭りの主会場であるらしく、そこで様々な出し物が催される。それは司書の民族的な物が大半で、エキゾチックな踊りや音楽は中々に面白かった。

 ただ、少々きわど過ぎる衣装の踊り子が登場した時は、女性陣からの視線が突き刺さったが。

 それをシューニャはため息ながらに説明してくれる。


「司書の谷は、文化面で交易国の影響を受けているから、ああいうのも少なくない」


「な、なるほどね」


 ユライア王国に対し、リンデン交易国は大胆な恰好をする者が多い。以前にもそんな話は聞いた気がする。それは気候の違いから生まれた文化の差である可能性が高く、となると司書の谷が交易国の影響を受けるのは当然だった。

 つまりシューニャはやはり変わり者という扱いを受けていたらしく、この全身を覆うような恰好は珍しい正装なのだろう。僕としては、彼女らしくていいような気もするが。


「お、演武ですよ!」


 ファティマが興奮して身を乗り出した先。大きく曲がった刀剣を持つ男女が向き合い、鎖帷子を鳴らして刃をぶつけ合う。

 演武とはいうものの、その動きは戦闘そのものである。演技と言える部分は、石やら土やらをぶつけたり、力量差を見て逃げ出そうとしたりしないことくらいだろう。

 そしてスポーツの根源である戦いを見るのは、いつの時代も興奮するらしい。演武試合の決着がつく度に大きな歓声が沸き上がり、祭りのボルテージは最高潮に上がっていく。

 だからこそ、そこに見知った顔が現れた時、僕もおおと声を上げたのである。


「スクールズさんと――あれ? サーラさんかい?」


「っ――あ、姉ぇ……」


 シューニャにもこれは予想外だったのか、驚いたように目を見開くと、続いて渋い声と共に額を押さえた。


「えっ、シューニャのおねーさんなんですか?」


「嘘でしょ!? 全然似てな――いこともないわね」


 額を抑える指の隙間から、何処を見て似ていないと言ったのか、というエメラルド色の視線を向けられて、マオリィネは咄嗟に言葉を濁す。

 ただ、シューニャが肉親であることを否定しなかったため、スクールズという顔見知りが相手なのも含めて身内一同が色めき立った。


「意外ッスね。シューニャの肉親が短剣使いなんて」


「ボクもそう思いました。シューニャは剣へったくそなのに」


「……誰にでも得手不得手はある」


「あっ、はじまるよ!」


 キメラリア達の失礼な物言いに、シューニャは大きくため息をつく。

 しかし、事実として本人も認めているからかそれ以上の反論はできず、しかもポラリスの声で、彼女の運動下手に関する話題は断ち切られた。


「参るッ!」


 長い曲剣を手に飛び出すスクールズ。そこにいつもの面白オジサン的雰囲気はなく、腕の立つ戦士としての圧が舞台にまでビリビリと伝わってくる。

 それに対するサンスカーラは軽くその場で飛び跳ねると、2本のダガーナイフで重い一撃を受け流す。薄衣だけで鎧もしていない女性が見せた予想外の技量に、僕はついつい、おお、と声を上げてしまった。


「サーラさんやるなぁ」


「……姉は踊り子だけれど、1対1の戦技ならスクールズと並ぶくらい強い」


「自分の知ってる踊り子じゃないッス」


 アポロニアが苦笑するのも当然で、傍目に見ても熟練した動きのスクールズに対して、サンスカーラは悠々と攻撃を躱しながら蹴りを叩き込む。それも靴に何か仕込みでもあるのか、銀の鎖帷子は一部が裂けていた。


「ぐ……全く、相変わらずとんでもないなサーラ」


「スクールズおじさんは腕が鈍ったんでなくて? それとも歳だったりするぅ?」


「言ってくれおるわッ!」


 猛然と迫るスクールズの曲剣。流石に現役の警備隊長と言うべきか、一層加速した斬撃にサンスカーラも悠然とは躱せなくなってくる。

 それでも彼女の口には笑みが浮かび、その目には何か狂気とでも言うべき光が宿っていた。


「負けられないのよぅ……妹が見てるんだからね!」


 ガァンと飛び散った火花に、僕は目を見張った。

 最後の一瞬を自分が捉えられたのは、外から眺めていたからに違いない。振り抜かれた短い刃は、スクールズの手に握られていたはずの曲剣を、地面へと転がしたのである。


「短剣で相手の武器を弾き飛ばすなんて……鎧を着てくれるなら、騎士にスカウトしたいくらいよ」


「おねーさんの戦い方だと、鎧なんてつけたら邪魔でしかないとおもいますけどね」


 見事としか言いようのない戦いだった。これには剣技に優れるマオリィネも称賛を送り、ファティマも面白そうだと尻尾を振る。

 ただ、参ったと項垂れるスクールズを差し置いて、サンスカーラは勝ちを誇ろうとはせず、ゆっくりと舞台に歩み寄ってくると、そこで小さく頭を下げた。


「導師アマミ。1つ願いを聞き入れていただけませんこと?」


「サンスカーラ・フォン・ロール! 無礼であるぞ、下がれぃ!」


 これにはニクラウスが咄嗟に咆える。

 確かに壇上の人間に対し、許可も得ないまま話しかけるなど、無礼な行いと見られても不思議ではないだろう。だが、シューニャの肉親であることも含め、僕はニクラウスを手で制した。


「いえ、せっかくいい試合を見せていただきましたし、せっかくなら仰ってください。なんです?」


「お優しいことね……」


 小さくそんな呟きが聞こえた気がしたが、彼女の目に宿るのは純粋な敵意だ。

 その理由など、聞くまでもない。


「英雄アマミの噂は司書の谷にも轟いております。是非、ここでその武威を見せていただきたいのですわ――妹を賭けて、ねぇ?」


「成程」


 わかりやすい話である。いや、こちらに彼女が歩み出した時、何となく想像はできていたが。

 それほどまでにサンスカーラはシューニャのことを溺愛している。だが、自分が導師などという厄介な立場に立ってしまった以上、物申せる場所はここしかないと踏んだのだろう。


「姉さん、これだと話が違――キョウイチ?」


 シューニャは咄嗟に姉を制止しようとしたようだが、それより先に僕は立派すぎる椅子から立ち上がる。

 相手は彼女の肉親なのだ。今までとこれからの関係を認めて貰えるなら、またとない機会であり、何かを出し惜しむつもりはない。


「わかりました。その申し出、受けましょう」


 礼装の帽子を椅子に置き、僕は後ろに置いていた自動小銃を手に取って、舞台を飛び降りる。無論、安全装置はかけたままで。

 ただ、サンスカーラにとってはこれが意外だったのか、キョトンとされてしまったが。


「もっと渋ると思ったけれど、武勇は本物というわけぇ?」


「それを確かめたいのでしょう、お義姉さん?」


 わざと挑発的な言葉を発しながら、自分が広場の中央へ歩みでると、彼女は奥歯をギリッと鳴らし、目に見えるのではないかというほど凄まじい殺気を吹き上がらせる。

 シューニャもいい姉を持ったものだと思う。いくら姉妹でも、ここまで大切に想ってくれる者は珍しい。だからこそ僕は、何としても彼女の理解だけは得ておきたかったのだ。


「殺さないように気を付けるけど、腕脚の1本は覚悟しなさいよぅ!」


「上等だ」


 彼女が硬い地面を蹴って駆け出すと、周囲から歓声が沸き上がる。民衆もきっと、自分を見極めるいい機会だと思っているに違いない。

 短剣は厄介な武器である。リーチは短くとも振りが早く、使用者にとっては投擲に突きにと使い勝手がいい割に、敵対者には対応が難しい。特に銃撃主体の小銃を武器とする自分にとってはなおの事。


「いィゃあああああああッ!!」


「ッ――思った以上に早いな」


 猿叫と共に身体ごと振り回されるダガーナイフを、僕は銃身とバヨネットで捌く。

 スクールズの戦いを見ていた分で、動きは多少理解していたつもりだったが、いざ対応してみれば予想以上によく動く。

 それもさっきのような受け身の戦いをしない彼女は、ストックで腕を叩いて距離を取っても、なお追いすがって刃を振ってくるため、銃剣のリーチを生かすことは不可能だった。


「守ってばっかりで、私に勝てると思ってないでしょうねぇぇぇぇえええ!」


 目を狙って放たれた突きに躊躇いはない。もみあげを掠めたそれは、確実にこちらを殺そうとしていた。

 だが、密着するような距離は自分の間合いでもある。


「ちぇぇいっ!」


 咄嗟に自動小銃から手を離し、逆手に迫るダガーナイフを止めた僕は、首を越えた腕を掴まえて足を蹴り払う。そのまま身体を捻れば、サンスカーラの軽い身体は宙を舞った。


「な、んのぉっ!」


 それでも凄まじい執念は止められなかったらしい。彼女は踊り子というだけあってファティマも驚くような柔軟さを発揮し、投げ飛ばされる瞬間身体を捻ることで自分の拘束から逃れると、器用に足から着地して見せる。

 僕はまったく見事なものだと感心する一方、開いた間合いを利用して、銃剣による刺突を中心とした攻勢へ出た。


「ぐっ、この――遠くからチマチマチマチマァ!」


 リーチに勝る銃剣の突きを、サンスカーラは2本のダガーナイフで弾いて防ぐ。ただ、さっきの投げ技から懐に飛び込むことに躊躇いを覚えたのか、反撃が難しくなって明らかにフラストレーションを溜めていった。

 その上で武器を手放さないまま、間合いを詰めずに攻撃を仕掛けられる手段は1つ。


「てぃやぁぁあああッ!」


 僕が少し攻撃の手を緩めた時、彼女はスクールズの長剣にしたように銃剣をダガーナイフで弾き飛ばして見せると、その勢いに任せて素早い蹴りを放った。

 長い脚の一撃は確実に頭部を狙ってくる。それも鎖帷子を傷つけるほどの威力である以上、直撃すれば脳震盪に倒れる未来しかなかっただろう。

 だからこそ、僕はこれが彼女の必殺だと睨んで、わざと自動小銃を捨てており、予想通りに流れてくるハイキックを顔の横で受け止められたのである。


「うそ!? 私の蹴りを止めるなんて――あきゃぃっ!?」


 武器を失わせられた油断があったのか。上がった足を掴まえられたサンスカーラは、驚愕から一瞬硬直を見せる。ただ、それだけの時間があれば、僕の手が暗器の刃が顔を覗かせる靴を握りこみ、足首を捻りながら地面へ叩きつけるには十分だった。

 それこそ関節が存在しない程、柔軟な身体を持つ相手だったなら不味かったが、流石にサンスカーラはそこまで人間離れしていなかったらしい。地面に打ち付けられた衝撃で手からダガーナイフが飛び、僕はそんな彼女の眉間に拳を突きつけた。


「そこまで!」


 ニクラウスの宣言を聞いてから、僕は首から自動小銃を担ぎなおす。すると間もなく、割れんばかりの喝采が周囲から沸き起こった。その中で特に目立つ格好のスクールズは、どこから持ち出したのかラッパのような楽器をプープー吹き鳴らしている。


「少々無茶をしましたが、立てますか?」


「――ほ、放っといてよぉ……惨めに土を舐めた女のことなんてさぁ」


 うぐぅと、妙な声を漏らす彼女を無理矢理に立たせれば、間もなく勝手に賭け金扱いされたシューニャも広場へ歩み出してくる。

 流石のサンスカーラも、この場面で彼女を抱きしめられるほど鋼のメンタルは持っていないのか、しゅんと小さくなっていた。


「ごめんねぇシューニャ……お姉ちゃん守ってあげられなかった」


 ふざけた様子など微塵もなく、心の底から彼女は悔いるよう目元に影を落とす。

 けれど、それをシューニャは叱ることもなく、ただゆるゆると首を横に振った。


「お姉ちゃんに守ってほしいと言ったのは、随分小さい頃。私はもう、大丈夫」


「――そっかぁ」


 ぐずぐずと鼻を鳴らし、顔をぐしゃぐしゃにしながら、サンスカーラはシューニャの頭を撫でる。年の離れた妹の独り立ちを、彼女はようやく受け入れられたのだろう。

 少しだけ、僕も鼻の奥がツンと痛くなった。


「でも゛や゛っ゛ぱり゛嫌よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!! お姉ちゃんシューニャと離れたくないいいいいいい!」


「――んむぎゅ!?」


 前言撤回、受け入れられてはいないらしい。

 滂沱の涙に足すこと鼻水と涎。今までのいい雰囲気を完全にぶち壊す勢いで、サンスカーラはローブ姿のシューニャを抱きすくめ、子どものように喚いていた。


「あの……シューニャ窒息しますよ?」


「やだぁぁぁぁぁぁぁぁ! シューニャは私のだもん! 導師様にだってあげないんだか――あぐぅっ?!」


 群衆を前にして子どものように叫ぶサンスカーラの頭に、握りこぶしが落とされ、ガチンと派手な音が響き渡る。


「いい加減にしないか……協力してやるという約束をどこへ捨てたんだお前は」


 いつの間に現れたのか、父親ティムケン・フォン・ロールはこれ以上ないくらいの呆れ顔を滲ませながら、大きなため息をついていた。一方、谷の人々はこんな光景を見慣れているのか、笑い声が上がるくらいで苦情も出てこない。ついでに僕も、約束? と首を傾げるしかできなかった。

 ただ、祭りの責任者でもあるニクラウスだけは、軽く笑っても居られなかったのだろう。こちらも静かに横へ並んでいたシューニャの母、アドーサに対し、眉間を揉みながら恐ろしく低い声を吐き出していた。


「……アドーサよ。どういう躾をすれば、こんな姉妹が出来上がるんだ? 大事な祭り会場にとんでもない輩を召喚しおってからに」


「私たちは別に特別なことはしていませんわ。あの子たちにはのびのびと育ってほしいと思っただけですもの」


「お前がそんなだから……っ! ええい、もうよいわ。導師様も怪我をしておらんようだからな……はぁ」


 柔らかく微笑むアドーサを前にして、ニクラウスも毒気を抜かれたらしい。浮かべていた青筋を引っ込めると、もうどうとでもなれと両手を広げてしまった。

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