第194話 ありのまま、骨のまま
今まで現代人の手が入らなかったであろう遺跡の奥は、とにかく雑然としていた。
酷い戦闘後が多く残され、あちこちに破壊されたマキナや人骨が転がっている。それはスノウライト研究所と異なり、ここが正しく軍施設だったことを意味していた。
『随分善戦したらしいね。あの甲鉄以外の反応がない』
「ほぼ相打ちだったってか? そりゃ俺たちにとっちゃ都合がいい話だが……これじゃあな」
ダマルの困ったような呟きに、僕も瓦礫を漁りながら同意する。
相変わらず新旧の地図を重ね合わせられない以上、この場所が企業連合国内でどれほど前線から離れていたのかはわからない。
ただし、この場所が国防において重要でなかったのだけは確かだった。
『甲鉄と
「戦争博物館だったって訳じゃねぇなら、スクラップ置き場って感じだぜ。表に山ほど置いてあった車両が大半ぶっ壊れてたのも、実は潰れた奴運び込んでたんじゃねぇか?」
『それは流石にないだろうが……まぁ、明らかに後方予備部隊の寄せ集め、って感じかな』
それこそ甲鉄は砲兵隊がそこそこの数を運用していたこともあり、他の第一世代型マキナと比べれば戦場で見かける機会は多い方だっただろう。
しかし素銅に関しては、基礎性能の低さと運用のしにくさから、僕が戦場に出始めた頃には既に黒鋼への更新がほぼ完了しており、基地で予備機や作業用として放置されているものがほとんどだった。
「普通に考えりゃそんなとこだろうよ。この基地に配置されなくてよかったぜ、いやマジで」
『パイロットの間じゃナマケモノなんて呼ばれてたけど、整備の方でも嫌われてたのかい?』
「あぁ、設計者を軽く絞め殺したくなるくらいにはな。構造が無駄に複雑なせいで工数が多いわ、伝達系の調整がシビアだわ、エーテル機関出力安定しねぇわで、とにかく手間なんだよコイツ」
カカカとダマルは小さく笑いながら、壁にもたれかかった状態で撃破された素銅を軽く叩く。
動作を止めてから幾星霜。錆が浮かんだ装甲は空しくコォンという音を響かせた。
『こんなのでも動けば、今じゃ無敵の兵隊なんだもん――ねぇッ!』
全く時の流れというのは恐ろしい物だと呟きながら、僕は変形して動かなくなった扉を蹴り飛ばす。
翡翠のパワーに耐えきれず扉はくの字に曲がって吹き飛ばされ、周囲では埃が派手に舞い上がった。
『おっ、当たりかな。マキナの格納庫だ』
「ゲェホゲホ! お前はもうちょっとスマートに物事をこなす努力をだな――」
肺などどこにもないはずなのに、骸骨は派手にむせ返りながら苦情をぶつけてくる。しかし枠だけになった扉の奥を覗き込めば、自然と黙り込んだ。
「流石に備蓄と設備は一人前ってか。悪くねぇぜ」
積み上げられた大量のコンテナは、雪のように埃を被っていたが弾薬のそれであり、中には突撃銃などの武装も残されていた。
また、多数の甲鉄を抱えていたからか連装式重榴弾砲が特に多く、使えさえすれば課題となっていた戦力の向上には申し分ないだろう。
しかし、僕は重すぎる榴弾砲は得意でなく、そもそも連装砲は翡翠に搭載できないため、自分が愛用していた武器を探して周囲を見回していた。
『マキナ用機関銃ってないかな。あれ気に入ってたんだが』
「お前あんなもん振り回してたのか……ありゃ支援用火器だぜ?」
嘘だろうと骸骨が顎を落とす。
実際、マキナ1小隊につき1機が支援用として担当する武装だったことは間違いない。とはいえ、僕はその運用に対し常々疑問を抱いていた。
『皆そう言うんだが、あんなに使いやすい装備はないよ。ちょっと重いだけで狙撃にも使えるくらい精度は高いし、突撃銃より断然火力も高いからマキナだって簡単に破壊できる』
「寝言は寝て言いやがれ、んなことできんのはお前ぐらいだろうが」
『いやいや、誰にでも練習すればできるさ』
「できねぇっつーの! なんであの
呆れたように叫ぶダマルに、僕は必死でそんなことはないと説明する。
自分だって何も最初からきちんと扱えたわけではないが、銃の特性さえきちんと理解すれば、誰だってできるようにはなるだろう。
過去にはこの方針を意見書に纏めて笹倉大佐に提出したこともある。それくらいに自信を持って絶対と言えるのだ。
ただ、その意見書がどのように処理されたのか、僕は知らされなかったが。
「はぁ……ったく、そんなだからエース様なんだろうがな。見つけたら何とか使えるようにはしてやるよ」
とんでもねぇと言いながら、骸骨は近くのコンテナを漁り始める。
僕としてはエースなどという言葉で理由を纏められるのは納得いかなかったが、前線兵ではないダマルに理解を得る方が無理なのだと考え、反論を取り下げた。
骸骨は入口周辺から捜索に取り掛かったため、僕は1人格納庫を奥へと進んでいく。
ここでも戦闘は起こったらしく、ジャンプスーツを着た白骨死体や破壊されたマキナがあちこちに転がっている。
だが、そんな中で珍しい物が目に入った。
『おっ? ダマル、これ使えそうじゃないか?』
「あんだよ。今度はどんなトンデモ武装を見つけやがった?」
カラカラと骨を鳴らしながら、ダマルは面倒くさそうにこちらに歩み寄ってくる。
とはいえ、これは今まで見つけたマキナ用武装とは訳が違う。そもそも武装という表現が間違っているのだから。
『黒鋼だよ。古いB-1型だが、破損してるようには見えないし、整備すれば使えるんじゃないかい?』
「……マジか、マジだよオイ」
それは整備ステーションの上に居ながら配線も繋がれず、システムをシャットダウンしただけの状態で立ち尽くしていた。
物理的にスタンドアロンだったことから暴走しなかったのだろう。その上パイロットが乗らなかったからか、暴走した機体にも相手にされず、運よく流れ弾にも当たらなかったに違いない。
装甲に傷すら見当たらない完璧な状態の黒鋼に、ダマルは呆然と顎を落としたが、けれどすぐにハッとして頭骨を横に振った。
「いや、だがどうしろってんだよ。お前の予備機にでもすんのか?」
『君が乗ればいいじゃないか。ライセンスは無くても、乗れないことはないだろう?』
マキナが1機増えれば、戦力は何倍にも膨れ上がる。たとえそれが操縦に不慣れな整備兵であったとしても、有人機であるならば現代では無敵と言ってもいい。
それは自分よりも余程鋭いダマルには、当然の如く理解できたはずである。
だというのに、骸骨は小さく肩を落としてため息を付いた。
「何かと忘れっぽい癖に、ライセンスのことなんざよく覚えてたな」
『あんな状況で言われたんだ。忘れろって方が無理だよ』
「ちげぇねぇ……まぁ、今更言い出しにくいがいい機会か。背中預けてる相棒に嘘をついたままってのも、いい加減申し訳ねぇしな」
そんなことを呟きながら、ダマルは手近なコンテナに腰を下ろすと、煙草に火をつける。何の皮肉か、骸骨がもたれかかった壁には、擦り切れている禁煙のマークが描かれていたが。
『嘘、っていうと……?』
「俺がマキナに乗らない理由。いや、正確には乗れないんだが」
眼孔に耳孔、鼻孔に歯の隙間、頭蓋骨のあらゆる穴から紫煙がもやもやと立ち上っていく。
傍目には悪趣味な香炉にさえ見える光景だが、しかしダマルはどこか遠くを見るように間をおいてから、何か決意したように大きく煙を吐いた。
「着装恐怖症って、お前なら名前は聞いたことがあるだろ」
『……あぁ、前線ではよく聞いたね』
マキナを着装した状態で戦闘を経験した人間ならば、誰しも発症する可能性がある
これはマキナが完全に着込んで利用する鎧であることの弱点であり、被弾などで動力を完全に喪失した場合、全く身動きが取れなくなる可能性に起因している。
「俺は昔、1回だけマキナで戦ったことがある。それもちょうどコイツと同じ、黒鋼のB-1だったな」
珍しくダマルはガントレットを小さく震わせながら、とても緊張したような声で自らの経験を語りだした。
「まだ整備中隊に配属されてから半年も経ってねぇ頃、俺の所属基地は爆撃を伴う奇襲攻撃に晒されたんだ。そん時、俺ぁちょうど最終調整のためにB-1を着装してたんだが、まさかパイロットが来るより早くヴァミリオンが現れるなんて思わなくてよ」
『それで緊急戦闘、かい?』
「そんないいもんじゃなかったさ。シュミレーターで齧った程度の操縦で、しかも突撃銃すら装備してねぇんだぜ? なんもできねぇ内にハチの巣にされて
僕は骸骨の言葉に息を呑んだ。幸運にも自分は陥ったことのない状況だが、その恐怖はよく理解できる。
どのマキナにも必ず緊急脱出装置は搭載されていた。しかしこれが意外と信用ならない物であり、倒れ込んだ状況やフレームが変形しているなどの条件によって、マキナを脱装できない事例が多発したのだ。
それも全動力喪失状態となれば、密閉式ヘッドユニットを持つマキナは一切の視野を失うことになる。それはつまり身動きの取れない暗闇の中で、戦場の音を聞き続けるという地獄を意味していた。
「いっそ殺してくれって、何べんも叫んだぜ。だってのに結局弾丸は1発も飛んでこなくてよ。結局俺はその襲撃を生き延びちまって、しばらくは後方の病院に療養だっつって放り込まれてた」
『そう、だろうね』
心の傷は簡単に癒えるものではない。それは自分も痛いほどよくわかっていることだ。
だからこそ、普段はおちゃらけた骸骨が寒さ以外で身体を震わせる様子に、僕はかける言葉を失ってしまったのだろう。
「生命保管システムで翡翠1機しか直せねぇってわかった時、俺ぁ心底ホッとしたぜ。それもシステムの中に残ってる野郎はエースパイロット、だったら全部そいつに投げちまえばいい。自分を整備兵だって売り込めば、少なくともいきなり後ろから撃たれるこたぁねぇだろうってな」
カカカとダマルは自嘲的に笑う。相変わらずその表情は髑髏なだけでわからないが、感情は声だけでよく理解できた。
ただ、今燻っているであろう骸骨の不安は、全く持って的外れだったが。
『今更だな。それに、整備兵なしで機甲歩兵は戦えない。そんなことは僕でもよく知ってるよ』
「――あぁそうか、お前って奴ぁ底抜けのお人好しだったな。悪ぃ、今のはただの八つ当たりだ。忘れてくれ」
『もう少し素直に受け取ってくれ。持ちつ持たれつだろう?』
「あーあー、わーってる! わーってるからいちいち言葉にすんじゃねぇよ気持ちわりぃ!」
ダマルは身体をガントレットで掻きながら立ち上がると、短くなった煙草を床で踏み消し、隣に佇む黒鋼へと視線を向けた。
「ったく色男がよぉ……そんでぇ、こいつはどうすんだ相棒? 俺が乗るってのは勘弁だぜ」
『わかっているよ。とりあえず動くか確かめてみてくれ。最悪は予備機として使えるだろうし』
「賢明な判断だぜ大尉殿。そんじゃこっちはやっとくから、お前は使えそうな武器やら弾薬を集めといてくれ」
『了解』
そこからは二手に分かれての作業である。
コンテナの総数からしてもそうだが、一般的な装備だった突撃銃や携帯式榴弾砲の弾薬は潤沢であり、少数ながら
その上、開きっぱなしになっていたガンラックを漁ったところ、なんと件のマキナ用機関銃が見つかり、僕は慣れた握り心地にヘッドユニットの中でほくそ笑んだ。
「おーい、ちょっと手伝ってくれ」
そんな時、タイミングよく整備ステーションの方から声がかかり、僕は機関銃を携えて踵を返した。
「わりぃな、その配線を――ってなんだ、機関銃見つけたのか」
『ああ、これで今後は楽に戦えるよ』
「何と戦うつもりなんだよ、何と。悪ぃがそっちの電源系支えてくれ、どうにも接触が悪くてな」
『はいはい、これでいいかな』
ダマルの言葉に、それもそうだ、なんて苦笑しながら太く重いケーブルを握る。
それこそテクニカの地下で相対したシンクマキナのような敵、あるいは複数のマキナと同時戦闘にでもならない限り、この火力は過剰であろう。
ミクスチャも確かに脅威であるが、マキナのような飛び道具を持たない以上、これだけの弾薬や武装が揃っていればそこまで恐れる必要もない。
とはいえ現代の脅威は多く、仲間を守るための力はどれだけあっても困らないため、僕にとってこの補給は安心を手に入れたと言える。
ただし、人間は欲をかくと大体痛い目を見ることを忘れてはならない。
「おっ、電源来たな。エーテル機関を外部から――あん? なんだこりゃ」
『どうかしたかい?』
「いや、なんつーか……俺まだなんもしてねぇのに、勝手に起動プロセスがはじまってるっていうか……だな」
甲高いエーテル機関の音が徐々に加速し、黒鋼のアイユニットに赤い光が宿る。
それは誰が操縦するでもなく1歩ステーションから踏み出したかと思うと、接続された配線系を引きちぎりながら、伸びをするように身体をギリギリと唸らせた。
『あー……それってつまり?』
「――駄目な奴だわコレ」
僕が慌てて横向きに身体を転がすと、今まで翡翠が居た地点に向かって黒鋼の腕が振り抜かれる。無論その腕にはハーモニックブレードが装備されており、ぶつかったステーションの壁面に火花が走った。
『天才整備士なら起動処理中に対処してみせてくれよ!?』
「アホ言うな! お前こそ、元カノにワクチンプログラムとか貰ってねぇのかよ!?」
『あったらとっくに出してる!』
暴れ出す黒鋼を前に、僕はふざけたことを叫びながら地面を蹴って距離を取る。
手には機関銃。システムを信じるならば弾丸も装填済み。
ちょうど整備ステーションを背にする形で黒鋼は武器を構えており、その後ろには退避するダマルの姿がハッキリ見え、まもなく無線機越しに叫びが木霊した。
『――おぉし、やっちまえ相棒!』
『沈めッ!』
ガキン、と撃鉄は鳴ったように思う。
ただし弾丸は1発たりとも吐き出されず、銃口から硝煙が上がることもなかった。
僕が微かに頬を引き攣らせると、ヘッドユニット上に機関銃動作不良とポップアップが浮き上がってくる。
『……整備兵なしで機甲歩兵は戦えない、んだよねぇ』
『ありがたみが分かるってもんだな。今じゃなけりゃ、だけど』
ハハハと乾いた笑いがレシーバーに木霊する。
そこから僕が黒鋼との取っ組み合いにもつれ込んだのは、言うまでもないだろう。
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