第174話 第二次天海恭一攻略作戦会議

 暖炉の前で恭一が眠りこけたのを確認し、一同は俺の部屋へ移動していた。

 わざと薄暗くした空間で、俺の白い顔は浮かび上がっていることだろう。


「えー、それではただいまより、第二回、どうすればスケコマシを惚れさせられるか会議を開催いたします」


「おー」


 パチパチと小さな拍手がファティマとポラリスから飛んでくる。

 逆にマオリィネとシューニャは呆れたようにため息をつき、アポロニアに至っては過去の惨状を思い返してか、顔を引き攣らせた。


「呼ばれて来てみれば、何の嫌がらせッスかこれ」


「オイオイ、様子見で硬直したままのお前らに対して、心優しい俺が作戦を授けてやろうってんだぜ? もっと感謝しやがれ」


「以前、ダマルの作戦は大きく失敗している。信頼度が低い」


「カァーッ! これだからシューニャは頭が固ぇっての! お前は1回の計算ミスで全部放り投げんのかよ? 違うだろ!?」


 俺がビシリと白い指骨を突きつけると、シューニャは言葉を詰まらせた。

 なんせ恋路は順調とは言い難く、その打開策に参謀格たる彼女が頭を悩ませていないはずがないのだ。


「いちいちネガティブに捉えてんじゃねぇ。前回が無けりゃ、アイツの傷にも気付ねぇまま家族ごっこを続けてたんだぞ?」


「それは……そう、だけれど」


 美しい翠色をした瞳が揺れる。

 普段ならばファティマをけしかけてこようとしそうな俺の発言に対し、小さな反論すら出てこないのだから、彼女の動揺は相当のものなのだろう。加えてファティマもアポロニアも、居づらそうに視線を背けて尻尾をユラユラと揺すっていた。

 対して、恭一から直接フラれていない新参は、そんな彼女らの様を見て眉を顰める。


「貴女たち、前にもこんなふざけたことしてたっていうの?」


 何のために、と言いたげな声を上げたのはマオリィネだ。

 しかし、やや上段から見下ろすようなその口ぶりに、馬鹿にされたと思ったのか、アポロニアが牙を覗かせ、ファティマが獲物を見る目を彼女に向けた。


「ふざけたとは何ッスか! こちとら真剣だったんスよ!」


「ほんと、ぽっと出は図々しいですね。何にもしてないのに」


「なっ!? 何もしてないってなによ! 私だって色々考えて――」


 貴族としてのプライドか、それとも元々堪忍袋の容量が少ないのか、たちまちマオリィネが感情の炎を噴き上げる。

 無論、キメラリア2人とてそれを真正面から迎撃する構えだ。


「喧嘩しちゃダメだよー?」


 だがそれはマオリィネの膝の上に腰かけていたポラリスの一声で、瞬く間に鎮火させられた。

 こういう場合、幼さというのは武器かも知れない。だがそれ以上に、この白い少女からは、どこか非常に賢明な部分が垣間見えることがある。

 おかげで俺はガキが嫌いだと公言しつつも、ポラリスのことはそれなりに目をかけていた。まさかこんな形で褒めることになろうとは思わなかったが。


「お前ら一応大人だろうが。こんなに諭されてんじゃねぇよ」


 俺のため息に対し、気まずそうにファティマは再び視線を逸らし、アポロニアは恥ずかしかったのか苦笑を浮かべながら後ろ頭を掻く。

 唯一、マオリィネだけはそれでもやや不服な様子だったが、真下から見上げてくるポラリスの視線に圧され、結局はごめんなさいと素直に謝罪した。

 全員が冷静に戻ったところで、脱線した話題も自然と戻ってくる。それはシューニャの一声によるものだった。


「話を聞かせて欲しい」


 僅かな期待が浮かぶ彼女の目と声色に、周囲から反対意見も出ない。

 それこそ、最初は最も嫌がっていたアポロニアが小さく肩を竦めたものの、俺の方を見るなり渋々頷いた。


「ま、駄目そうな話なら、サクッとバラすだけッスからね」


「その心配はねぇよ。前回は奇をてらいすぎた節があるから、今回は正統派な路線を取るつもりだしな」


 俺は白い骨の指を組み、輝きのない眼孔で全員を見据えた。

 トラブルシューティングは単純である。前回は見た目という、いわば取っ掛かりに全力を使いすぎたのだ。

 だが、予想外なことに恭一は大きなトラウマを抱えていた。その誤算により本来の効果を発揮できず、彼女らは苦渋を舐めさせられたと言っていい。

 しかし、現在はポラリスという特異存在の出現に、トラウマを僅かずつ回復させている節も見受けられることから、状況は前回と大きく異なっている。そして心が揺れ動く時ほど、またとない攻勢の機会はないであろう。

 加えて、俺には克服すべき攻撃側の弱点も見えていた。


「まず質問だ。お前らと恭一の間に足りてないものは何だと思う。アポロ、わかるか?」


「な、何ッスか急に?」


 突如指名されたアポロニアは僅かに慌てたが、いいから考えてみろ、と促すと耳を伏せて悩み始める。

 それから暫く後、何か思いついたようにピンと耳を起こすと、どこか照れたように口元を緩めた。


「あ、愛情、とかッスかね」


 アポロニアの思考が凄まじい糖度を誇っている事がハッキリした。

 とはいえ、愛情が不足していると思うならばそれは恋慕と呼んでいいのかがわからない。しかも恭一は間違いなく、女性陣に対して愛情を持って接していると言っていいだろう。

 それが恋愛に向いていないような気はするが。


「本気でそう思ってんのかお前は。満タンどころか溢れすぎてて、こちとら胸焼け気味だっつーの。次、マオリィネ!」


「そうね……積極性じゃない? 私もそうだけど、恥じらいが先に出てるっていうか――」


 貴族とは想像力が欠如している存在なのかもしれない。

 恥じらいというのは相手に意識させるうえで重要な要素だ。俺個人の見解としては、恋愛経験の薄い男相手には特効と言ってもいいほどの効果を発揮する。

 そして恭一はその枠の住人に他ならず、ついついため息が漏れた。


「酒造りのし過ぎで想像まで酔っぱらってんのか? そんなもんキメラリア2匹分で腹いっぱいに決まってんだろ。はい、ファティマ」


「ボクはおにーさんにいい子いい子してほしいです」


 大きな耳は飾りらしい。あるいは大きすぎるために、内側にクマゼミか何かが入り込んで、こちらの声を遮るくらいに騒いでいるのだろう。


「そりゃお前の欲望だろうが! 質問の趣旨からズレてんだよポンコツキャット。あーもういい、シューニャならわかるだろ」


「う、ん……女性らしさ、とか?」


 そりゃお前が気にしてることだろうが、とは流石に言えなかった。

 少なくとも恭一はスタイルに大した関心がないと思われる。巨乳であれ貧乳であれ、どちらかを贔屓するという思考が非常に薄いか、あるいは存在しないのだ。

 彼女がその方向で努力することにケチをつけるつもりはないが、少なくとも意中の人に対する効果は小さいと言わざるを得ない。

 つまり俺にできるのは、速やかに話題を断ち切る事だけだった。


「おーし、期待した俺が馬鹿だった。もうこの際だ、ポラリスも何か言っとけ」


「わたしなら、キョーイチと2人っきりになりたいなって、思うけど」


 半ば諦めかけていた矢先の発言である。

 ポラリスは決して俺の意図を汲んだ訳ではなく、それこそファティマと同じように欲望を口にしただけかもしれない。しかし、それは言わんとしていた内容と見事に合致していた。


「――今な、俺の中でちっこいのの評価が絶賛急上昇中だわ。無駄に年食っただけのお前らより、よっぽど状況が見えてるぞこいつ」


 まさか、と全員が眼を見開く。

 思いもよらなかったと言いたげな女性陣に、俺はがっくりと肩を落とした。


「俺たちは常に玉匣みたいな狭い空間か、あるいは他者の目がある中で過ごしてきたんだぞ。2人っきりになれる時間なんて極端に少なかっただろうが」


「い、言われてみれば確かにそうッスね……」


「ダマルさんが正論言うなんてビックリです。なんだかイライラしてきました」


 俺は性格上、どうにも道化と見られがちらしい。

 そんな人物が突如的確なアドバイスをしようと言うのだから、ファティマが苛立ちを尻尾の動きで表現するのも無理はない。

 それをシューニャはポンポンと彼女の膝を叩いて諫めた。


「ファティ、抑えて。ダマルの中にある状況に対する策を聞きたい」


「なぁに簡単だぜ。これからお前らに丸1日、あれと2人っきりになる時間を意図的に作りゃいい」


 無い物ならば生み出せばいいのだ。

 状況は家を持ったことでおあつらえ向きに変化しており、加えて俺自身も町に出入りする事に慣れてきた。それは恭一と誰かを欠いた状態で行動した場合において、危険度が大きく低下したと言い換えてもいい。

 だが、アポロニアは俺の回答に疑問の声を上げる。


「ご主人が簡単に乗ってくれるとは思えないッスけど……」


「その辺は任せろ。そっちの貴族がでけぇ約束取り付けてくれてるからな。俺から落ち着いて向き合うタイミングを作った、とでも言ってやればあの真面目君が断ってくるこたぁねぇだろ」


「妙に説得力がある」


 シューニャの中では納得ができたらしく、うんうん、としきりに頷いている。

 その様子に周囲も揺らぎ始めたのが見えて、俺はカタカタと顎を鳴らした。


「ルールは簡単だ。当日担当になった奴以外は、状況に応じて2人に近づかないよう距離を取る。その間に担当の奴は、自分で考えられる限りの方法でアイツを落とす。どうだ?」


 乗るかという俺の問いに、反対意見は出なかった。

 シューニャとマオリィネは口を開かないまま頷いて承諾を示し、今まで作戦決行に懐疑的だったアポロニアさえも、淡い希望を抱いたのか僅かに頬を紅潮させている。

 逆に最初から乗り気だったファティマとポラリスに関しては、楽しい遊びを見つけたとばかりに、満面の笑みを浮かべていた。

 誰もがやる気になったのを確認したところで、俺はよしと頷いて、ポケットから短い紐束を取り出した


「よし、順番はくじで決めるぞ。何番目になっても後腐れなし。ついでに誰かがアイツを落とせても文句なしだ。いいな?」


 先手の人間が強いのは恭一に対する衝撃の大きさであり、後手の人間が強いのは先達から対策を得られることにある。

 それぞれが掴んだくじは、彼女らにどういう景色を、どういう結末を与えるものか。俺は自らの想像に、小さく顎を鳴らしたのだった。



 ■



「英雄様、この度は当商会をご利用いただきまして、まことありがとうございました!」


 目の前で揉み手をしながら腰を折るのは、モコモコの服を着た行商人である。

 胸に金のバッジを輝かせる彼は、シューニャ曰くコレクタユニオンと商人ギルドの両方から信頼された存在だという。

 そのためか周囲にはキメラリアを含めて多くの護衛がついており、大型の獣車が5台体制という立派な輸送体制だった。


「急ぎだったので助かりました。すみません無理を申しまして」


 こちらが頭を下げたことに行商人は驚いたようだったが、しかし流石は営業職と言ったところだろう。それを顔に表すことはなく、始終胡散臭い笑みを顔に貼りつけたままで腰を折った。


「なんのなんのこの程度。今後ともどうぞ御贔屓に」


 彼は常套句を呟くと、小柄な体躯でひらりと先頭のボスルスに跨り、来た道を引き返していく。

 木製の車輪が鳴く音は、重量が随分軽くなったこともあってか軽快で、あっという間に街道の先へ消えていった。


「さて……また随分買いこんだなぁ」


「まぁ、食料以外の必需品も買い込んだッスからね」


 見送った後に残された資材の山を見て、僕はふぅと息をつく。

 その中心は食料や燃料だったが、それ以外にも何やら雑多な道具が並んでいる。


「大型の調理器具に掃除道具はいいとして、斧とか鉈とか必要なのかい?」


「流石に薪なんかいちいち買ってられないッスよ。それから裁縫道具もちょっと増やしたッス」


 当り前だとアポロニアは頷く。

 どうにも今後の日常作業には、薪割りやら木こりも追加されるらしい。

 800年前では趣味的なものでしかなかった薪やら暖炉やらという話に僕が感嘆する後ろで、ファティマとマオリィネが届いた荷物を家の中へ運び込んでいく。


「ねぇ、これはなにかしら?」


 マオリィネの声に振り向いてみれば、1つだけ外れた場所に置かれた立派な木箱があった。

 サイズは抱えて持ち上げられる一般的な木箱程度だったが、どうにも今まで運ばれていた食料品の物とは明らかに見た目が違い、何やらしっかりした錠までついている。

 アポロニアもこれには見覚えがなかったらしく、はてと小首を傾げた。


「高価そうなんで、調味料とかッスかね?」


「そうかも。じゃあ、キッチンへ運んでおくわね」


 大きさ的にはその程度だろうと、マオリィネは納得したらしい。腰を曲げてそれに手をかける。

 ただ、デリック型と呼ばれる姿勢で持ち上げようとしたことが、彼女に悲劇をもたらした。


「ふぐぅっ!?」


 ゴキョポンと、非常に嫌な音が鳴り響く。

 発生源は腰か背骨か。たちまちマオリィネはその場に倒れ込むと、おおお、と乙女らしからぬ声をあげながら小刻みに震えていた。


「大丈夫かい?」


「こ、腰……腰がぁ……」


 彼女はよろよろとでも動けていることから、腰痛系の症状としては比較的軽いらしい。流石に若いだけのことはある。

 しかし、一気に持ち上げようとした時に腰へダメージが入ったとなれば、これは相当の重さであろう。


「中身はなんだい。とても調味料とかじゃなさそうだが――」


「あっ、それ」


 鍵を探して箱の周りを調べていれば、背中に声が投げかけられる。

 それに振り返ると、何やら少し焦った様子でポンチョを揺すって駆け寄ってくる人影が目に付いた。


「シューニャの注文品だったのか。マオリィネの腰骨がやられたんだが、一体何を?」


「……本」


「なるほど、それはそれは……」


 シューニャ最大の趣味は知識の収集である。

 先ほどの商人から箱と鍵とを個人的に受け取っていたらしく、中身を見せてもらえば、重そうな本が隙間なくぎっしり詰まっていた。


「どこかの貴族が放出した物らしい。ちょっとした宝探し」


 ふんす、と楽しそうにシューニャが拳を握る一方、マオリィネは先に言ってほしい、と唸りを上げていた。

 これもまた、家を手に入れたことによって起こった問題だったのだろう。

 食料事情が安定したことで、我が家は正しく機能し始める。その初日から労災が起ころうとは思いもよらなかったが。

 僕は後で湿布でも渡してやろうと思いつつ、マオリィネを背負って家の中へに戻ったのだった。

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