第149話 思い出スピネル

 音叉を叩いたような耳鳴りが、頭のなかで反響している。

 結論から言えば、無人機への対応はこちらの思い通りに進んだ。

 現れた黒鋼たちは無闇に接近しようとせず、一定の距離で盾を構えながらの射撃戦闘に始終し、予想より数が多かったクラッカーも、手持ちの火力を飽和させるには至っていない。

 おかげでそこそこ余裕をもって罠にかけることができており、作戦は大成功と言っていい。

 頭の中で反響し続ける、音叉のような耳鳴りがなければ、だが。


『クリア……なんだが、なんというかこう、もう少し加減するべきだったかな』


『その意見には大いに賛成だぜ、この爆弾魔。犬猫が伸びたぞ』


『あ……頭がグラグラしている』


 ゲート前に広がる惨状を覗き込んだ僕は、自ら仕掛けた罠の威力と、無線機から聞こえてくるダマルとシューニャの声に表情をひきつらせた。

 敵のマキナを確実に吹っ飛ばすため、プラスチック爆薬の量を多めに仕掛けたのは事実である。また、それに伴う起爆時の安全策として、土嚢を積んだだけの防御陣地から出口がカーブしているランプウェイまで後退し、壁に身を隠すよう指示も出した。

 ただ、無人兵器の群れと防御陣地を木端微塵にしただけでは飽きたらず、コンクリートの太い柱を鉄筋剥き出しに作り替え、あまつさえ鋭敏な耳をもつキメラリア2人を失神させるほどの爆発が計算の内かと問われると、最早返す言葉もない。


『すまないシューニャ。2人にも後で謝っとくよ』


『ったく……なんもかんも盛大にふっとばしちまいやがって。見ろよ、黒鋼のフレームがひん曲がってんぞ。今度からお前の爆薬量計算だけは絶対に信用しねぇ』


『め、面目ない』


 肺などどこにもないはずの骸骨から、大きなため息が響く。

 いくら機甲歩兵とはいえ特殊部隊所属の身であった以上、当然ながら爆発物の取り扱いについての訓練経験はある。だが、言い訳をさせてもらうと、実戦において爆発物を扱うのは専門とする隊員であり、仮に何らかの理由で別の人員が担当する必要があったとしても、中隊長を務める自分が爆破作業に関わる機会はほとんどなかったのだ。

 とはいえ原因は知識や経験の不足というより、確実にマキナを行動不能にする、という目的だけが先行し、調子に乗って拾い物の爆薬を積み上げたことなので、僕には辛辣な言葉も甘んじて受けるほかなかったのだが。 


『しばらく取扱説明書とりせつと睨めっこでもしてろ。シューニャ、前進だ』


『ん』


 カタカタとノイズが走る指示に従い、玉匣の履帯が破壊された無人兵器たちを踏みつぶして進みはじめ、僕も説明書なんてあっただろうか、等としょうもないことを考えながらその後に続いた。


『ちょ、ちょっと何よこれ……あれだけ居た敵が、全滅って』


『これがマキナを破壊できる威力……恐ろしい』


 運転席の近くに居るらしいマオリィネの声が、シューニャの無線機越しに聞こえてくる。

 王都の防壁に大穴を穿てると豪語した骸骨騎士の言葉に嘘はなく、彼女はそれを目の当たりにして唖然としたことだろう。

 だが、これだけの威力を発揮できたのは条件が揃っていたからに過ぎないため、僕は2人の大袈裟すぎる反応に苦笑していた。


『いやいや、相手が無人機だからできたことだよ。向こうにも人間が居たなら、こっちが一気に退いた時に危険を感じて逃げられる可能性が高いし――』


『誰があんな罠に気付くのよ! 罠って言うのは落とし穴とか毒矢とかのことで、あんな威力の物なんてないの! 石の壁とか簡単に壊したりできないの!』


 自分の古代的な意見に対し、レシーバーから間髪入れず黒板を爪で引っ掻くのような声と甲高いハウリング音が鳴り響き、反射的にヘッドユニットを両手で押さえつける。無論、それで耳を塞ぐことなどできるはずもなく、ガンと装甲が音を立てただけでマオリィネの叫びはしっかり自分の頭を揺さぶってくれた。

 確かにプラスチック爆薬はその見た目から、知識が無ければ柔らかい粘土と大差がないため、現代人が罠だと気づくことは不可能かもしれない。

 ただ、自分の想像力不足を理解したところで、鼓膜が痛いのは変わらないのだが。


『うぐぉ――そ、そんなにキーキー言わなくてもいいじゃないか……』


『言ってない! もぉ、ほんっと非常識すぎるわよぉ』


『……そのうち慣れる。私は慣れた』


 心にシューニャの言葉が突き刺さる。

 現代において非常識なのは、最早言い訳のしようもないため甘んじて受けよう。だが、10以上歳の離れた少女が慣れたと言わねばならない程、自分は周囲に苦労を振りまく存在なのだろうか。

 そう思うとあまりの情けなさに少々死にたくなったが、今は作戦継続中なのだと思考を無理矢理スイッチし、鈍くなりそうな足取りに無理矢理力を込めて玉匣に続いた。

 そうして潜ったゲートの先。続く通路は大した長さもなく、すぐに終点が見え始める。

 新たな敵の出現を警戒して玉匣が静かに停車し、僕は突撃銃を構えて開けた空間を覗き込む。


『なるほど、駐車場らしいが――これは一体……?』


 ゆっくりと踏み込んだ800年に渡る封印の地。翡翠のレーダーに敵の反応は見つからず、周囲を見回しても動くものすら見当たらない。

 いや、だからこそ自分の心には小さな不安が芽生えたのだろう。


『おい、状況を報告しろよ。入っていいのか?』


『あ、あぁすまない、クリアだ』


 訝し気な骸骨の声に慌てて返答すれば、玉匣がゆっくりと駐車場へ入ってくる。

 だが、空間を見渡せる位置まで前進した途端、無線機から上がった骸骨の声は、自分と似たようなものだった。


『なんだなんだァ? 随分とひでぇ有様じゃねぇか』


『これ、は……戦いの跡?』


 ダマルとシューニャが驚くのも無理はない。

 広い駐車場に残されていたのは、弾痕まみれの無残な姿で床に転がったマキナと、装甲に大穴を開けたまま沈黙する装甲車や主力戦車の姿だったのだから。

 あちこちに散らばる残骸たちを見回し、僕は柱を背に座り込んだ姿勢で破壊された黒鋼に歩み寄って、その前で静かに膝をついた。


『雪石製薬のデカールも塗装パターンも同じってことは、この機体もこれまで見た無人機と同じ所属だろう。ただ……どうにも外部からの攻撃で破壊されたわけじゃなさそうだ』


 重厚なゲートに守られたこの場所で、外部から侵入してくる敵に対応したのだとすれば、警備隊機は通路側に向かって交戦することになる。

 だが、この黒鋼は何故か駐車場の奥に向いた状態座り込み、柱も同様の方向に弾痕が刻まれており、通路側の面には攻撃を受けた様子が一切ない。

 その前提で周囲を見回せば、乱雑に散らばる残骸には同じ共通点があり、特に戦車に至っては、主砲を駐車場の奥へ向けた状態で擱座かくざしている始末。

 これには骸骨も無線の奥で小さく唸った。


『言われてみりゃ確かに妙だな――内輪揉めに戦車持ち出すとか正気の沙汰じゃねぇが』


『さっきみたいな暴走無人機とやりあった、とかどうだろう?』


『カッ、だとすりゃとんだポンコツ野郎どもだぜ。武器も弾も潤沢にあって負けてるんだからな』


 何のことはない軽口でありながら、僕は少し警戒感を強める。

 無人機は単純な動きしかできない木偶の坊であり、有人機には絶対敵わない。それが800年前における普通であり、機甲歩兵にとっての常識だった。

 だが、仮にそれが覆されたとしたらどうか。

 一般的な機甲歩兵と変わらぬ戦闘技能を持ち、数ではこちらに勝る上、弾薬を節約する必要もない。

 これを脅威と言わずになんと表現すればいいのか、僕にはわからなかった。


『っ……レーダーに感!』


 コォンと響く接近警報音に緊張が走る。

 光点は駐車場の奥。降ろされたままになっているシャッターの向こう側から、ガンガンという足音と共に近づいてくる。


『来るぞ! 玉匣、後退しろ! 対マキナ戦闘だ!』


『ん、下がる!』


『こっちまで引っ張ってくんのは勘弁だぜ!?』


 玉匣は履帯で床面を引っ掻きながら、一気に通路へと戻っていく。

 閉じられたままの薄いシャッターが銃声と共に打ち破られたのはその直後だった。


『黒鋼が2機と、尖晶が1機――ハハッ、本気で馬鹿げた戦力じゃないか』


『これっぽっちも笑えねぇよ! こんな後方に貴重な第三世代型なんて配備しやがって! こんなバカげた書類にサインしたのはどこのどいつだ!』


 骸骨の叫びを聞きながら破壊された戦車の後ろに飛び込めば、錆びついた装甲が突撃銃を弾いて激しく火花を散らす。

 ただ、流石に元々が警備隊機だからか、武装は突撃銃と盾にハーモニックブレードのみと最低限だ。

 無人機だと油断するつもりはないが、数に劣っても火力に勝るなら怯えるほど怖くもない。


『ダマル、対戦車誘導弾用意!』


『ッカァー!! 俺たちゃ補給に来たはずだろうが!? さっきから消耗ばっかりだぜクソッタレぇ!』


『どうせ玉匣じゃ施設の中まで入れやしないんだ! 今使わずいつ使うってんだい!』


『機甲歩兵様は浪費癖も大概だなぁオイ! シューニャ、うまいこと合わせろよ!』


『できるだけやってみる』


 苦情を垂れるダマルを無視し、戦車の影からサブアームで突撃銃を出して牽制しつつ、最も後方に構える黒鋼へレーザー照準で狙いを定める。

 すると間もなく、レティクルの外側へ追加の枠が浮かび上がり、それと同時に玉匣は通路から砲塔を回転させつつ飛び出した。


『野郎特賞だ! 豪華景品を受け取りやがれぇ!』


 砲塔横に取り付けられた四角い対戦車誘導弾発射器より、青白い尾を引いてミサイルが飛翔する。

 無人であるとはいえ、黒鋼の中では今頃ミサイル接近警報が鳴り響いているだろう。だが、それが直撃しようがするまいが、自分には最早関係がない。

 必要だったのは、状況が変化する際に生まれる隙。衝撃波によって銃撃が逸れるただ一瞬。


『全力後退!』


『ん!』


 再び玉匣は通路へと離脱する。

 刹那、爆轟と熱波が地下を支配した。


『今ぁッ!』


 レーダーから赤い光点が1つ消えるのを横目に、僕は戦車の影から身を乗り出して肩からモーター音を響かせた。

 無論、もう1機の黒鋼と尖晶は変わらず突撃銃をばら撒いたが、豆鉄砲が数発あたったところで翡翠の装甲はビクともしない。

 逆に僅かな時間で最高回転数に達する6条の砲身から、唸りを上げて吐き出される大量の弾丸は、盾を構える黒鋼の装甲に大量の火花を噴き上げた。

 最初の数発こそ電磁反応装甲と盾によって跳ね返したものの、どんくさい回避運動で射線から逃れられるはずもない。ガトリング砲が全身を舐めるように走れば、黒鋼は床に部品を撒き散らしながら、大きなスパークを残して周囲のスクラップへと仲間入りを果たした。


『あとは尖晶――ッ!?』


 脳裏を電流のように走った嫌な予感に、僕は咄嗟にジャンプブースターを吹かして後方へ飛ぶ。

 次の瞬間、自分の前を美しい断面を見せながらガトリング砲の砲身が落ちていった。


『く……流石第三世代機、だな。いい反応してくれるよホントッ!』


 突撃銃の弾切れでも起こしたのだろう。いつの間にかハーモニックブレードに持ち替えた尖晶は、跳び退く自分に全力で追いすがり、斬りかかってくる。

 僕は使い物にならなくなったガトリング砲をパージしつつ、左腕のハーモニックブレードで受け止め、胴体を派手に蹴飛ばして距離を取った。


『すまんダマル! 武装をやられた!』


『みてたっつーの! しっかり輪切りレンコンにしくさりやがって!』


『こっちの想像以上によく動くもんで――動き?』


 ふと、自分の言葉に何かが引っ掛かった。

 横薙ぎに振られる刃を、身を逸らして躱す。

 その次には反対の腕から突きが飛んできて、それを弾けば次は斬り上げ。


 ――知っている。僕は、この動きを。


 そう思った途端、頭の中でピースが繋がった。

 これはの動き。自分との組手でよく使っていた、部下の得意技。

 今まで忘れていたことが不思議でたまらなかった。いつもは懐いた犬のようについて回るくせに、組手をすると何が何でもこちらの首を取りに来る彼女。

 躱し躱し弾き逸らし斬り結ぶ。それだけで僕は少し懐かしくなった。


『こんな形で思い出すんだな――いや、逆に部下たちのことを忘れてたことへの罰かな、


 尖晶から返事は返ってこない。当たり前だ。

 目の前で剣を振るっているのは所詮、彼女の戦闘パターンを学習したプログラム。それも翡翠ではなく尖晶だ。

 言葉を交わすこともなく、その動きには彼女独特の癖とキレがない。

 だからこそ、ジャンプブースターの加速を加えて繰り出されるハーモニックブレードの刺突を、僕は鼻で笑ったのだった。


『彼女を真似するにしても、勉強不足だな。タヱちゃんなら、もっと動きを読ませなかった』


 ヘッドユニットとの隙間、僅か数センチ。

 尖晶は刃を突き出したまま、翡翠と抱き合うような姿勢で硬直していた。

 僅かな静寂の後、細い首から小さく火花が散る。

 マキナ共通の弱点に突き刺さった翡翠の貫手。薄く光っていたアイユニットが僅かに瞬き、エーテル機関の停止音と共に尖晶はゆっくりと身体を弛緩させてその場に崩れ落ちた。


『終わった……?』


『あぁ、もう尖晶は動かないよ』


 レシーバーから聞こえたシューニャの不安げな声に、僕は肩の力を緩めて小さく息をつく。

 周囲に敵影が無くなった事で、玉匣はガラガラと履帯の音を響かせながら、自分の隣に並んで停車する。その後部ハッチから真っ先に降りてきたのは、戦闘用ヘルメットを被った骸骨だった。


「よぉ、お疲れさん。この状態で仕留められたってのは、ガトリングを犠牲にしても悪くねぇ成果だぜ。ようやく翡翠の腕が直せるんだからな」


『そう、だね。いや、意図してそうしたわけじゃないんだが』


「お前が不器用なのは身に染みてるっつの。んで? こいつのプログラムは井筒タヱ少尉のもんだったのか?」


 まだ作戦中だと言うのに、骸骨は煙草を吹かしながらそんなことを聞いてくる。

 とはいえ、せっかく思い出せたのだから、誰かに話しておきたいような気もして、僕は思ったままを口にした。


『彼女と比べたらどんくさいけど、多分ね。おかげで部下たちのことを少し思い出したよ』


「結構な事じゃねぇか。記憶喪失が機械トラブルだってのに、その様子じゃいつか丸っと思い出せそうな気がするぜ」


『だといいんだけどね――っと?』


 少しだけ湧き上がった感傷に、ヘッドユニットのなかで小さくため息をつけば、背面装甲に何かがぶつかった。


「おにぃさぁん……ボクの耳ちゃんとついてますかぁ」


「ご、ごしゅじぃん? なんか……うぷ……酷い目に、遭った気がするんスけどぉ」


 振り返ってみれば、ようやく意識を取り戻せたらしいキメラリア2人が、耳をぺったりと倒したままふらつき、揃って翡翠の背中にもたれかかっていた。

 自分の爆薬量計算が原因ではあるのだが、どうやら僕にしんみりする余裕は与えられないらしい。


『あぁ、ええっと――一旦ゲートまで後退して休憩しようか。謝らないといけないこともあるしね』


「俺が言うのもあれだが、随分と呑気な作戦になったもんだ。ま、翡翠の応急修理時間だと思えば、そうでもねぇんだがな」


 ファティマとアポロニアの不思議そうな顔を見ながら、骸骨はハァと大きく紫煙を吐く。

 小休止に反対する意見は、誰からも出なかった。

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