第129話 心を乱すクロガネ(後編)

 黒鋼が火花を散らしつつ、地面をガリガリと転がっていく。

 刃を交えることはできても、無人機に柔軟な格闘戦が不可能なことに変わりないらしい。鍔迫り合いの中で蹴りを叩き込めば、今度こそまともに反応できないままバランスを崩し、そこへ通ったハーモニックブレードによって片腕が斬り飛ばされていた。

 とはいえ、殴りあいを行ったことに関する罪悪感もある。


『またダマルに怒られるな』


 関節の負荷を考えろ、とか、フレームが歪んだらどうするんだ、とか。そんな小言は間違いなく言われるだろう。

 どうにも対マキナ戦闘となると、僕は昔の悪癖からか、毎度武器弾薬や機体の消耗を無視してしまいがちでいけない。


 ――自分にも相手にも、加減が苦手なのは相変わらず、か。


 機体各所で火花を散らし、破壊された腕の付け根から潤滑油を垂れ流しながらも、黒鋼はよろよろと上体を起こす。これが有人機なら、パイロットの腕から流れる血も混ざり、戦うことはおろか動くことさえできなかっただろう。

 さっきまでの無人機とは思えない滑らかな動きはどこへやら。生まれたての小鹿のようにも見える敵に対し、僕はそのボディを踏みつけて頭部ユニットへ突撃銃を突きつけた。


『いいダンスだったよ。ずいぶん驚かされたが……今度は外さない』


 驚くほどに軽いトリガを引く。

 黒鋼は僅かにもがいて最後まで抵抗しようとしていたが、ゼロ距離から放たれた徹甲弾に頭部ユニットを貫かれると、崩れるように全身を弛緩させてヒィンと小さな断末魔を響かせた。

 しかし、戦闘が勝利で終わったと言うのに、まったくもって喜べない。むしろこの無様はなんだと腹立たしさだけが心の中に渦巻いている。

 指揮官機を持たない無人機は動く的というのが、800年前における常識だった。それがこちらの攻撃に対して臨機応変な反応を見せ、あまつさえ格闘戦で瞬時にカウンターを行ってくるなど考えられない。

 仮にこの黒鋼が、何者かの指揮下で動いていたとするならば、自分たちの他に800年前の技術を持つ何者かが居る、ということで納得もできただろう。接触を試みる価値も生まれるため、アクチュエーターの損害も無駄とはならないはず。

 だが、仮にそうでなかったとすれば、自分やダマルも知らない革新的な自動戦闘システムが存在することに他ならず、これは由々しき事態だった。


『ダマル、クリアだ。状況はモニターしていたか』


『あぁ、バッチリだぜ。お前が右腕をぶっ壊した挙句に、足まで潰すつもりかと思ったくらいにはな』


 無線機越しにダマルの呆れた声が聞こえてくる。それも自分の油断が原因である以上、反論などできようはずもない。

 誤魔化しがてらマキナの後頭部を掻こうとすれば、突撃銃を握った左手では掻けず、かつ右腕は持ち上げる事すら億劫な事態を思い出し、最後には深いため息が零れた。


『そう突っかからないでくれよ。とりあえずは、一旦出直そう。共有したい情報もあるし、何より、フェアリーの真意がわからない内にここを引き渡すのは危険な気がする』


『同感だぜ。はぁーあ……とりあえず、さっさと戻ってきてくれ。話ゃそれからだ』


『いやその、悪かったとは思ってるんだが』


 最初に突撃銃を浴びた玉匣の損害は、少なくとも主機関や走行装置に被害を及ぼしていない様子だったが、骸骨の様子から察するに、見た目以上に大きなダメージを負っていたのかもしれない。

 何せ整備一切はダマルの専門分野なのだ。自分とて装甲モジュールを交換するくらいならできるが、エーテル機関やトランスミッションを初めとした駆動系なんかになってくると、雑用以外には何の役にも立てはしない。

 挙句は翡翠の損傷まで付け加えられたのだから、仕事量の激増にうんざりするのも当然だろう。

 そう思っていたのだが。


『別にマキナを傷物にしたことに関しちゃどーだって構わねぇんだ。それより、今は娘共の方を何とかしてくれ』


『え? そりゃまたなんで?』


 玉匣の中で何が起こっているのか想像がつかない。ダマルがセクハラ発言でもしていればわかりやすいが、それ以外で女性陣が騒ぐような事態とは何か。

 しかし、自分がはてと首を捻っていると、無線機の向こうから骨の、あばぁという悲鳴が聞こえてきた。続いて派手な衝撃音とバリバリというノイズが走って、反射的に突撃銃を持つ左手で頭を押さえたが、レシーバーの音が大きくなるだけで一切意味がない。

 おかげて状況を問いかけようとしたのだが、その原因は向こうから声を発してきた。


『ダマルさん邪魔です! おにーさん! 怪我してませんか!?』


『ご主人! 腕! 腕は無事ッスか!? なんか損傷したとか言ってたッスけど!!』


『は――ハハハハッ! 大丈夫だよ、壊れたのは翡翠の腕だけだから』


 彼女らはきっと、強敵との戦闘後に意識を失った、という過去の経験から、僕の身体について心配してくれたのだろう。それも右腕が上がらなくなっているのをダマルが告げたのなら、内側にある肉体がやられていると考えるのは不思議でもない。

 合点が行ったことで、あからさまな現在と過去の知識的な乖離に、僕はついつい笑ってしまったのだが、おかげで無線から聞こえてくる声は低くなった。


『むー、笑いごとじゃないですよ。本気で心配してるんですから』


『ごめんごめん、僕は無傷だし、安心してくれ』


『本当に大丈夫なんッスよね? やせ我慢とかカッコつける必要ないんスよ』


『まさか、2人とも過保護だよ』


 数発の弾丸は浴びたが装甲は抜かれておらず、装甲の自動修復機能は、既に損傷痕を消し始めている。常に走る各部の損傷状態をチェックするプログラムは、フレームや関節の異常を吐くことなく、ただ右腕のアクチュエータが動作不能となった事実だけを赤く示しているし、生命維持装置も値は正常を示し続けている辺り、自分の身体も無事である証左だった。

 それでもなお、キメラリアたちは疑わしげに唸っていたものの、いい加減シューニャの方が業を煮やしたらしい。


『2人ともしつこい。運転するからどいて』


 たちまち、ファティマのふぎゃっ!? という悲鳴と、アポロニアのキャーンっ! という絶叫が響き渡る。その様子から、どうにも実力行使に出たらしい。

足音がレシーバーの中で大きくなっていき、ギィという座席の軋みが聞こえたかと思えば、鮮明なシューニャの声がヘッドユニット内へ木霊した。


『キョウイチ、今から迎えにいく。そこで待っていて』


『了解だよ。そっちは問題ないかい?』


『私たちに怪我は無いし、ダマルが言うには玉匣も大丈夫。ただ、ちょっとマオリィネが心配』


『マオが? 何があった?』


 さっきから声を聞かないと思っていたら、何か問題が起こっているらしい。シューニャは少し間を置いてから、ん、と小さく言った。


『精神的な衝撃、だと思う』


『……そう、かい』


 いまいちピンと来ない。

 ショックを受けるようの事といえば、激しい被弾が最も大きいだろうが、誰1人として怪我をすることもなく無事に退避できたのだから、そこまで重く捉えることもないように思える。無論、僕やダマルにとって、大きな反省点であることは間違いないのだが。

 そもそもマオリィネは以前、指揮官として戦場に立っており、突発的な危機には慣れている立場のはず。加えて、貴族としてのプライドがどれ程薄かろうとも、庶民相手に醜態を晒すような人物だとは考えにくい。

 それらを総合して考えれば、機械鎧同士の白兵戦を目の当たりにした程度の衝撃で、傍目にわかるほどの傷を心に負うというのは、流石に不可解な気がする。


『マキナに何かトラウマでも――いや、それはないか』


 前哨基地では目を血走らせながら自分に迫ってきているのだ。いくら危機的状況だったとはいえ、トラウマ持ちなら話しかける余裕などないはず。

 結局、付き合いの短い自分に思い当たる節などあるはずもなく、後で直接聞いてみようという結論しか出てこなかった。



 ■



 奇襲を受けながらも、運良く小さな損傷で済んだ戦う我が家は、地下駐車場の元トラックターミナルに駐車場所を得ていた。これは変わった入り口荷受けプラットホームから、直接テクニカの中枢へアクセスでき、何かと便利がいいからという理由である。

 僕はその半開きになったままのシャッターをくぐり、ダマルとシューニャを連れてフェアリーの部屋へ向かっていた。


「いいのかよ? 御貴族様置いてきちまって」


「私にも、彼女は随分落ち込んでいるように見えたけれど」


 廊下を歩く自分の背中に投げ掛けられる2人分の声。

 シューニャから聞いていた通り、マオリィネは随分と凹んでいる様子だった。そんな彼女に何か質問したり慰めたりするでもなく、キメラリアたちと共に玉匣の留守番を頼んだことが、2人には余程疑問だったらしい。

 しかし、自分はカウンセラーではない上に、人の心の機微には疎いのだ。言葉1つで心を立ち直らせられる魔法は使えない。

 結果、2つの声に苦笑しながら肩を竦めた。


「少し時間をおけば落ち着くかもしれないし、その間に自分達が解決すべき問題もあるってだけだよ」


「お前の言うこともわかるんだが……後で話は聞いてやれよ? あいつぁ新入りの上に外様で、不慣れな環境にいきなり放り込まれてんだ」


「やけに心配するじゃないか」


「そりゃそうだろ。玉匣の中で唯一お前から家族判定されてねぇんだ。なのに、あいつは今のところお前以外に寄る辺がねぇ。なんせ、他の誰がどれだけ寄り添ったところで、お前の一言で玉匣の中身はひっくり返っちまうんだからな」


「そんなことはないだろう? 別に僕は皆に対して命令権を持ってるわけでもないし」


 確かに世間への建前上では、いつの間にか自分が長のような立場だが、だからと言って玉匣の中で強権を振るっているわけでもないのだ。

 そもそも玉匣のルールらしいルールは、戦力等の機密保護以外なく、各々の自由を尊重しているはず。

 だというのに、シューニャは何を馬鹿げたことを、とでも言いたげに不思議そうな視線を投げかけてくる。


「キョウイチは少し前、マオリィネの前で絶対的な命令権を行使してしまっている。だから貴方に認められない限り、彼女が居場所を得られないと考えるのが自然」


 僕はつい足を止めて振り返った。

 今まで友好関係を結んだ相手に対し、戦闘時以外で長のような振舞いをした覚えはない。

 とはいえ、自分の記憶という奴が驚くほど曖昧模糊なので絶対とも言いきれず、確信があるらしいシューニャに対して首を傾げた。


「……僕ぁそんなことしただろうか?」


「マオリィネに対して無理矢理にダマルのことを信じさせようとした時、彼女の頑なな対応が原因とはいえ、キョウイチは単独で見捨てる決断を下している。そしてそれに全員が呼応する形で追従した以上、マオリィネからはキョウイチが絶対者に見えて然るべき」


 そうだっただろうか、とあの時の状況を再考する。不必要な苦しみを与えただけの無益な行為だった気がするので、あまり思い出したい記憶ではないが。

 しかし言われてみれば、最後にマオリィネを切り捨てて、場合によっては王国と敵対するという結論を下したのは自分だ。しかも同情的な様子こそ滲んだが、皆がその決定に従っている。

 内実はどうであれ、あの状態はマオリィネにとってそれは、絶対的な指導者の言葉、として見えただろう。自らの行動を客観視してみれば、シューニャの言い分は尤もだった。


「……確かに」


 突きつけられた己の浅慮に、僕はガックリと肩を落とす。

 誰が好き好んで全員を扇動した挙句、彼女を貶めたいなどと思うものか。これでも元は善良な庶民の身であり、何かを支配したいと思うような野望など抱いていない。

 が、結果としてそう見えたのだから、自分の行動には責任を持つべきなのも確かだ。

 そんな僕の内心を悟ってか、ダマルがカカッと小さく笑って肩を叩いてくる。


「話辛ぇんなら全員でテクニカツアーにでも行ってやるから、優しく慰めてやれよ? あれに裏切られたら、こっちとしても洒落にならねぇんだからな」


「不本意ながら同意する。ダマルのことが社会に漏れ出るのは大きなリスク」


 骸骨の意見にシューニャも同意する。僅かに口調が不満そうだった気がしたが、無表情を維持していたのでこれは思い違いだろう。


「……わかった。だけど期待しないでくれよ? 僕ぁ心の機微を読み取ったりするのが、あまり得意じゃないんだから」


 言い訳がましく予防線を張りながら、しかしこれも機会かと僕は思考を前向きに切り替える。

 何せ、マオリィネという存在は最早ただの知人として扱う次元にない。それこそ、貴族である彼女を家族として迎え入れることは難しいだろうが、秘密に関しても個人的な感情にしても、シューニャ達と変わらないくらいの関係は築いておきたいのだ。

 優しく慰める。そんな慣れないイメージを黙して脳裏に走らせながら、僕は再び歩き出す。

 だが、あの中枢と呼ばれた倉庫の入り口まではあっという間であり、自分の貧相なイメージはすぐに中断を余儀なくされたのだった。

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