第113話 続・青いリビングメイルの噂

 私は貴族が王都に滞在する際にあてがわれる家で、ジークルーンと2人頭を突き合わせていた。

 自分たちなりに捜査は続けているが、青いリビングメイルに関する情報は一切手に入らない。進展の無さと現実的な厳しさから目を背けるためアマミ達との訓練に勤しんだりしていたわけだが、いざ居なくなられてしまうといよいよ切羽詰まって途方に暮れている。


「吟遊詩人を当たってもダメ、情報屋を頼ってもダメ、酒場で聞き込んでもダメ、もーこんなの絶対無理じゃない!」


「ま、マオ、落ち着いて――地道にやるしかないよぉ」


 足をばたつかせて椅子をギィギィ鳴らす私を、ジークルーンは必死に宥めてくる。

 とはいえ、自分と彼女だけで当てもなく探し回ったところで、広大な世界のどこにアレが居るかなどわかるはずもない。その癖、女王陛下からの勅命という責任だけは確実にのしかかり、日に日に腹部はキリキリとした痛みを増している。


「はぁ……一層のことアマミにでも頼めばよかったかしら」


 コレクタユニオンにさえ頼れない極秘事項だが、あの男なら機密を漏らさずに手伝ってくれたのではないだろうか。私はそんな甘えにも似た内心を吐露しながら、だらしなく机に突っ伏して長い髪を垂らした。外でこんな姿をすることはできないが、宿舎の個室でくらいは別にいいだろう。

 私はそう思ったのだが、それを見たジークルーンは年上らしく苦言を呈した。


「もー、マオ? さっきからお行儀が悪いよぉ」


「そうね、そうだけど……あー、もー、なんで私がこんなに悩まなきゃいけないのぉー……やっぱり世の中は理不尽よ」


 リビングメイルなど国家の重大事なのだから、自分のような田舎貴族に任せず、エデュアルトにでも行ってもらうべきではないか。地方都市を任されている子爵の娘など、王都では騎士以上の何かに見られることもないのに。そんな愚痴がグルグルと頭の中を回り続ける。

 おかげでだらけた身体を起こす気にもならないと言うのに、ドアからノックが転がり込んできた。


「はぁい」


 動きそうにない私に代わってジークルーンが対応に向かい、私はその間に髪の毛を整えて椅子に座りなおす。表情は暗かったかもしれないが。

 とはいえ、王都において騎士団宿舎まで会いに来るような知り合いは少なく、それも直接入ってこれるとなれば貴族位を持つものに限られるため、伝令でない限り想像できる人物は1人だけだった。


「クローゼさん? お仕事中じゃ……」


「至急耳に入れたい情報が手に入りまして、こちらから出向かせてもらいました。入っても?」


「いいわよ、どうぞ」


 いつも通りキビキビした動きで、眼鏡をかけた珍しい男は部屋の中に入ってくる。ただ、事件の後処理が相当の激務なのか、前に腰かけた青年の顔は明らかにやつれていた。


「すぐ飲み物を淹れてきますね」


「おかまいなく。そう長い話でもありません」


 グラスを取りに行こうとするジークルーンを素早く手で制すると、クローゼはこちらへ向き直って眼鏡の位置を整え、緊張を解くように小さく息を吐いた。


「アマミ氏についての追加情報です」


「追加情報って……まだ彼が王都を発ってから3日よ? 今度は何をやらかしたの?」


 英雄と謳われる彼だからこそ、厄介事が寄ってくるのかもしれない。それを私は茶化して笑ったのだが、クローゼは固い表情を崩さなかった。


「彼はテイマーです」


 テイマー。

 この一言に部屋の時間が凍り付いた。

 前後に装飾なくこの言葉が用いられる場合は、テイムドメイルを操る者、という意味になる。おかげで私は枯れ木のように固まった笑顔を、彼に向けるしかできなかった。


「ま、まさかぁ……テイマーなら、あんなに強いわけない、じゃない?」


 テイムドメイルと声で意思疎通を図るテイマーは、より柔軟に操るために指示に関する研究と訓練を行う必要があり、個人としての身体能力が騎士や戦士にどうしても劣る。そのためテイムドメイル唯一の弱点となっており、テイマーの周囲は精鋭部隊が護衛するのが常なのだ。

 だが、アマミ個人の戦闘能力は、奇襲だったとはいえフリードリヒの護衛をたった3人で蹴散らせるほどである。加えて、テイマーがテイムドメイルを傍に置かないと言うのは、あまりに非常識な話だった。

 しかし、そんなこちらの思考を読み取ってか、クローゼは首を横に振る。


「勿論、私も耳を疑いましたが――アマミ氏の行動の軌跡には、必ず青いリビングメイルの噂が付き纏っています」


「青いリビングメイルですって!?」


 私はその名前を聞いた途端、椅子を蹴り倒さんばかりの勢いで立ち上がり、隣に座っていたジークルーンも口をおさえて驚いていた。

 少なくともクローゼはガーラットから勅命の話を聞いている。そのためにわざわざこうして訪ねてくれたのだろうが、あれだけ友好を深めながら何も語らなかった男に腹が立ち、気づけなかった自分に悔しさが込み上げる。


「これは帝国領のバックサイドサークルから流れてきた3人の冒険者の話です。彼ら曰くはグランマのお墨付きだから間違いはないと言っていますが、その青いリビングメイルは人語を解する上に人を救おうとし……とあるブレインワーカーとキメラリアを救ったのだとか」


「まさかとは思うけど、それって――」


「ええ、シューニャ・フォン・ロールとファティマという名前だと、その男は言っていました」


 ただの冒険者がグランマの名前を出したというのに、クローゼがそれを信用している以上、嘘だと笑うことも難しい。しかも、人語を解する青いリビングメイルに、シューニャとファティマを救ったと言う話は、アマミらという存在とあまりに符合しすぎている。

 となれば、気になるのはその冒険者の素性であろう。


「そいつらは何者なの? あのグランマがただの冒険者を信用するとは思えないけれど」


「詳しいことはわかりませんが、リーダー格らしいヘンメという男は以前組織コレクタを率いていたそうですから、そこの繋がりかと。なんでも、アマミに恩があるとか。付き添いの2人はセクストンという流浪の騎士と、エリという魔術師と名乗っています」


「魔術師、かぁ……」


 リビングメイル程ではないが珍しい存在だ。これまた天性の才能であり、うまく扱えば軍の中で特別な存在にもなれるだろうに、それが何故冒険者などに甘んじているのかと、余計に怪しさが増した気がする。


「それで、そいつらはアマミを追っていったの?」


「全て正直に伝えるのは危険と判断して、アマミ・コレクタの行き先は知らぬ存ぜぬを貫きました。とはいえ、コレクタユニオンでは隠せても聞き込みをされれば、何れどこかで情報は掴めるでしょう。緘口令かんこうれいを敷けるわけでもありませんし」


 私は拳を握りこんだ。

 これほどまでにクローゼに感謝したことはなかっただろう。与えられたチャンスを無駄にするわけにはいかない。


「ジーク、旅装の準備をして!」


「え、えっと、どうするの?」


「アマミ達を追うわ。冒険者の話が本当だとすれば、私たちのするべきことは1つでしょう?」


 ハッとしたジークルーンが奥の部屋へと駆けていく。

 青いリビングメイルが仮にアマミのテイムドなのだとすれば、野良のリビングメイルを懐柔するという任務は急激にその方向性が切り替わる。最早一筋の光明とさえ思えるほどにだ。

 そして謎の冒険者という存在が何を求めてアマミを追っているのかわからない以上、その存在を彼らに伝えておくべきだろう。となれば、クローゼの作った幾ばくかの猶予を無駄にするわけにはいかない。


「ありがとうクローゼ。帰ったら、何かお礼しなくちゃね」


「いえ、気持ちだけで結構。それ以上に急いでください。ポロムルで捉まえなければ、そこから先の足取りが途絶えてしまいますからね」


「わかってるわよ。テクニカの場所なんて知らないんだから」


「合流できることを祈ります。では、私はこれで」


 相変わらず愛想の欠片もない男は、銀髪を輝かせながら外へと消えていった。

 燃え上がるのはさっきまでとは違い、王都に居るうちに何故伝えてくれなかったのかという理不尽な炎だ。意地でも追い縋って全部吐かせてやると心に決めた。


「もしかして、怒ってる?」


「ちょっとだけね。せっかくできた友人なのに、ちょっとは信じて欲しいじゃない?」


 そうは言いながらも、私は鼻歌を歌いながら急ぎ旅の準備を始めたのである。

 何せ、絶対無理だと思っていた手がかりが、思わぬところから転がり込んだのだから。



 ■



「くっそぉ、あの堅物ぅ! なーにが組織コレクタの行先は知りません、だよー! 絶対知ってんじゃん!」


 宿の一室で藁詰めの枕が宙を舞う。

 それを片手で捕まえた旅装の男はハァとため息をついた。


「物に当たらないでください。宿の備品を壊して弁償なんて勘弁ですからね」


 そんなしょうもないことで身分がバレでもしたらどうする、とセクストンはため息をつく。放浪者と偽れている間は何の問題もないが、彼らにとってここは敵国のど真ん中なのだから。

 流石にエリネラもそれは理解していたようだが、それでも彼女は驚くほどお冠だった。


「ここが帝国ならその場で焼いてやったのにぃ……マティにも話さないとかどーなってんのさ!」


「コレクタユニオンも信用商売だからな。あの暫定支配人から聞き出すのは無理そうだな」


「ヘンメが組織コレクタだったら聞けたじゃん。なんでバッジ返すかなー」


「こんな体でコレクタリーダーなんてできるかよ。その真っ赤っかの頭にゃ何も入ってねぇのか阿呆」


「だからアホって言うなぁ! あたしはしょう――――」


「ん゛ん゛ッ! 貴女はあくまで放浪者ですよ。?」


 おっといけないとばかりにエリネラは口を押える。特段ボロい宿ではないが、木と漆喰の壁は少し張っただけの声を簡単に漏らしてしまう。特に甲高い彼女の声は良く通るのだ。

 セクストンの大きな咳払いと厳しい視線に、赤い少女はぶぅと頬を膨らませた。


「それでも敬えよぉ、というか普段から敬ってないよね君たち」


「果実酒で酔っ払ったのか? 寝言は寝て言え」


「敬っておりますよ。きちんと仕事をなさっていくださる場合に限りますが」


 何を馬鹿なと笑う不精髭面のヘンメと、驚くほど冷めた視線のセクストンにエリネラは爆発する。


「何が寝言かぁ! ヘンメなんて半分浮浪者の癖に! セクストンも条件付けできる立場じゃないだろー!」


 とはいえこれも日常茶飯事となって長い彼らにしてみれば、それこそ子兜狼ヘルフがキャンキャン喚いている程度にしか感じず、特に秘書官からお世話担当兼教育役になりつつあるセクストンからすれば、むしろ躾の必要性を考えるくらいである。

 おかげで彼の口からは辛辣な言葉しか出てこない。


「そんなどうでもいいことは軍獣アンヴにでも言っといてください。それより、ヘンメ殿はさっき支配人と仰いましたが、何か当てがあるので?」


「しょんなことってなんだよぅ、セクストンは日に日に意地悪になっていく気がする」


 業火などと呼ばれるエリネラも彼のあまりの冷たさに、ぐったりとベッドに肢体を投げ出してグスグスと鼻を鳴らした。

 それこそセクストンが彼女の秘書となった頃ならば地面に頭を擦りつけて謝った事だろうが、今となってはそういうのいいんでと軽くウソ泣きを看破されてあしらわれてしまう。

 そんな騎士補の対応にヘンメは肩を揺すってクククと笑った。


「トップがこのあっぱらぱぁだってのに、いや、だからこそ部下は優秀じゃねぇといかん訳だ。別に情報源はコレクタユニオンに限らねぇ。町中じゃ吟遊詩人の歌もそうだが、鋼のウォーワゴンを見たなんて話もちらほら聞いたぐらいだ」


「つまり、徹底的な聞き込みですか? 効率的とは思えませんが」


 敵地である以上、下手に嗅ぎまわって怪しまれることは避けねばならない。そんな状況で無差別な聞き込みはそれなりに危険を伴うものであり、セクストンは妙案とは言えないと顎を擦って考えこんだ。

 一方、ヘンメはそう悩むことでもないと、蝋燭から煙草に火を移しながら視線を鎧戸の外へ流した。


「何も街頭で聞き込みしようってわけじゃない。アマミが噂通りの男だとすれば、奴が関わった人物や宿泊地を絞ることは難しくないだろう?」


「……キメラリアと一緒に泊まれる宿ってことね。なんでわざわざここ選んだかわかった」


 相手にされないとわかったエリネラは藁の枕を抱いて座りなおす。彼女は何かと頭の悪い言動が目立つものの、考えるのが嫌いで集中力が無いことが原因で、噛み砕いた話なら飲み込みは早い。

 だからこそ飛び出した的確な言葉に、ヘンメはそうだと小さく頷いて見せる。


「それに連中にはシューニャ・フォン・ロールがついてる以上、わざわざリスクの高い貧民街に行くとも思えんし、金を積んでも大概の宿はキメラリアお断りなこともわかってるはず。そこで平民街の中でキメラリアが泊まれるコレクタ御用達の宿となれば、俺が聞いた限り5軒もないって話だ」


「しかしわかりません。彼らが宿を利用したとして、例の鋼のウォーワゴンはどこに隠していたのでしょう? あんなものを放置しておけば相当目立つはずですが」


 おぉと感心するエリネラに対し、セクストンはまだ納得がいかない様子だった。

 実際、ウォーワゴンに関してはヘンメも引っ掛かっているのだが、探しようがないとして棚上げにしており、騎士補の質問にもそれは重要じゃないと首を振った。


「わかるところから探していくしかないって話さ。どうせこの方法で連中の足取りが掴めなかったら、嫌でも調べる事になっちまうんだからよ」


「それもそっか。じゃあ、ちょうど晩御飯時だし、この宿から聞き込みだね」


 ヘンメの義足をコンコンとエリネラが叩けば、そうだなと言いながら無頼の男は窓に手をかけて立ち上がる。その時、ふと窓枠に小さな爪痕がついていることに気が付いた。

 キメラリアのつけた物だろう。下から飛び上がりでもしたのか、あるいはドンくさい奴が窓から落ちそうになったのか。

 まさかとは思ったが、ヘンメの予想は当たることになる。

 この夜鳴鳥亭を選んだのは偶然に過ぎない。その上で3つのベッドがある奥の部屋に導かれていたというのは、最早運命の悪戯としか言えない大当たりだった。

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