第103話 迫る
道から外れた林の中、玉匣はファティマの星見を頼りに王都へとひた走る。
ハンドルは僕が握る一方、車体後部ではこれから起こる戦闘に備え、拾って来たサブアームを翡翠に取り付ける作業と、簡易的な機体整備が同時並行で行われていた。
「おし、これなら関節部は軽いグリスアップでいけそうだ……アポロ、グリスガン取ってくれ」
「これッスか?」
「おうよ。やっと覚えてきたな」
エーテル機関が唸りを上げているというのに、背後からは整備の音と2人の会話が不思議とハッキリ聞こえていた。それも戦闘前とは思えない程、楽しそうに思える。
ダマルは整備士の血が騒ぐのか、部品や弾丸の点検に余念がなく、細かい作業が好きだと語るアポロニアは手慣れてきた弾込め作業に勤しんでいるらしい。
「――もう犬って呼ばないッスか?」
「あぁん? なんだよ、そう呼んで欲しいのか?」
「……どういう心境の変化かと思っただけッスよ。どっちでもいいッス」
「カッ、あんだけ顔ぐっちゃぐちゃにして女に泣かれたんだ。ブッサイクな面を拝ませてくれた礼に名前くらい呼んでやるよ」
「次同じこと言ったら溶かした鉛を飲ませます」
語尾が変わるくらいの怒気に、骸骨は言葉を失った。
以前から思っていたことだが、アポロニアとダマルは気質が似ているのか仲がいい。その最たる光景はバックサイドサークルに玉匣で突撃してきた時だろうが、緊迫した現状なのについつい思い出し笑いを零してしまったことで、無線を通してファティマに毒を吐かれてしまった。
『おにーさん、急に笑うとか正直気持ち悪いですよ』
「もう少しオブラートに包んでくれると嬉しい。結構心に来る」
『ハッキリ言わなきゃ、気持ちも通じないじゃないですか』
「内容によっては通じないように考慮して頂きたいです」
理解したのかしていないのか、彼女は気の抜けた、はぁい、という返答を無線機から漏らす。
シューニャの身を案じるあまり、心に余裕がない状況では、普段なら聞き流せる毒舌もしっかり引っかき傷をつけていく。不必要なダメージを負いながら、ぐぅと唸る他なかった。
――彼女らに甘えてるんだろうな、僕も。
家族と思い接してきたシューニャの救出は純粋な気持ちだが、これで恩を感じてもらえば離別を避けられるのではないか、という打算が裏に見えるような気がして、自分が嫌になる。
仲間が大切なのは当然と叫ぶ自分も居れば、気持ちに応えなかった自分に打算以外何が残ると
『おにーさん』
「方角か? ズレてる?」
再び声を発した無線に、自虐的に落ち込む心を隠して平静を装い応答する。
前方モニターに映っているのは暗い木々だけで、それを躱す度に直進しているつもりでも僅かずつ方角がずれているのだ。進路修正かと無線のスピーカーに意識を集中すれば、ファティマは違いますと小さく呟いた。
『おにーさんの本音って何ですか?』
「僕の本音? そりゃなんのことだい」
はてと首を傾げてもファティマからは見えるはずもない。逆にファティマがどんな顔をしているかもわからないので、あまりに取っ掛かりが無さすぎて質問に質問を返してしまった。
すると彼女は僅かに間をおいてから、ぽつりと呟く。
『ボクは……もっとおにーさんは軽く考えてもいいって思うんです。いっつもいっつも悩んで悩んで、誰かのために走ろうとしてる気がして』
「買いかぶりすぎだよ。僕はそこまで善良な人間じゃないし、なんなら自分勝手で我儘だ」
恨みと復讐でどれだけの人間を殺めたことか、とは流石に言えないが、口にせずとも過去は変わらない。文明の崩壊に合わせて自分とダマル以外のほぼ全員が死んでいたとしても、自らの手が奪った命の数が代わるわけでもないのだから。
そんな血まみれの自分が善良であるはずもない。自分本位でしかものを考えられないから、シューニャを助けるという行動にすら疑問を挟んでしまうのだ。
だというのに、ファティマは即座にそれを否定した。
『そんなことないですよ、少なくともボクは救われましたもん。マオリィネだって、おにーさんが居なければ酷い目にあってたと思います。それに今も、おにーさんはシューニャを助けるために走ってます』
「そりゃ家族だから、っていうのは言い訳かな」
『……今更、ですね。ボクもおにーさんのことが大切です。家族だって思ってます。犬より先に言えなかったのは悔しいですけど』
喉に何かが詰まり、それがため息に変わって零れ落ちた。
何もかも否定してくれたって構わない。むしろそうしてくれれば心にも決着がつけられると思っていたのに、ファティマの言葉を聞いて、自分は現金にも嬉しいと思ってしまった。
コレクタユニオンに敵対すればお尋ね者になるのは間違いないだろう。穏やかな生活など望むべくもない世界へ、道連れとして志願する彼女の声には一切の躊躇いがない。
「強いな、ファティマは」
『皮肉ですか?』
「僕の本音だよ。後悔しても責任はとれないぞ」
『おにーさんと一緒なんです。後悔なんてしません』
彼女は一切言葉を飾らない。それを知っているからこそ溜まらない一言だった。今まで打算がなんだと考えていた自分が馬鹿のようだ。
「テクニカが見つかったら、皆で落ち着いて暮らせる場所でも探すか」
『おぉ、いーですね! ボク、お家に住んだことないんで、とっても楽しみです。あ、今ちょっと左に逸れました』
彼女の感想に了解とだけを返し、僕は無線を切断した。
さっきまでと異なって心は軽い。そして落ち着いたらちゃんとケジメをつける必要があると、改めて過去を語る覚悟を決めてアクセルを踏み込んだ。
「随分楽しそうじゃねぇか相棒。人質になった家族を想う顔には見えねぇな」
作業が終わったのだろう。作業着から鎧姿に戻ったダマルは、僕が気づかない内に補助席へ腰かけてカタカタと骨を鳴らしていた。
「それとも余裕の笑みって奴か?」
「さぁどうだろう。強いて言えば、戦争に対するスイッチかな」
「カカッ、おっそろしいこと言いやがる。せめて主犯格の女くらいは俺に残してくれよ?」
現場に居合わせなかった人間に対し、骸骨は無理なことを言う。
「どれが主犯格か僕にわかればいいんだが――作戦は?」
「王都までに逆襲できるなら、非殺傷兵器で怯ませてシューニャを保護する。キメラリアが多いとはいえ、こっちは奇襲だ。生身で戦っても怖い相手じゃねぇさ」
そう言ってダマルは愛用の機関拳銃をポンポンと叩いた。
骨が敗因として挙げたのは敵の奇襲と戦力の分散だ。無論それも敵の作戦だったのだから、まんまと引っ掛かった自分たちが悪いのだが。
逆に言えばこちらが奇襲を仕掛ける形で攻撃すれば、接近される前にキメラリアの多くを撃破するのは容易だろう。加えて人質を獲得した敵は油断している可能性が高い。
「奇襲が無理なら力押しかい?」
「ま、最悪はな。とにかくシューニャさえ確保しちまえば、あの程度の連中マキナの敵じゃねぇんだ。あんまり無闇矢鱈に撃ちまくんなよ?」
「……善処しよう」
前方の木々がなくなり、平原が広がる。
運がいいのか悪いのかはわからないが、昨日野盗を攻撃した地点の傍であり付近には死体が転がっていた。
その中にまだ血を流し続ける新しい死体があることを、僕は確かに目にしたのである。
■
時はちょうど夜半の頃。
獣に跨った集団は奴隷獣車の周りを囲む形で、一路王都に向かい足を速めていた。
そんな中でも、御者席に腰かけた褐色肌の女は悠々とくつろいでいる。ビキニのような姿に透けて見える薄衣を纏う姿であり、隣で手綱を握る御者は役得と鼻の下を伸ばしている事だろう。
「行きしなよりも数が減りましたね。主様はお怒りになるかしら?」
彼女が声をかけたのは並走するアンヴに跨る男。全身のほとんどが毛皮で覆われていて、二足歩行で人語を解すほかに人間らしい部分がほとんどないケットだった。
所詮キメラリアであるため立場の違いは明確だが、しかしダマルの首を落とすことを命じられるなど、他と比べればまだ信頼されていたと言える。
「減ったとは申されても、所詮は我ら獣。作戦は上手く行ったのですから、フリードリヒ様はむしろ、タグリード様の手腕をお褒め下さるのでは?」
「可笑しい、自らもキメラリアでしょうに。服従している証だとでも?」
「道具としての分を弁えているだけです。死んだ者たちも同じでしょう」
リベレイタであるケットは、それをさも当然と言ってのける。
調教の賜物だったとしても、この男のような思考になれる者は珍しかった。特にケットの気質は奔放であり、一般の認識で忠誠は得難いとされる。
それを理解しているタグリードは、馬鹿にしたような口調で笑うと、興味もなさそうに視線を前に戻す。ただ退屈であることは変わらないため、それを紛らわすために彼女は言葉を続けた。
「彼はどうするでしょうね?」
「英雄、ですか? 噂通りのお人好しなら、ほどなく支配人様の軍門に下るかと思いますが」
「――そうね、それ以外にありえませんもの」
彼女はここ1週間ほど、様々な手を使い英雄アマミの身辺調査を行っていた。
その結果、タグリードは英雄に対し、子ども好きでキメラリア・コンプレックス、何より仲間を大切にしすぎているお人好し、という評価を下している。
ただしこの情報は精度に限界があった。ただでさえ英雄アマミは訓練を行う以外は宿からほぼ出歩くこともなく、金銭的に余裕のある浮浪者とでも言うべき生活を続けており、他に変わったところが見つからなかったのである。
おかげで得られた成果は、色仕掛けが難しいであろうことと、人質を取ることによって従属させられるのではないかという、あまりにも曖昧な情報に留まった。それでもフリードリヒは十分だと判断し、作戦の決行を決めている。
「強いて言えば……自分には作戦が少々大袈裟な気もしますがな」
「フリードリヒ様の命に獣風情が意見しますか?」
「滅相もない、ただの戯言です」
タグリードはケットに冷たい視線を送りはしたものの、実際このやり方がコスト高なのは薄々感じている事だった。そのため彼女はそれ以上ケットを咎めることもなく、ふぅと荒々しく息を吐いて不機嫌そうに腕を組む。
従順な組織コレクタを作り上げるためとして、長く情報を秘匿していたロガージョの巣穴を利用したのだ。それもクイーンの動きを制御した上で、復路で彼らを襲わせ分断するなど容易ではない。何とか成功したからよかったものの、コレクタユニオンも多くの手駒を失っている。
「籠絡できるならもっと楽だったのですが――ともかく、行程を急ぎましょう。英雄アマミは一晩で王都から巣穴までを走りきるウォーワゴンを操ります」
「ロガージョ・クイーンを足止めに使ったのですよ? 如何にテイマーとて、あれの相手には時間がかかるでしょう。心配されることはないのでは?」
「だといいのですけれどね」
常識的に考えれば、心配しすぎだと笑うケットの言葉は正しかった。
ロガージョ・クイーンは高い知能を持ち、数多のアーミーやワーカーを使役する強敵である。普段は最下層の空間に隠れているが、巣の危機と判断すればありったけの配下を集めて襲い掛かるため、途轍もない物量を相手に戦わねばならない。
今回の場合は巣穴の一部を敢えて崩壊させることでクイーンを閉じ込め、巣穴を分断して獲物を待ち伏せた。これはロガージョの習性を利用した罠である。
ロガージョは女王の間が巣穴から分断されると、女王の居る場所から別の巣穴を作り出す。この時点で古い巣穴は僅かなワーカーを残して廃棄されるのだが、そこへ新しいアーミーの亡骸を入れれば、クイーンは臭いを辿って新旧の巣穴を繋ぎなおし、強い防衛行動を起こすのだ。
これは巣穴の崩落等により自然に発生することもあり、四方八方から大量のアーミーに襲われるため、訓練された組織コレクタさえ全滅させる危険な状態であった。しかしミクスチャ殺しの英雄を足止めするには、これくらいの脅威が必要であろうとフリードリヒが判断したのである。
「クイーンを撃破するまで、普通ならどれくらいかかるでしょう?」
「水攻めが使えるなら2日。使えないなら燻し出すことになりますので、巣の規模が如何に小さくとも最低1週間はかかりますな」
このケットは長くリベレイタを務めており、それは経験に基づく作戦経過だった。
だがタグリードは小さく息を吐くと、緩く首を振って前提条件を切り替える。
「ならば、テイムドメイルを投入したとすればどうでしょう?」
「それは流石にわかりかねます。ロガージョ程度の細事にテイムドを使うなど聞いたこともありませんので」
基本的にテイムドメイルというのは、国家が誇る切札である。
対してロガージョは厄介者であっても脅威とはなりにくく、首都直下に巨大な巣でも作られない限り、使われることなどあり得ない。おかげで如何に熟練のリベレイタであっても、全く想像がつかない話だった。
それでもケットは暫く考えていたようだがったが、突如耳をぐるりと回したかと思えば、低い唸り声を上げる。
「――後ろから何か来ます」
「全員に備えさせてください」
タグリードが素早く指示を飛ばすと、ケットは全体に向かって手を上げた。
連携の取れたリベレイタ達は素早く各々の得物を抜き放つと、奴隷獣車の後方を固めるように動き始める。
「もしも英雄であったなら、確実に足止めしなさい。ブレインワーカーが人質に居る以上、容易く手出しはしてこないでしょうが、万が一ということもあり得ます」
「ハッ!」
獣車から離れていくケットを見送った後、タグリードは御者台から檻の上によじ登ると、暗闇が広がる後方に目を細めた。
カニバルと言っても種族上は人間であるため、雲が月明かりを遮る中で何かを目視するのは不可能に近い。しかし鋭敏なキメラリア達の夜目は何かを捉えたらしく、特に偵察能力に長けたアステリオンたちが騒ぎ始める。
それから程なくして、驚愕した様子でケットが叫び声を上げた。
「後方からウォーワゴン! なんて奴らだ、本当に追いついてきやがったぞ!」
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