第24話 借金返済大作戦の始まり

「銀貨200枚って……大きなお家が建ちますよ!?」


 金額が大きすぎて理解が及ばない僕に代わり、ファティマが仰天した声を上げる。

 それがどのくらいの規模の家を指しているのかはわからないが、一括で家を建てられるなら、確かに大金ではあろう。しかし、シューニャは話にならないとばかりに首を振る。


「帝国軍正規兵の俸給は大体銅貨500枚と言われる。大雑把な例えだけど、600人の正規兵で30日以内にミクスチャを発見し撃破できる計算になる」


「それは難しいのかい?」


 600人となると1つの攻撃目標相手なら結構な戦力である。それだけの人数が一斉に火矢でも放てば対象を燃やすことくらいは可能だろうし、バリスタなどの強力な兵器を用いれば、生物を仕留めることは難しくないようにも思う。

 だが、シューニャの口調は、その程度で勝てるなら苦労しない、と言わんばかりのものだった。


「私も直接ミクスチャを見たことがあるわけではないけど、今までのミクスチャとの戦闘記録は読んでいる。さっきマティが出した事例、2年前に現れたは、小国パセタをおよそ1ヶ月で滅ぼしている」


「……あんまり聞きたくないんだが、そのパセタの防衛兵力は?」


 小国と呼ばれていても国は国だ。一体どれほどの被害が出たのかと、僕の額には汗が伝う。

 それに答えたのはシューニャではなく、笑みを深めるグランマだった。


「いい耳をもっているな小娘。アマミ、パセタ軍の総戦力はおよそ3000と言われていた。実際、討伐に打って出た部隊の総数は、首都カネンの防衛戦力以外で2500。カネンを守るために残っていた兵が500だとは聞いていないが、まぁ間違いないだろうさ」


 コツン、とグランマの持っていた長パイプが机を叩いた。


「パセタが滅茶苦茶にされた後、こいつを葬ったのはユライア王国の精鋭部隊1500人とテイムドメイル2体だったよ。国境線沿いの峠道に誘い込んで動きを封じ、大量の落石で押しつぶした上から、熱した油を撒いて火をつけ、それでも奴は手負いのまま生き延びて精鋭たちとぶつかった。結局、部隊の3分の1とテイムドメイル1体を犠牲にして、辛くも勝利したって話さ」


 馬鹿な話だろう、と老婆は鼻を鳴らす。

 国を滅ぼすほどの脅威。3000人以上の歩兵を蹴散らすだけの力と、質量攻撃にも焼夷攻撃にも耐える強靭な生命力。シューニャが割に合わないと言うのも頷ける。

 だが、気になる言葉が混ざっていた。それは戦力分析として、この時代の歩兵戦力よりもよっぽど基準となるものだ。


「グランマ、そのテイムドメイルはどのようなものだったんでしょうか?」


「ユライア王国のテイムドメイルといえば、あの有名なカーネリアン・ナイト紅玉髄の騎士だよ。美しいオレンジ色の見た目で、光の矢を持った騎士様さ」


「光の矢を持ったオレンジ色の騎士……」


 そんな色をした機体があっただろうかと首を捻る。

 美しいとグランマが言った以上、800年の間で色褪せてそんな色になったというわけでもないのなら、練習機や試験機のように特別明るい色の塗装を施さなければならないような役割のマキナと言うことになる。


「カーネリアン・ナイトは侵攻戦や討伐戦への参加が多かった。だからオブシディアン・黒曜石のナイト騎士がユライアの盾と呼ばれていることに対して、ユライアの剣と言われることも多い。噂によれば、カーネリアン・ナイトの兜は後頭部に特徴的な分岐した角のような飾りがあったとか」


 シューニャはやや沈んだ面持ちだったが、それでも自分の役目とばかりにグランマの言葉を補足してくれる。その情報は、自分にとって少々苦いものだったが。


「それってもしかして――こういう形かい?」


 両手でYの字を作ってシューニャの方に向けると、彼女は不思議そうに小さく頷く。

 ヴァミリオンで間違いない、と僕は大きく息を吐いた。

 思い出されるのは、戦場で最もよく出会う敵だった暗い朱色のマキナである。共和国が誇った最大の軍事企業である、カラーフラインダストリ製の第二世代型。

 人間の動きに対する反応速度が早いのか、熟練者が乗れば相応に厄介な相手だった。

 無人制御であったとはいえ、それが負けたのが信じられない。一応にも兵器として作られたマキナが、どんな形態であれ自然の生物に対してだ。


「それで、どうだいアマミ。情報収集してくるだけでも金は出すよ」


 予期せぬ脅威から僕の表情は自然と硬くなっていたのだろう。少し焦れた様子でグランマはパイプで小さく机を叩き、身を乗り出して選択を迫ってくる。しかし、これにはシューニャが真っ向から反論した。


「情報収集といっても、情報が不明瞭なミクスチャに近づくのは自殺行為。報酬の問題じゃ――」


「小娘は黙ってな! お前はアマミに伝えるべきことを伝えていればいいんだ」


「ッ……! キョウイチ! これはあまりにも危険すぎる! 受けるべきではない」


 烈火のような一声に、シューニャはグランマに何を言っても無駄だと悟ったのだろう。ならばとばかりに僕の裾を掴んで、懇願するように見上げてくる。

 だが、僕はしばし沈黙した後、はっきりと伝えた。


「グランマ、その依頼を受領します。その代わり、ミクスチャへの情報収集だけなら今の金額で、撃破した場合は上乗せをお願いする」


「キョウイチ!」


 小さな彼女の叫びは、今までに聞いたことのないような悲壮なものだったように思う。

 それはまるで、自分が死にに行くかのようだと苦笑するが、実際そうだとばかりにシューニャは僕の身体を揺さぶった。


「軍が勝てない相手に、私たちだけで行くのは不可能! 死にたいとでも言うの!?」


「そんなつもりはないよ。大丈夫だから、信じてくれ」


 僕は苦笑しながら金紗の頭をポンポンと叩く。しかし、聞き入れてもらえないとわかるや、彼女はファティマの元へと泣きつくように離れてしまった。

 ただ、この反応は当たり前だっただろう。常識外れなのは間違いなく自分なのだ。

 その常識外れに対して、老婆は面白いと言いたげにニィと口を裂いていたが。


「この報酬金額はコレクタユニオンの一支部が出せる限界なんだよ。銀貨そのものが不足していてね。だからって金貨を渡すと、お前たちじゃ持ってること自体怪しまれちまう」


「そう、ですね」


 以前聞いた金貨の扱いは、そのほとんどが国家間の交易や大店の商取引だ。どちらも身分がハッキリとした中流階級以上で、放浪者が持って居れば盗んだと考えられる方が自然だろう。

 わかってるわかってるとグランマは頷き、最初から準備していたかのように代案を提示してきた。


「さすがにこの依頼を任せといて要求一つ呑まないってんじゃ、こっちも心苦しいからね。あたしが個人的に持っている宝石を銀貨200枚分上乗せしてやろう。それなら、お前たちのような労働者階級以下が持っていたって咎められることもないだろうし、持ち運びもしやすい。流石にそんだけありゃあ、一生とは言わないまでも優雅な暮らしができるだろう。どうだい?」


「ええ、それで結構です。後、依頼遂行中はファティマの装備品一式の返却と、借金返済の猶予、最後に事前準備のためにいくらか報酬を前借させていただきたい」


「もちろんだ。成功のためなら、コレクタユニオンはお前たちに手を貸すことを厭わない。マティ、銀貨を5枚取ってきな」


 グランマが一声かければ、マティは放たれた矢のように駆けていき、直ぐに5枚の銀貨を持って戻ってくる。これで飢えると言うことはないだろう。


「ありがとうございます。契約成立としましょう」


「よーしよし、それじゃあここにサインを書いとくれ」


 渡された書面を一応シューニャに見てもらおうと思ったが、未だにファティマに抱きついたままだったので、代わりにファティマにお願いしたところ、彼女はやれやれと首を振りながら読み上げてくれ、ついでにサインも書いて貰った。


「おにーさん……すみませんが、ちょっと先に外へ出てますね?」


「ああ、ありがとう」


 書類をグランマに差し戻すと、ファティマは鼻を啜るシューニャを落ち着かせるためか、彼女の肩を抱きながら静かに天幕を後にする。

 1人残された自分も、老婆が書類に目を通し終えさえすれば長居する理由もなかったため、これでひと段落と小さく息をついていた。

 しかし、こちらの安堵を尻目に、老婆はファティマ達が天幕から立ち去ってから、何かを思い出したように手を叩く。


「そうだ、便宜のことを忘れていたね。こいつを持っていくといい」


 そう言って、老婆が差し出してきたのは小さなバッジである。銀で装飾されているのか美しい輝きを持っており、何かカラスのような鳥が刻まれているなど凝った意匠が散見された。


「よくわからないのですが……これは装飾品、ですか?」


「お守りみたいなものさ。何か困った時に人へ見せれば、力になってくれるかもしれないって程度だけどね」


「はぁ……?」


 兵士にジンクスのようなものはよくあるが、自分はそういう類の話をあまり信じていなかったことから、お守りという言葉には少々困惑してしまう。

 しかし、小さくて嵩張らない高級そうなアイテムをタダでくれると言う以上、無下に断って心証を悪化させる必要もないと考え、僕は小さなバッジを箱から受け取ってポケットにしまいこんだ。


「素直なのはいいことだぞアマミ。ついでだし、この果物も持って帰るといい」


「いいのですか? 果物は高価だと聞きますが」


「アタシはどうも好きじゃなくてね。置いといて腐らせるくらいなら、出陣祝いにはいいだろう。女どもにでも食わせてやれ」


「あ、ありがとうございます」


 グランマはそう言ってこちらに編籠をそのまま差し出してくる。

 甘味など現代に目覚めてこの方口にしたことがなかった僕としては、先ほどのよくわからないお守りバッジより、即物的なこちらの方が余程ありがたい。

 僕は籠ごとそれを受け取り、今度こそと椅子から立ち上がってグランマに一礼した。信用したわけではないが、融通も利かせてくれたのだから大人として最低限の礼儀を払う。

 そして天幕を出ようとしたところで、ふと忘れていることを思い出した。


「そうだ、マティさん」


「はい?」


 キョトンとするマティに対し、僕は籠からよくわからない黄色く丸い果物を1つ取り出して、彼女に軽く投げ渡した。それをマティが慌てながらもなんとか落さず受け取ったのを見て、肩越しに微笑みかける。


「迷惑をかけたお詫びです。それでは、また」


 味どころかどうやって食べていいかさえわかっていない貰い物を軽々しく手渡すのはどうかと思ったが、自分に裁量権が与えられた高級品なら渡すのも自由だろう。

 そして僕は引き留めようとしたらしいマティの声を努めて無視し、足早に小天幕から出ていった。

 こうして僕の目標は、ただの国境越えから大きく外れ、目標を化物の討伐へとシフトしたのである。

 その背後で、空を切った手を伸ばしたままで、マティは呆然としながらグランマへと視線を流した。


「え、えぇ……これはどうすれば」


「ヒッヒッヒ。女どもにアンタが入ってるとは思わなかったよ。食ったらいいじゃないか」


 老婆が面白そうに笑う声が、コレクタユニオンの奥で響いていたのを、僕は知る由もなかったが。

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