第5話 蒐集家

 ギャラギャラと喧しい音を立てながら装甲マキナ支援車シャルトルズ、玉匣たまくしげは荒野をゆっくり進む。

 もっぱら今の目標は食料と情報の確保だ。そしてどちらにせよ金、あるいは金を稼ぐ手段が必要だろうと考えていた。

 とはいえ、先のような街道にポツンとある酒場ではそれも難しいだろうから、どこかで集落や町を探す必要がある。

 しかも文明が衰退しているらしい現代では、走る我が家とマキナに骨を加えた僕たちが、簡単に人間に接触するのも難しい状況になっていた。


『俺って性別的にはどう見えるんだろうなぁ?』


 砲手席に座った僕に、運転席のダマルから無線が飛んでくる。

 

「そんなこと考えてたのかい君は」


 人が真剣に悩んでいる時に悠長な物だとも思ったが、実際悩んだところで結論が出ない話ばかりでは進めようもなく、僕もため息をついて骨の話題に乗ることにした。


「名前から判断できないってのは痛いんじゃない?」


『見ても聞いてもわからんってぇのじゃあ、無理だな。温泉入りてぇ時はどーしたらいーんだろぉーなぁー……』


 温泉などというものが今も残っているのかはわからない。だが、埃っぽい環境を走っていると湯に浸かりたくなる気持ちはよくわかる。

 加えて街道から少し離れた場所を走り続けているせいで、余計に砂埃が立ち上がってくるのだ。

 機械を見たことがない人間が、いきなり鉄の塊が物凄い速度で突っ込んできた、なんてなれば腰を抜かすに決まっている。結果として現代の社会に溶け込める可能性を減らしてしまうのはいただけない。

 人間は1人で生きることが難しく、こと文明の利器や発展した都市でぬくぬくしていた自分たちはそれが顕著だ。農耕できる土地も技術も種苗もない、狩猟も経験したことがなく素人となれば、根本生きていくための食料確保が死活問題となってくる。

 できることと言えば釣り糸を海やら川やらに垂らすくらいだが、それだけで食いつなごうなどと考えるのはあまりにも無謀過ぎた。

 だが、社会に溶け込もうにも手元に情報がない。だから今はそれを拾えるタイミングを待っている。

 しかもその情報という奴にはどうやら足が生えていて、その上こちらをわざわざ追いかけてきてくれているようなのだが。


『連中に動きはぁ?』


 ダマルが気が抜けたように聞いてくる。

 レーダーを見ればわかるだろうに、と思いつつ暇な僕も変化なしと律義に答えてやった。

 砲塔に装備された全方位カメラを使って後方を確認しても、残念ながらは動かない。


『なぁ、もうこっちから仕掛けてもいいんじゃねぇかぁ?』


「そういう訳にもいかないだろう。多分コレクタっていう連中に間違いはないんだろうけど、あれの目的がわからないんだから」


 レーダーに映る10人ほどの集団に、ダマルは何度目かわからないため息を落とした。

 そもそもの発端は昨晩である。

 焚火を消して玉匣に入った時、搭載されたレーダーが音を発したのだ。

 ダマルは素早くレーダーにかぶりつき、僕は直ちに翡翠に搭乗する準備を始めた。


「4人……6人か。ゆっくり近づいてる。発見状態は不明だが、普通この距離じゃ夜には見えねぇぞ」


「焚火の光だろう」


 ついさっき踏み消した炎を考えれば不思議でもない。

 激しい凹凸が続く荒野とはいえ、高所から望む場所も多い。それも星明りだけの夜闇では、比較的遠い場所からでも炎光が見える可能性は十分にあった。


「だとしたら、火を消すのを待ってたってのか? レーダーに映らないような地形の陰からよ」


「意外と当てにならないからねぇ……」


 そもそも偵察衛星とリンクして稼働することを前提にしている装備である。地形の起伏があればレーダーはそれに阻まれて相手を探知しにくく、実際戦場ではジャミングを受けて役に立たないこともよくあったのだ。

 おかげで腹も立たない。


「さて、どうする? 夜這いのスケベ野郎どもは、今の速度なら10分くらいでこっちに来るぜ?」


 ダマルは僕にその白い顔を向けて聞く。

 だが、選べる道は少なく、相手が不明瞭ではどうしようもない。


「僕はマキナで待機する。向こうがやる気なら……まぁ苦しませないように」


 だろうな。とダマルは笑う。

 その様子が死神のようにしか見えないことを指摘すると、ダマルはそりゃ不味いと口を結んだ。結局まともに表情なんて存在しないのだが。

 ターンテーブル上で背面を向いた翡翠を着装してシステムを確認。車体後部のハッチ前で、いつでも飛び出せるように身構えてその時を待つ。

 そう、待っていたのだ。


『あれから半日経つが、あいつらはなんなんだァ?』


 つかず離れず追跡してくるだけで、向こうから手出ししてくることはなかった。

 あとは徐々に数を増やしているという点だけが気がかりだが、数百人が相手でもこちらの優位は揺るがない。それも徒歩で追跡されている以上振り切るのも容易だ。

 そう考えて、僕は既にマキナを着装しようという気にすらならなくなっている。


「明らかに増援を待ちつつ、接触を続けてるって感じだね。潜水艦みたいだ」


『だとしたら随分ポンコツな潜水艦だぜ。隠れてるつもりらしいが、あれじゃ丸見えだ』


 モニター越しに見える謎の集団は、体勢を低くしながら進んではいるが遮蔽物が少なすぎていかんせん丸見えだった。

 何よりその装備がよくない。鎖帷子の上にベストのような胸甲を着込んでいるのだが、金属製の装備は反射が目立ってしまっている。

 しかし、僕は比較的統一された装備から、ダマルが言っていた野盗とは大きく毛色が違っているように思えていた。

 少なくとも冶金技術は明らかに上だろう。鎖帷子の製造は非常に手間であり、ベスト状の胸甲もそれぞれの体格に合わせて作っているとすれば、鍛冶師という仕事がしっかり成り立っているのは間違いない。

 軍隊と言うには歪でありながら、賊というには統率の取れた格好の連中は、着かず離れずひたすら追跡を続けてくる。それはなんと日没を迎えてなお継続されたのだ。

 こちらとしては玉匣を走らせ続けるだけなので、尻が痛いと言うダマルと運転を交代しさえすれば特に問題もなかったが、謎の追跡者たちには落伍者も出たことだろう。

 可哀そうだと憐憫の情を感じなくもないが、それを向けられる相手かどうかを計るには、結局情報が足りないままだった。



 ■


 リビングメイルが現れたという情報をコレクタ蒐集家が掴んだのは1週間ほど前だった。それもテイムドメイルと呼ばれる人間に従う、非常に珍しい個体がただの盗賊に連れられているのだという。

 ただでさえ数の少ないリビングメイルの価値は計り知れない。運よく生きたまま捕まえられれば、どこぞの国に召し抱えられて貴族やら将に成り上がれる。殺した場合でもテクニカ技術者集団に売りつければ、しばらくは遊んで暮らせる金を払ってくれるに違いない。

 盗賊は頭が回らないのか今の生活を気に入っているのか、それを売り込むつもりはないようだ。

 とはいえ、コレクタの面々は違う。盗賊より少しは頭が回る無頼漢たちは、満足のいく食事ができて、酒に困らず、女を抱けて、あるいは男と居られる幸せを噛み締めたいという庶民的欲望に燃えていた。

 そして方々ほうぼうに流れた情報は彼らを刺激し、その中でも特に優れた者たちが勢い勇んでテイムドメイルの追撃を開始したのだ。

 時は昨日の夜に遡る。

 無事一番乗りを果たしたコレクタの野営地の片隅に、私はむっつりと座り込んでいた。

 その理由は至って単純で、テイムドメイルを相手取って戦おうという時に、コレクタの連中は、これに勝ったら、等と夢を語り合うばかりで現実に目を向けようとしないのだ。

 それが悪いとは言わないし、むしろ健全だろうとも思う。だが、ここまで既に1週間、ずっとそんな調子で他愛ない会話を続けられては嫌にもなってくる。

 信頼と言えば聞こえはいいが、リーダーに命を預けたからなどと丸投げするのは、流石に違うと思うのだ。

 そんな私の不機嫌なオーラを悟ってか、コレクタの連中で話しかけてくる者は居ない。ただ1人、顔色を窺うことをしない彼女を除いては。


「シューニャ、何を考えているんですかぁ?」


 人間にあるまじき大きな獣耳をパタパタとさせながら、これまた毛艶のいい長い尻尾をフリフリやってきたのは、男臭い集団の中で珍しい橙色の髪の女性である。

 

「テイムドメイル相手に、どう立ち回れば捕縛できるか考えていた」


 私は獣耳の少女、ファティマを一瞥してため息をついた。

 とはいえ、私は彼女を邪険にするつもりはない。何かと煙たがられるブレインワーカーという参謀格の自分に対し、彼女は大きな耳で話だけは聞いてくれるのだから。

 捕縛、と私は口にしておきながら、その難しさに目を瞑る。

 それぞれのコレクタは頭数や武装の調達に躍起になってはいるが、その程度でどうにかできるものなら、各国家軍が他国との戦争抑止にテイムドメイルを用いるわけもない。

 最も単純かつ最も効果が高いのは、奇襲でテイマー命令者を殺すことだが、動き回る金属鎧は鼻が利くのか敵を見つける能力が高いため、それも簡単ではない。

 でなければ、どうにかしてテイムドメイルとテイマーとを分断する必要があるのだが、囮を作れば命をすり減らすばかりで、結局悩みは尽きないのだ。

 しかし何を思ったのか、ファティマはあくびをかみ殺しながら的外れなことを口にした。


「シューニャはボクが守ってあげますからダイジョーブですよぉ」


「……ファティなら勝てる?」


「どうでしょーね。ボクもやったことないですけど、最初から負ける気なんてありませんよ」


 そう言って彼女はグッと身体を伸ばす。その所作はまるで本物の獣のようだった。

 いつも彼女の声を聴くと少しだけ肩の力が抜ける。おかげで、イライラしていた頭の中が幾分クリアになった気がした。

 悩んだって仕方がない。成功すれば私はに入れてもらえるだろうし、失敗すれば死ぬだけだ。

 よし、と腹を括ったシューニャはリーダーに奇襲作戦を伝えようとして立ち上がった。


「お、おい、聞いてくれーッ! テイムドが……テイムドが破壊されたぞ!」


「……え?」


だというのに、野営地へ駆け戻ってきた斥候の男の言葉に、私はしっかり出鼻を挫かれたのだ。

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