第85話:夏のラシェ風物詩

 みなさんこんにちは、リオネッサです。わたしは今、実家ラシェにいます。

 そして目の前には喜々として畑仕事を手伝うバルタザールさん……。


「たまには体を動かすのもいいね!」


 キラキラと輝いてる……。そんなに出かけたかったんですね……。

 いつも留守番でしてもんね。どうぞ好きなだけラシェを満喫してください。

 世間話でラシェでの滞在期間が短くなると報告した翌日、なんだかメイドたちが慌ただしいなあ、なんて思っていたら、にこにこ笑顔のバルタザールさんが迎えに来た。

 な、なにを言ってるかわからないだろうけれど、わたしもなにを言ってるかわからない。

 まとめられた手荷物といっしょに、魔王さまとエルフィーに見送られて、時空空間でラシェ村についた。

 うーん。やっぱりわけがわからない。

 ちゃんと人界側の許可とか、もろもろもらったらしいけれども。

 王都留学組に会いに行けなかったのは心残りだ。わたしの代わりにエルフィーが行ってくれると約束してくれた。さすエル。

 わたしはこのまま魔王さまとエルフィーの帰りをラシェで待つらしい。

 手鏡通信できるからいいけど。いいけど!

 事前相談くらいしてくれてもよくない?! せめて! 事前連絡を!

 ……って言えたらなあ……。

 あんな楽しそうなバルタザールさんに水なんて差せなあい……。

 バルタザールさんの機嫌は良いほうがいいもんね、ウン……。


「いやあ、いい汗かいた!」

「お疲れさまです」


 魔王城では脱ぐことのなかったローブを脱いで、ごく薄着になったバルタザールさんは、果実水をぐびぐび飲んだ。


「ちゃんと汗を拭いてくださいね。体が冷えてカゼをひいちゃうかもしれませんから」

「ありがとう。まあ、ユキオオカミ族僕らは汗をかかないんだけどね」

「そうなんですか?」


 ええー、なら今の発言はなんだったんですか。


「お約束ってやつだよ」


 青い舌べろをだらーんと伸ばしている姿は、犬と変わらないバルタザールさんだけれど、犬よりもうんと大きい。あとこわい。

 いつもならその辺をのんびり歩いている犬や猫たちが、バルタザールさんを視界に入れた瞬間、毛を逆立てて一目散に物影に隠れるくらいこわい。


「バルさん、今暇かい?」

「ああ、大丈夫。氷かい?」

「おう、樽一杯頼まあ!」

「お安いご用さ」


 夏真っ盛りの今の季節にバルタザールさんの得意魔術は村の皆に引っ張りだこだった。

 氷室にも顔を出していて、温度を保つ魔法陣を設置したらしく、来年は質の良い氷ができそうだとおじさんたちは笑っていた。

 起動中は魔力が必要だけれど、魔力を余らせている人はラシェにはけっこういたりするので、問題ない。わたしにはまったく魔術素養はないけれども。


「バルさんのおかげで今日は活きの良い魚が食えますわ。

 今女房たちが作ってるんで、カキ氷をお持ちしまさあ。何味にします?」

「カキ氷?」

「氷で作るおやつです。甘くておいしいですよ」

「甘いのか。それなら実物を見に行かないと。氷はその後で構わないかい?」

「あっはっは。もちろんでさあ。いやあ、バルさんは生粋の甘ぇもん好きだなあ」

「それほどでも」


 いそいそとカキ氷作りの現場に向かうバルタザールさんのしっぽが忙しくゆれている。

 いつもはローブで隠れてたからわからなかったけれど、魔王城でもしっぽをふってたりしたのかなあ。


***


 カキ氷を一度に食べすぎて、頭が痛くなったりしたけれど、わたしは元気です。

 バルタザールさんはおばさんたちが作ったものも喜んで食べていたけれど、最終的には自分もカキ氷作りに参加していた。

 どこから出したのか、チョコソースをかけたりして。もしかして持ち歩いてるですか。そうですか。

 おいしかったので、バルタザールさんに頼んでカキ氷を魔王さまたちに送ってもらった。空間魔術って便利だなあ。

 冷たくて美味しい、と喜んでもらえた。

 アルバンさんはゼイマスペルに売り出してみましょうか、と思案顔だった。売る前に氷が溶けると思います。

 魔王さまたちはまだまだ予定が空きそうにないらしい。

 合流できなくてすまない、と謝られてしまった。

 そんな! 魔王さまのせいじゃないのに!

 さみしいけれど、だいじょぶです。待ってますから、お身体に気をつけてくださいね、魔王さま。

 エルフィーはなぜだか天帝と話す機会があったらしい。


「ママにはもう二度と、手は出させない、から。安心、してね」


 と言って笑っていたけれど、いったいどんな話しあいをしたんだろう。

 まあ天魔大戦にならなきゃいいか。


「僕はこのあと酒造農家に行ってくるよ」

「ああ、アルバンさんに頼まれたんですね」

「そう。彼らのおかげで美味しい酒ができそうだからね。お礼と、現状報告はしておかないと」


 去年から作っているベニーモ酒はそれなりに順調であるらしかった。アルバンさんとバルタザールさんが、個人的に楽しむだけの量しか作ってないそれを、うまくできたら量を増やしていって酒蔵を建設する予定――らしいけれど、なんだかちょっと心配になるのはどうしてだろう。

 日ごろからストレスをためまくってる人が飲むのはよくないと思うんですよ。魔王城の修理費が上がりませんように。


「そういう訳だから村からでないようにね。何かあればすぐ叫ぶ事」

「はーい」


 お礼の魔界植物を手に、バルタザールさんは酒造農家に向かって行った。甘いものがお酒にむいていると聞いて、お気に入りの果実をアルバンさんと選びあったという話だ。甘党なのにお酒もいけるんだなー。

 護衛なのにわたしのそばを離れるのはラシェ村の周りにバルタザールさんが結界を張ったからだ。これを破れるのは魔王さまくらいらしい。村の外に出るとバルタザールさんが張ってくれた結界の意味がなくなってしまうけれども、もとから外に用事などない。

 昔だったら川に釣りをしに行ったり、森に罠を仕掛けにいったりしたけれど。

 ふっふっふー。わたしも大人になったということです。

 今日は暑すぎて、編み物をやる気力もわかない。家に帰って読書にいそしむとしますか。

 月食みの最新刊をまだ途中までしか読んでないし。


「オ嬢サン、オ嬢サン、チョイトオ待チニナッテオクレ」


 にぎやかな蟲の声に交じってざらりとした声が聞こえてきた。

 こういうときは、声に耳をかたむけてもいけないし、声のしたほうに目を向けてもいけない。

 わたしは家に向けていた足を方向転換させた。


「オ嬢サン、オ嬢サン、チョイト頼マレテオクレ」


 日差しが強くて、影の濃い日によくあることだ。

 うっかり聞こえているとあちらさんに理解されると面倒なことになる。

 なので、ラシェではたいてい無視するよう教わる。他の村では対応が違うらしい。


「オ嬢サン、オ嬢サン、オ嬢サン、オ嬢」

「ジーノおじさーん! お願いしまーす!」


 ちょうどジーノおじさんがいたので、手をふって合図すると、いつもは小ぶりな角をちょっぴり赤く大きくして、ジーノおじさんは大ジャンプ、からの両手で地面をぶっ叩いた。

 久しぶりの地響きだ。これ聞くと夏だー! って感じがするなー。


「ありがと、おじさん」

「おう。気ぃつけて帰れよ」

「うん」


 あれはカゲスミさんと名付けられていて、子どもにしか声をかけないはずなんだけれど………。

 ちょっと腹が立ったので、カゲスミさんが苦手にしているという苦みの強い野菜を物影に置いておいた。

 わたしはもう十七なんですが?!

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