第83話:迷路を抜けて

 みなさんこんにちは。

 天帝と追いかけっこをして、なぜなに質問コーナーを開いて、異変にようやく気付いたらしいお付きの人たちに猛抗議したリオネッサです。

 天界人は美男美女が揃っていたけれど、中身はわりとロクなもんじゃないなと学びました、ハイ。

 なぜだかわたしに懐いた五才児のような天帝に、それを見てぜひ天帝妃にとか言い出すお付きの人たち。

 うーん。ロクな人がいなかった。わたしは魔王妃だって言ってるのに!

 あとわたしを迎えに来てくれたレギーナさんたちを見てロコツに顔をしかめてくださりやがったので、もう二度と天帝からのお誘いを受けないことを誓った。今回だって誘われた覚えはないのだけれども。

 天帝は珍しそうに見ていただけだったけれど、お付きの人たちは隠しもせずに顔を歪めていた。むしろ隠す気もなかったのだろう。袖でおおげさに顔を覆ってたりしたし。

 あの人たちに拳をかまさなかったわたしエライ。


「あの、また、会える?」

「むりです」


 イイ笑顔でお断りさせていただいた。二度と会うか。

 天帝が青ざめて涙目になっても見なかったことにさせてもらうね!


「なぜです、天帝様のお誘いを断るだなんてどうかしています」

「天帝様はこんなにも素晴らしいお方なのですよ」

「何をおいてもお会いになられるべきです」


 お付きの人たちにわたしの猛抗議はちっとも届いていなかったらしい。悔い改める気も反省する気もまったく感じられない。

 天界、こんなのばっかりなのか。今までよく回ってきたな。


「ですから先程も申しました通り、わたくしは魔王妃ですので、天帝陛下と二人きりで会う事は今後一切、未来永劫、ありません。

 それにわたくしの意思を確認することもなく拉致するような方とお近付きにはなりたくありません。それを容認、または推奨する方たちともです。

 本来ならば戦争になりかねないことをしでかしたというご自覚はおありですか? 戦争になれば一番の被害を被るのは国民たちなのですよ? 上に立つ者としてそんな事も考えられない方と一切かかわることはありません。

 わたくしとお話になりたいというのでしたら、まず魔王陛下にお伺いを立てるのが正規の手順ではありませんか。天界ではこのような無礼を許されると言うのですか?」


 わたしの剣幕に一瞬ひるむお付きたちだったけれど、すぐに天帝の素晴らしいところを垂れ流し始めた。

 言葉は通じていても話はまったく伝わっていない。

 天帝は居心地悪げに高い背を縮こませていた。

 ………かわいそうに。

 ふだんから自分の話を聞き入れてもらえないんだろう。だから声のひとつも出せないでいるのだ。


「あなたたちの話を聞く気はありません。少々口を閉じていただけますか。

 魔界と天界の違いはあれ、魔王妃であるわたくしと、天帝陛下よりも身分の低いあなたたちは誰の許しを得て話をしているのです。

 わたくしは許可しておりません。天帝陛下も同様です。わたくしの言葉が理解できるのなら、しばし控えていなさい」


 お付きたちはめいめいに天帝を見たが、わたしはうろたえる天帝にうなずいてお付きたちを下がらせた。

 わたし史上ものすごく王妃さまっぽい言動をしてしまった。いらついていたとはいえ、すごく命令してしまった。

 うぅわあああ。今さら冷や汗が!

 いやいやいや、でも間違ってないし! 天帝を敬ってるフリして軽んじてるあの人たちが悪いし! ウン!


「天帝陛下にはおわかりいただけているようでなによりっです。

 これからはあなたの疑問に答え、時にはあなたをいさめてくださるかたをお側におかれたほうがよろしいかと存じますわ」

「………」


 そんな人いるの? といった顔で首を傾げられた。

 ほんとによく回ってるな、天界。


「身分年齢性別を問わず根気よく探し続けるのならばいつかは見つかるかと」


 そうかなあ、という顔で今度は反対側に首をかしげられた。

 なんだか実家ラシェで子守りのバイトをしている気分だ。


「まずは一般常識を学ばれるのがよろしいかと存じます。天界だけではなく、人界や魔界といった幅広い知識を吸収していけば比較対象も増えますし」


 天帝の後ろでお付きたちが余計なことを言うな! という風ににらんでくるけれど、知ったこっちゃない。

 あんたらが何もしてこなかったから、今わたしが困ってるんですけど?

 わたしに人事権があるならまずうしろの三人をクビにする。ぜったいにだ。


「天帝陛下の信頼がおけるかたが見つかるよう、遠い空の下からお祈り申しあげますわ」


 あんたらはまったく信頼できねーな! とお付き共に笑いかけて、わたしはきびすを返した。


「あ、あの……リオネッサ……様」

「なんでしょうか」


 天帝の声に立ち止まり、ふり返る。

 わたしの手を掴もうとした手を引っこめて、もじもじとしている天帝は困りきった表情だった。


「また会っては、もらえない……のですね」

「はい」


 きっぱりと言い切る。

 今後会う機会があったとしても、それは公式の場で、魔王さまといっしょに、だろう。二人きりではもう二度と会わない。

 そのあたりを天帝はわかってくれたらしい。素直でイイコだなー。後ろの従者たちと違って。


「お手紙を書くのは、いいですか……?」


 見た目は立派な成人男性の天帝は、けれど中身はまるで子どもだった。友達がいない感じの。


「魔王さまといっしょに読んでもいいのなら」

「!

 はい、いいです。あの、お返事はもらえますか?」

「時間がかかるかもしれませんし、代筆でもかまわないのであればお書きいたしますわ」


 沈んでいた様子の天帝がぱあ、と笑顔になった。

 こくこくと何度も肯く。もうすっかり子どもだった。


「お手紙、書きます。お返事、待ってます」


 う~ん。エルフィーよりも子どもっぽいような。

 エルフィーはまだ一才なんですけれども。だいじょぶか、天界。

 お付き共は笑顔満開の天帝に見惚れていた。

 だめだこの人たち。


「とりあえず、あなたの笑顔に見惚れて使い物にならなくなるような人を教師にするのはやめたほうがいいですよ」

「…………うん」


 ちろり、と後ろのお付き共を見て天帝は肯いた。


***


「……とまあ、そんなわけで天帝と文通することになりました」

『……………………』


 通信鏡の向こうのバルタザールさんに頭を抱えさせてしまった。

 すみません。どうしてこうなったのかわたしにもわかりません。

 けれどもロクな教育係のいない天界に問題があると思います、ハイ。

 今回の騒動で多すぎる光粒子をはじいて大量に手に入った石を見せながらの報告は、やはりバルタザールさんの予想外だったらしい。

 魔王さまのひざの上で、背中に魔王さまの体温を感じ、腰にはエルフィーを巻きつけての報告だったのだけれど、わたしのかっこうよりも内容のほうがよほど衝撃的だったようだ。


「バルタザール、天界に知己を得るのは素晴らしい事だと思う。相手も見識を広める切っ掛けになったようだし……」

『その相手は天帝だけどね。しかも魔王妃リオネッサを拉致するくらいに非常識な』

「………ウム」

『以外に素直だったらしいから良かったものの、下手したら永遠に帰ってこれなかった可能性もあった。わかってるのか、フリッツ」

「……………………………ウム」


 わたしの頭をなでていた魔王さまの手がこわばる。

 わたしに抱き着いていたエルフィーの腕の力が強くなった。

 エルフィー、ぎぶぎぶ。夕飯が出ちゃう。


『来年からは会議への出席を見送るべきかもね』

「……ウム」


 エルフィーも無言で肯いた。


「わたしはそれでもかまいませんけど、一年分の日光浴はしたいですねー」

『じゃあヴァーダイアで。護衛は僕が付けばいいだろう。いやあ楽しみだなあ、常春の領ヴァーダイア


 本気だ。本気の目だ。


「あの、魔王さまと離れるのはちょっと……」

「私もリオネッサと離れるのは少し……」


 そろそろ~、と二人そろって挙手するとだろうね、と笑われた。

 よ、よかった。まだ目が笑ってる。


『仕方がないから来年は僕も同行しよう。それなら絶対に入り込まれないし、ちょっかいだってかけさせない』


 来年までに下が育ちそうでね、と機嫌良く話すバルタザールさんの後ろから絶望に満ちた悲鳴が聞こえた気がするけれど、わたしたちは聞こえなかったことにした。

 バルタザールさん、観光する気なんだろうな……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る