第50話:祭りの夜
「ほらほらエンリョしないで。ワインもあるよ、どんどん飲んでおくれ!」
ボーナおばあちゃんにつかま……誘われたわたしたちは集会場でぶどうタルトを食べていた。
みんな、魔王さまと言わないだけでもうぜったいわかってる。
「魔――お兄さんこれも美味しいよ! 食べな食べな!」
「搾りたてのザクロジュースだよ魔おっ、兄さん!」
「揚げ芋追加お待ちィ! 熱々のうちに食べてくれよなっ! 魔おぅお兄さん!」
「陛――ヘイヘイ、焼き鳥特製ソースがけ! 美味いよ美味いよー!」
「りんごを飾り切りしてみました。きれいでしょう? お納めください魔お――いしいですよー」
行儀が悪いけれどもらったジュースを音を立てながら飲む。
みんなおもしろがってる……。だれが一番ごまかせるかぜったい競争してるでしょ、これ。
あああああ、けっきょく村中に知れ渡っちゃってるよ。ううう。魔王さまにぶどうタルトを食べてもらえたのは良かったけどさあ……。
魔王さまにみんなを紹介できたのも良かったけどさあ……。
なんだろう。このなんとも言えない気持ち。前にもこんなことがあったような。……きっと気のせいだね。
「リオネッサ。どうかしたかね。もしや眠くなったのだろうか」
「魔――旦那さま」
魔王さまがリンゴをほおばりながらわたしをのぞきこんだ。
うん。こんな貴重な時間を悩んでつぶすなんてもったいないよね。
バレちゃったのはしかたのないことなんだし、もう開き直っちゃおう。
「いいえ旦那さま。わたしも秋祭りくらいは夜更かししますよ。どれも美味しそうだから迷っちゃって」
「うむ、そうか。こちらの猪肉が美味だった。それから君が薦めてくれた葡萄のタルトも。腸詰は城でもできないものだろうか。先程貰ったジュースも美味だった。ああもう飲んでいたか。それならワインはどうだろうか。口当たりが柔らかい。果実酒も甘くて飲みやすいと思う。パンも今まで食べたどのパンより柔らかかった。これも君の口に合うと思う。それから――」
立て板に水の勢いで魔王さまはしゃべり続ける。楽しんでもらえてるみたいでよかった。
「あれ、お姉ちゃんに魔お――
「ヴィーカ」
ヴィーカも魔王さまのように両手に食べ物を持って祭りを満喫していたようだった。
荷物持ちのオルフェオは……なんと言うか、がんばれ。
「こんばんはルドヴィカ君。妖精の女王の仮装だそうだね。よく似合っている」
「わあ本当ですかー、ありがとうございます!」
オルフェオもよく似合っているとほめられたけど、ほめられて喜んでいるヴィーカにそれどころじゃないみたいだ。
あの、社交辞令っていうか、もちろん魔王さまは嘘をつかない公明正大な人だけれども、近所の子どもにかわいーねーとか言うやつだから。そこまで気にすることじゃないから。
魔王さまがかっこよすぎて不安になっちゃう気持ちはわかるけどね!! でもわたしの旦那さまなんでそこんとこよろしく!!!
「あらあら、良かったわねぇ、リオネッサ。魔――旦那さんに来てもらえて」
「せっかく来たんだ、特産品を食べて行きたまえ。君の口にも合うだろうと思う」
お父さまたちもやってきて、わたしたちのテーブルの上にどんどん食べ物が追加されていく。できたてほやほや。いい匂い……。おっとよだれが。
一年ぶりの豚の丸焼きに、具材たっぷりお祭りスープに、山盛りサラダ、ぶどうタルト、プリン、ドーナツ、ふっくらケーキ。一年に一回のごちそう。おいしい。じゃがチーズ、ロッタの塩焼き、香草焼きもいい味~。ニナおばちゃんのピザ! 久しぶりの味! あつあつ! おいひぃ~!
なーんて、一年ぶりのごちそうになにも考えずおいしいを連呼しながらぱくついていた訳だけど、心ゆくまで食べて気付きました。
これ、ぜったいお肉になる
美味しくて嬉しくて考えもしなかった。
けど、なる。ぜったい。
いや、でも、そのぶんたくさん動くし……。だいたいそんなことを気にして祭りが楽しめるか!! 今日だけは食べて飲んで楽しむぞー!!
「リオネっちゃん、リオネっちゃん」
レアおばさまに手招きされたので魔王さまに断ってから席を立った。
おばさまは天界で着ていたというドレスを着ている。おじさんやゼーノの衣装は毎年手作りするのに、おばさまは毎年昔来ていたものを引っ張り出して着ているのだ。似合ってるからいいけど。おばさまがそれでいいならいいけど。
今夜も天の使いみたいに美しいおばさまは頬に手を当てて首を傾げた。『私、困ってます』のポーズだ。
「ゼーノがへそを曲げて家から出て来ないのよ。呼んできてくれる? リオネっちゃんが呼べば出て来るでしょ? 毎年毎年申し訳ないのだけれど」
「だいじょぶですよ。慣れてますから。エンメルガルトを見られるなら役得ですし」
おばさまはにっこりと嬉しそうに笑った。
「そう言ってもらえると助かるわ。
私もリオネッサみたいなかわいい娘が欲しかったわー。ゼーノもかわいい妹がいれば今よりもう少しは素直でしょうし」
「アハハ……」
魔王さまは村のみんなに囲まれて楽しそうにしていた。いつもは飲まないお酒も飲んでいるようだ。
ゼーノの家はすぐそこだし、すぐ戻ってくればいいよね。
わたしはさっさとゼーノを呼んでくることにした。
「ゼーナおねえちゃーん。レアおばさまが呼んでるよー。美味しい料理がたくさんあるよー。
今年のピザも美味しかったなー。豚の丸焼きパリパリのじゅーじゅーだったよー。じゃがチーズはとろとろだったよー。ロッタは塩焼きも香草焼きもすっごく美味しかったよー。焼肉はどれも美味しかったし、お祭りスープは具沢山だったし、サラダはシャキシャキだったし、デザートはどれも絶品だったなー。そろそろ肝試しが終わるから飲み比べも始まっちゃうよー」
ギィ……。
フルミネ家の扉がちょっとだけ開いて、中からたぶん今でも不思議な色をしているだろう虹彩が覗いてきた。
おばさまよりちょっと色素が薄くてほとんど銀色か灰色といった具合の、でもよくよく見るとおじさんの赤褐色か茶色をした目の色も混じって見えるような? 子どものころ見たきりだから今はどうなってるか知らないけど。
「ねー――おねー――ちゃー――んいこおーよー――~~~」
ギギギギ、と意外とまめなおじさんが油を油を差しているだろうにも関わらず、立て付けの悪い音をさせてゆっくりゆっくりと扉は開いていった。
どんだけイヤなんだ。
「おねーちゃんはやくいこーよー」
「…………オウ」
「手ぇつなぐ?」
「……いい」
出てきたゼーノは死んだ魚の目をしていたけれど、やっぱり村一番の美人になっていた。
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