第7話

「陛下がお渡りになります」

「わかった」


 前回のように絨毯と座椅子を用意しようとしたディナトを下女が止める。


「今日は不要とのことです」

「そうか」


 今夜は座らずに勝負をするつもりか、とディナトは王を待った。


「今日は弓で勝負だ!」

「……夜ですが」

「予は夜目がきくから問題ない!」

「左様ですか」


 弓矢を携えて現れた王はディナトのいるルルディーアの部屋の扉から離れた、つい今しがた自分が通ってきた扉を指さした。ディナトから四十歩ほどの距離をあけた扉に的がかけられている。


「弓は得意なのだ。この世で一番の名手に教わったからな」

「そうですか」


 肩をすくめてディナトは的を見る。木でできた丸い形の的は中心に赤い丸が、赤い丸の中心には黒い点の書かれた一般的な的だった。

 仮面の下でディナトの口元は弓なりに弧を描く。


「ではお先にどうぞ」

「ああ」


 廊下の真ん中を王に譲り、ディナトは他の下女たちと共に隅に控えた。

 王が燭台の明かりが揺れる、薄暗い廊下の先に狙いを定め、弓の弦を引き絞る。見事な射形だった。

 短い、空気を裂く音と共にタァン、と的に矢が当たる。

 二本目、三本目、と射ていき、王は五本すべての矢を的の赤丸に命ちゅうさせた。五本のうち一本は見事黒点を射抜いている。


「どうだ!」

「お見事です」

「さあ次はおぬしの番だぞ」


 手渡された弓と矢を受け取り、ディナトは構えた。


「仮面をしたままでは見にくくないか?」

「問題ありません」


 甲高い音が響いた。ディナトの放った矢は刺さっていた王の矢を引き裂く形で、的のど真ん中を過たず射抜いていた。

 ディナトは文字通り矢継ぎ早に矢を放ち、そのどれもが先に放った矢を引き裂いて中心を射る。最後の矢も的に刺さった矢を引き裂いて中心に収まった。


「互いに五本が命中しましたね。矢は五本になってしまいましたが、もう一度やり直しますか?」


 王は頭をかきむしってその場にどっかと座り込んだ。


「弓は自信があったんだなあ!」

「良い腕ですよ」

「嫌味か!」


***


 市場の一角で的当て屋で人だかりができていた。人混みの中心にいるディナトが弓を引くたび歓声があがる。


「兄ちゃん、もうその辺で勘弁してくれよお。これ以上賞品を持ってかれたらおまんまの食い上げだよお」


 店主が泣きながら一等の賞品郡を差し出す。ディナトはゆるく首をふり、四等の賞品を指さした。


「あちらの花を模した腕輪を」

「へ? これでいいのかい?」

「ありがとよ、兄ちゃん!」


 ディナトは選んだ腕輪をルルディーアに渡す。


「ありがとう、ディナト」


 嬉しそうに笑うルルディーアの隣で、以前賞品を取り過ぎて的当て屋を出禁になり、見学していたシンが呆れたような声を上げた。


「弓の腕もすごいのか、百発百中じゃないか。それもおもちゃの弓で」

「玩具だろうと弓矢に変わりはないからな」


 はしゃぐ子どもたちをいなしながら、ディナトがそっけなく答える。そんなディナトの代わりにルルディーアが得意げに胸をそらした。


「ディナトはすごいの! 昔から一度も矢を外したことがないのよ!」

「一度も」

「一度も!」


 愕然とするシンの視線にディナトはこっくりと肯きを返し、シンはがっくりと肩を落とした。


「ディナトはコーラー一番の弓の使い手なの。きっと世界で一番の名手よ!」

「はは、ありがとう、ルル」


***


「おぬしに弱点はないのか……」


 ぐったりと行儀悪く絨毯の上に横たわる王が呻いた。

 今夜の勝負は腕相撲で、勝敗は一瞬でついた。もちろんディナトの圧勝だ。再戦を挑む気力もわかないらしい。

 だらしなく半開きになっている王の口に干しイチジクを放り込んでやり、ディナトは空になった杯に水を注ぎ足す。


「もちろんございますよ」

「なに?!」


 ディナトの答えに勢いよく起き上がった王に水の入った杯を渡した。


「針仕事が苦手です」


 力なく水を飲みながら王は悄然と答えた。


「それは予も苦手だ……」

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