第56話
クレイ·パイプを吸い、紫煙を吐きながら現れたロシュフォール。
シャルルが彼女のほうを見ると、オリヴィアはロシュフォールに何をしに来たのかを訊ねた。
「お前たちの処刑が決まったことを知らせに来たんだ」
シャルルとオリヴィアは、盗賊ロビン·フッドの仲間として斬首刑となることが決まった。
明日の朝に街にある広場で、ルイ女王とリシュリュー枢機卿が立ち合いの中、公開処刑が行われる。
このメトロポリティーヌ王国では見せしめ効果を狙って、処刑が公開されるのは普通のことであった。
シャルルはロビンからオリヴィアが処刑されることを聞いてはいたが、まさかこんなに早く刑が執行されるとは思ってもみなかった。
反対にオリヴィアのほうは落ち着いてる様子だ。
彼女はもう、近衛騎士団に連れて行かれたときから覚悟していたのだろう。
「そ、そんな……誤解だよ! ボクもオリヴィアもロビン·フッドの仲間じゃないってなんでわからないんだよ!?」
シャルルはロシュフォールに向かって喚いたが、それは意味のないことだった。
オリヴィアの罪は冤罪だとわかっていながら進んでいる話なのだ。
まるで子供のように駄々をこねるシャルルを見たロシュフォールは、呆れた様子でフンッと鼻を鳴らした。
「情けない。この
「父さんは関係ない! くっ!? 剣さえあればお前なんかやっつけてやるのに!」
シャルルが枷の付いた手足を振り回しながら叫ぶと、ロシュフォールはパイプから吸った煙を彼女に吹きかけて部屋を出て行く。
その背中にシャルルは言葉をぶつけ続けたが、ロシュフォールがそれに応えることはなかった。
「シャルル……もう諦めろ」
「諦めちゃダメだよオリヴィア! ロシナンテがきっと来るよ! それに二人が、イザベラとルネも絶対に助けに来てくれるから!」
シャルルはまだ希望を捨ててなかった。
きっとイザベラとルネが自分たちを救いに来ると信じて疑わない。
オリヴィアはそんな彼女を見て、もう何も言わなくなった。
そして、次の日――。
広場に連れて行かれたシャルルとオリヴィアは手足に枷を付けられたまま、処刑用の台へと上がらされた。
そこから少し離れた位置に設置された簡易的な玉座にルイ。
その隣にはリシュリュー枢機卿とミレディも立っている。
「おい、アンヌ姫の侍女よ。 アンヌ姫はどうしたのか?」
リシュリューは、ミレディの名を知っているというのにわざわざ役職名で呼んで訊ねた。
ミレディは丁寧に頭を下げ、事務的な態度で答える。
「アンヌ姫はこのところお体の調子が悪く、そのことをルイ女王へ伝えてほしいと頼まれてこの場へと来ました」
ミレディはアンヌ姫に頼まれ、ルイ女王へ公開処刑の場に来れないこと――。
そして、自分の代わりにシャルルとオリヴィアの処刑の様子を見てくるように言われてきたらしい。
せめて二人がどうやって死んでいったかを、アンヌ姫はミレディに看取ることを頼んだのだった。
それを聞いたリシュリューは端的に返事をすると、そのまま死刑台のほうを見る。
彼は内心で勝ち誇っていたが、顔には出ていなかった。
一方ルイ女王は死刑台のほうは見ずに、椅子に座ったまま俯いている。
できることなら二人を救ってやりたい――。
しかし、自分はリシュリューに意見できる立場ではない。
王冠を被った少女は、そんな自分の無力さに打ちのめされていた。
「これからオリヴィア·アトス、シャルル·ダルタニャン両名の処刑を行う!」
広場にある処刑場を取り囲んでいる赤い制服を着た近衛騎士団を代表して、副団長のジュサが声をあげた。
そして、シャルルとオリヴィアが膝をついている死刑台へと、有罪判決の執行者――首切り役人が登場する。
全身に真っ黒な法衣を纏った女性――。
今年から稼業を継いだアンリ·サンソンだ。
サンソンの家は、メトロポリティーヌ王国の死刑執行人を代々
アンヌはシャルルとオリヴィアを見ると、持っていた剣を抜いた。
処刑人の剣――エクセキューショナーズソード。
その剣には刀身に“正義の剣”と書かれている。
戦闘用の剣と違い、刀身に切っ先がないのは、突くための機能が不要だからである。
オリヴィアは俯いたまま、アンリに声をかけた。
どうやら二人には面識があるようだ。
「稼業を継ぐことにしたんだな、アンリ」
「ええ。オリヴィア……まさかあなたを切ることになるなんて……」
アンリは死刑執行人という立場でありながら、熱心な死刑廃止論者だった。
何度も死刑廃止の嘆願書を出しているが、皮肉にも彼女のその罪人を即死させる技術は、歴代の執行人の中でも最高と言われている。
彼女は死刑制度が廃止になることが、死刑執行人という呪われた稼業から解放される唯一の方法であると考えていた。
「気にするな。私はあの世で君が人を斬らなくてよくなるように祈っているさ」
「諦めちゃだめだってオリヴィア! ねえあなた、アンリって言ったよね? 少しでもいいから時間を引き延ばして!」
もう処刑台で死を待つだけだというに、この少女はまだ助かるつもりなのか?
アンリは叫ぶシャルルを無視してオリヴィアを見たが、彼女はただ首を左右に振るだけだった。
それを見たアンリは、シャルルの耳元で優しくささやく。
「わかりました。できる限りのことはします。しかし、私も仕事ですので限界はありますよ」
「うん。ありがとうアンリ」
シャルルは、そんな彼女にニッコリと微笑んで返すのだった。
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