第32話

リシュリュ―は内心で苛立ちながらも平静さを装いながら、その頭を下げた。


一方ルイは、アンヌの興味が徴兵の話になって一安心している。


「アンヌ姫、なんでございましょう? 私に答えられることならば何でもお答えしますが」


「ええ。では、ぜひ教えてもらいたいのですが」


それからアンヌはリシュリュ―に、徴兵した兵はすべて近衛騎士団に配属させるつもりなのかを訊ねた。


リシュリュ―は当然とばかりに、国を守るための近衛騎士団――徴兵した兵を他に配属させるにも、一体どこへいれるつもりなのかを丁寧に訊き返す。


訊き返されたアンヌは椅子から腰を上げると、リシュリュ―の前へと立つ。


「私に妙案がございます。こないだ宮殿に来た四人の若者――三銃士とシャルル·ダルタニャンを中心に銃士隊を復活させるのです」


アンヌの提案を聞いたリシュリュ―は、心の中で「この小娘が」と悪態をついた。


なぜならばそのアンヌの提案は、せっかく私兵である近衛騎士団の数を増やそうとしていたリシュリュ―からすれば、全くもって困った主張であったからだ。


「ルイ女王もこないだの四人の活躍には、大層お喜びになられていましたものね」


「うむ。たしかにそうだ。アンヌ姫よ。それはステキなステキな案であるぞ!」


ルイへと話を振ったアンヌ――。


リシュリューは、二人の会話を聞きながら「それではまずいんだ」と、表情を強張らせる。


それからリシュリューはゴホンッと咳払いをすると、はしゃいでいたルイがビクッと震えた。


そして、リシュリュ―は自身を落ち着かせ、再びアンヌへと声をかける。


「では、その復活した銃士隊の隊長も、近衛騎士団の団長であるロシュフォールに兼任してもらいましょう」


「いえ、それではロシュフォール団長に負担がかかり過ぎてしまいますわ。ここはあの四人から……」


「アンヌ姫。彼女たちはまだ若輩者です。それにその中の一人はまだ王国へ来たばかりの者もおります。とてもじゃないですが、彼女たちには難しいかと存じます」


「たしかに、リシュリュ―猊下げいかのおしゃられたことにも一理ありますわね」


「では、ロシュフォールに……」


「それでは三銃士の中からお選びになられればよろしいかと。オリヴィア·アトス、イザベラ·ポルトス、ルネ·アラミス三の人は、共に幼き頃からメトロポリティ―ヌ王国に忠誠を誓った者たちと聞いています。それに彼女たちは民の信頼も厚く、皆も英雄の復活を喜び国全体の士気も高まりましょう」


リシュリュ―が何か言えばアンヌが――。


アンヌが何か言い返せばリシュリュ―がと、互いに相手の言葉を遮りながら静かな舌戦を繰り広げていた。


もちろん二人の言い合いを止めれる力は、ルイ女王にはない。


彼女――ルイは、次第に激しくなる言い合いをただ不安そうに見守っているだけだ。


どうしてこんなことになったのだ?


自分はただ食事の話をすり替えたくてリシュリュ―の話を聞いたのに――。


ルイは内心でそう思うと、この場が早く静まってほしいと、ただ神に祈るだけだった。


「ルイ女王」


「な、なんだリシュリュー!?」


突然声をかけられたルイは、またもビクッと身を震わせた。


何かを訊ねられても自分には最良の答えなど出せやしないと、彼女の体は冷や汗でびっしょりになっていた。


そんなルイのことなどお構いなく、リシュリュ―は言葉を畳みかける。


「アンヌ姫も私も、このメトロポリティ―ヌ王国――しいてはルイ女王のことを真剣に考えればこそ譲れない状況でございます。こうなってはルイ女王に決めていただくしかありません。何卒よろしくお願いいたします」


「よ、余が決めるのか……?」


リシュリュ―は話の決着がつかないと判断したのか、ルイに決めてほしいと頼んだ。


おそらく自信があったのだ。


ルイはいつも自分――リシュリューの意見を優先してきた。


だから今回もアンヌ姫が何をいくら言おうがルイに決めさせらば、結果は自分の勝ちであると――。


彼はそう信じて疑わなかった。


「余は……余は……」


しどろもどろになっているルイ。


こうなってはまともな思考も保てているかどうかも怪しくなる。


だが、それがリシュリュ―の狙いだ。


「では、こうなさってはどうでしょうか、ルイ女王」


そんな苦しそうなルイの姿に心を痛めたのか、アンヌが口を挟む。


「銃士隊復活の件は少し状況を見てからになさっては? なにも今すぐ徴兵しなければいけないわけではありませんよね、リシュリュ―猊下?」


「そうですな。私はただルイ女王に許可を得たかっただけですので。今すぐというわけではございません」


「ならば、この件は後日ということで」


アンヌがそう言うと、ルイは助かったと言わんばかりに、ヘナヘナと腰掛けていた椅子に寄りかかったのだった。

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