第6話

「ダルタニャンだと……?」


凛々しい女性が呟くように疑問に満ちた声を出すと、黒い法衣を着た女性がコホンと咳払いをした。


小さい女性は両目を見開いたままだったが、凛々しい女性はその咳を聞いて表情を元に戻す。


「失礼。では、こちらも名乗ろう。私の名はオリヴィア·アトス」


「アタシはイザベラ·ポルトス」


「それでワタシはルネ·アラミスっていうの。これでもワタシたち三人、このメトロポリティ―ヌ王国ではそれなりに有名なのよ。知らないかなぁ?」


凛々しい女性――オリヴィアに続き、小さい女性――イザベラ、黒い法衣を着た女性――ルネが自身のフルネームを名乗った。


シャルルは三人の名を聞いてもピンと来ていないようだった。


両方の眉毛を下げ、小首を傾げている。


「三銃士といっても田舎者にはわからないか」


オリヴィアがそう言うと、シャルルはハッと何かに気づいた顔をした。


「三銃士……亡くなった父さんから聞いたことがある……。父さんも昔に王国で銃士をやっていたんだ。だからボクも銃士になるためメトロポリティ―ヌへ来た」


「銃士になるため?」


シャルルの言葉を聞いたルネが乾いた笑い声を出すと、手に持っていたワインの瓶を一口飲んだ。


その傍ではイザベラが顔をしかめ、オリヴィアは呆れているようだった。


「残念だけどあなた、来るのが遅すぎたわ」


そして、ルネがそう答えた。


シャルルは何が遅すぎたのかを訊ねた。


もしかして銃士隊が無くなったのか?


なら自分はなんためにわざわざ村から出てきたのかわからない。


「街で見なかったか? 赤い制服を着た連中を。そいつらのせいさ」


それからオリヴィアが説明を始めた。


前の国王が亡くなり、新しく王位を継いだ王の娘のルイという少女はまだ子供で、当然政治などの国のことをできるわけはなかった。


そのため国の宰相であるリシュリュー枢機卿が、完全にこのメトロポリティ―ヌ王国を好きにしている状態であると。


「それと銃士隊がないのとどう関係があるんだよ?」


「落ち着け。話はまだ終わっていない。まったく人の話は最後まで聞くように教わらなかったのか?」


「うぅ、ごめんなさい……」


シャルルが申し訳なさそうに俯くと、オリヴィアはやれやれとまた話をし出した。


それからリシュリュー枢機卿は、昔からあった銃士隊を解散し、新しく結成した近衛騎士団にこの王国を守らせるようにルイ王女へ進言した。


リシュリュー枢機卿に逆らえないルイ王女は、よくわからないままそれを受け入れたが、その進言に異議を唱える者がいた。


それは、当時の銃士隊の隊長だったトレヴィルだ。


解散させようとするリシュリューと、反対するトレヴィル。


ぶつかり合う二人の板挟みとなったルイに、それをまとめる力はもちろんなかった。


そこでリシュリューが、銃士隊のトレヴィル隊長と近衛騎士団の団長との一騎打ちで決めてはどうかと提案した。


剣に自信のあるトレヴィルはそれを受け入れ、決闘が決まった。


「だが、トレヴィル隊長は近衛騎士団の団長ロシュフォールに敗れ、命を落とした」


オリヴィアは悲しそうに、一騎打ちの結果を言った。


それから銃士隊は解散。


当時こそ英雄だったオリヴィア、イザベラ、ルネの三人も職を失い、王宮から締め出されてしまった。


オリヴィアは一通り話を終えると、急に振り返ってその場を後にしようとした。


そして、背を向けたままシャルルへと声をかける。


「気が変わった。私の負けでいい……。お前は銃士を諦めて近衛騎士団にでも入るんだな。それが亡き父親に変わって王国を守る手段だ」


オリヴィアはそう言うと、スタスタと歩き始めていった。


それに続いて、二人も気が変わったのか、オリヴィアの後にイザベラとルネもついていく。


「ヤダ! ボクは銃士になるためにここへ来たんだ!」


広場を去ろうとした三人の背中へ、シャルルが叫ぶように声をかけた。


そして、腰に下げていたレイピアを抜いて三人に向かって掲げる。


「父さんが言っていたよ! あなたたち三銃士は弱き者たちを救う強さを持っているって。そして今はきっと民に慕われる英雄になっているだろうって……それが今じゃなんだよ、その体たらくは!」


シャルルは掲げた剣を前へと出し、言葉を続けた。


「それにあんな赤い制服なんてボクは着たくない。……話はわかったよ。さあ、決闘を始めよう!」


オリヴィアは、このシャルル·ダルタニャンと名乗る少女のことを気に入り始めていたのが、今でははっきりと好きになっていることに気が付いた。


そして、こいつの言う通りだと、今の自分に苦笑する。


「おいオリヴィア。帰るならあんたの代わりにアタシがこいつとやるよ」


振りかって笑みを浮かべながら言うイザベラ。


するとルネも振り返り、持っていたワインの瓶を投げ捨てる。


地面に叩きつけられた瓶は割れ、その破壊音が静かな広場に響くと、ルネが口を開いた。


「いやいやイザベラ、ワタシにやらせてよ。なんか我慢できなくなっちゃった」


そんな二人を見て、やれやれとため息をついたオリヴィアは振り返ると、ゆっくりとシャルルの前へと歩き始める。


「二人には悪いが、やはり私がやるよ。おい田舎者。名をシャルルと言ったな……お前を殺さなきゃならないのが非常に残念だよ」


そしてオリヴィアは、腰に下げた剣――ブロードソードを抜いた。

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