第4話
それからなんとかロシナンテを置いてきた水飲み場まで戻ってきたシャルルだったが、そこに愛馬の姿はなかった。
「えぇ!? なんでロシナンテがいないんだよ!? まさか誘拐!?」
慌てた彼女は考えると、今さらながら不安に駆られる。
ロシナンテはめずらしい品種であれだけ上品で可愛らしい馬なのだ。
きっと誰かが攫ったに違いないと、自分の首を左右に振って辺りを見回す。
だが、当然見つからない。
どうすればいいかわからないシャルルは、とりあえず近くを通った髭を生やした男に訊ねてみた。
ここにいた体の小さい馬を知らないか? と。
「白い毛をしたとってもかわいくて優しい馬なんだけど」
「優しい馬? 馬に優しいとか優しくないとかあるのかよ?」
シャルルは髭の男のその言葉に苛立ったが、今は文句を言う時間もおしい。
堪えて話を聞いていると、ここにいた小さい馬――ロシナンテは、どうやら先ほど黒い服を着た修道士に連れて行かれたと言う。
「なんだそれ!? 人の大事な家族を黙って連れていくなんて、まるで泥棒じゃないか!?」
「お前さん、この水飲み場はなぁ。夜になると使用禁止になるんだよ。だから、たぶん役人かなんかが頼まれて連れていったんだろ」
シャルルは髭の男の話など無視して、その黒い服を着た修道士がどちらの方向を歩いて行ったのかを訊いた。
髭の男が呆れた様子で指を突き出し、その方向を教えると、シャルルはお礼を言ってその場から走り出した。
「なんなんだよこの街は! お金や食べ物のことで剣を抜こうとしたり、ボクの大事なロシナンテを勝手に連れていったり!」
シャルルは夜の喧騒の中を駆けながら、大声で愚痴を言った。
しばらく走っていると、目の前に小さな四足歩行の動物――白い毛の馬が見えた。
月の光に照らされ、その白い毛が青白くなっていたが間違いない。
シャルルの愛馬ロシナンテだ。
「ロシナンテ! 見つけたよ!」
シャルルが叫びながらロシナンテに抱きつく。
ロシナンテも彼女に会えて嬉しいのか、泣いているような声を出した。
「君がこの馬の飼い主かい?」
すると、ロシナンテの手綱を持った人物――黒い法衣を着た女性が声を掛けてきた。
シャルルは顔を上げてその女性を見る。
法衣の上からでもわかる。
くびれた腰から上下に広がった体型しており、長いスカートから見える足はレイピアのように細い。
その女性のことは修道士と聞いていたが、化粧は濃く、香水の匂いを漂わせており、どう見ても法衣を纏った売春婦のような出で立ちだった。
だが、その見た目とは違和感がある剣が、女性の腰に下げられている。
シャルルが「うん」と答えると、黒い法衣を着た女性は、艶やか笑った。
その顔を見たシャルルは、胸をドキリと震わせてしまった。
彼女はこんな色気のある人物を、生まれてこのかた見たことがなかったのだ。
村一番の美人と言われた隣人のお姉さんも、この女性と比べたら月とホタルくらいの差がある。
黒い法衣を着た女性は、そんなシャルルに近づいてさらに笑う。
「じゃあ、罰金を払ってもらおうか」
「えぇ!? なんでお金を払わなきゃいけないんだよ!?」
驚くシャルルに、黒い法衣を着た女性は楽しそうに説明を始めた。
なんでもロシナンテを置いていた水飲み場は、夜になると使用禁止になり、それでも馬を置き続けているとその馬は回収される。
そして、馬を返してほしかったら、国の役人にお金を払わなければいけない法律があるそうだ。
それを聞いたシャルルは、ロシナンテに抱きつくと赤ん坊のように喚いた。
そんなの間違っている。
どうして大事な家族を返してもらうのにお金を払わなければいけないのだと、夜の街に自分の大声を轟かせた。
「そうは言われても決まりだからなぁ。それにしても君、かわいい顔してるね」
そう言った黒い法衣を着た女性は、自分の顔をシャルルへと近づけていく。
香水に混じって凄まじい酒の匂いが、シャルルの鼻に突き刺さった。
堪らず距離を取るシャルルに、黒い法衣を着た女性は言葉を続ける。
「どう? 罰金はワタシが立て替えといてあげるから、代わりに一晩付き合ってよ」
よく見ると黒い法衣を着た女性は、かなり酔っぱらっていた。
顔は赤く、足取りもフラフラをおぼつかない。
シャルルは村で見た大人の酔っ払いを思い出し、黒い法衣を着た女性に近づかないように怒鳴った。
「ヤダよ! なんでボクがそんなマネしなきゃいけないんだ!」
「でも、それじゃさぁ。その子は返せないよ。だから罰金かもしくは君が体で払ってくれないとね」
そのとき、シャルルの怒りは頂点に達していた。
なんなのだこの街は。
関わる者は皆、金、食い物、性欲と、揃いも揃って浅ましい奴ばかりでどうしようもない。
シャルルはワナワナと体を震わせながら、黒い法衣を着た女性を睨みつける。
「市場の側にある大きな広場に! 四時間後だ!」
そう言い放ったシャルルは、ロシナンテの手綱を黒い法衣を着た女性から奪う。
そして、一度も振り返ることなくその場を後にした。
黒い法衣を着た女性は、そんな彼女の後ろ姿を見ながら微笑む。
「変わった子だなぁ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます