第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その106


「ぬ、ぬう。この距離を当てたか!!さすがは、私の夫だな!!」


「まあな」


 槍に貫かれた敵兵を見て、周りの敵兵どもは怯えていやがる。暴力ってものは見せつけてやることで、効果的にヒトの心を折りはする。小規模な現象に過ぎないが……オレの自尊心は満たされた。


「……ミアも、続くっ!!」


 猟兵としてのプライドが触発された我が妹ミアは、敵兵の頭上目掛けて石つぶてを放っていた。見事に命中して、卒倒はしていたよ。兜のせいで死ななかったかもしれないが、戦の最中、ずっと頭痛に苛まれることにはなる。


「……命中っ!」


『すごいよー、みあー!』


「えへへ!……でも、そろそろ、やれることは無さげー」


「うむ。あとは、ゼファーで戦場の上空を飛び回ってやるとしようではないか」


『おっけー!いやがらせをするんだね!!……えへへ!びびらせてやるんだー!!』


 地味だが、有効な戦術だ。巨大な竜に頭上を飛び回られる。それがどれほどの恐怖をもたらすのかを、アルノア軍の全員に教えてやるよ。


 そうだ。朝日を浴びながら飛び回るゼファーに、多くの敵兵の視線が集まる。矢も飛んでくるが、オレたちは不可侵な高さを飛び回ってやった。いい嫌がらせにはなっているさ。


 冷や汗流しながら頭上を見上げてくれ。斜面でそれをやれば、疲労が倍増するのだから。ジワジワと削ってやる。集中力と……体力もな。


「むう。太陽が昇ると、すぐ高温になってきたな……」


「ああ。風が熱さを帯びている。いい傾向だ」


 日光を浴びて急速に温められた『イルカルラ砂漠』からの熱い南風が吹き始めている。オレたちが最も期待している自然現象の一つが、今日も『メイガーロフ』の大地に訪れていた。


 何のことはない。


 ただの高熱だ。夜の極寒からの、急激な気温の上昇。こいつは旅慣れた戦士の肉体にも過酷な重荷となる。夜通しの戦いのあげく、体温越えの涼しくない南風だ。隊列を組み、武装していた敵兵どもには、呪いのような苦痛だろうさ。


 ……地の利が活きる時間帯に突入した。アルノア軍の動きが、見るからに緩慢となっていく。いまだに『メイガーロフ』の気候に慣れないアルノアの増援部隊が、この朝からの酷暑にバテ始めていた。


 オレたちが若手を優先して殺していた効果も、出始めている。未熟な若い兵士どもに動かない部隊がいたよ。


「あそこの敵サン。迷ってるね」


 我が妹の指摘は正確だった。連中はオレたちが射殺した同胞の死体を集め、並べていたよ。それを見て呆然としているのさ。身内がそこにいたのかもしれないし……直属の小隊指揮官の死体でもあるのだろう。


 身近な者の死は、重みがある。とくに若く未熟な兵士にとって、それはあまりにも大きく心を揺さぶるものだ。


 誰もが勇敢であるとは限らないってことを、オレは学んでいる。ガルーナの竜騎士や、猟兵は異常ではあるのさ。自覚はしているよ。多くの若者は、仲間の死に絶望の影を見てしまう。


 自分が次は死ぬのではないか―――その疑念へ囚われてしまうものだった。兄弟のように親しい仲間の死体を見下ろして、膝を突いて泣くこともある。アルノア軍は余裕があるからな、それを叱咤して戦場の最前線に追い立てるように向かわせる者は少ない。


 余裕が、彼らから仕事を奪い、絶望を深める時間を与えていたよ。


 ……昨日の朝まではメイウェイの部下だったわけだしな。今の状況に、若い心はついて来れないさ。大いに悩んでくれるといい。そうしていれば、戦力からは程遠いのだからな。


 アルノア軍は必死に『ガッシャーラブル』の城門を破ろうとしていたが、城門の内側には瓦礫の山が積まれていたよ。ドワーフの職人たちの仕事だろうな。攻めあぐねている。汗をかき、空腹の時間となってもいた。疲労はピークさ。とくにベテランどものな。


「……そろそろ、ジリ貧になっていることに気が付くころだが……」


 ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!


「角笛の音だ!」


「……アルノア軍の本陣からだぞ。つまり、このタイミングは……引き上げるか」


 リエルの予想は当たっていた。『ガッシャーラブル』から西の本陣へと、アルノア軍の少なくない数が引き上げていく……もちろん、全軍というわけではないがな。少数の歩兵と弓兵を残して、包囲そのものは続けるのさ。


 しばらく休みながら、様子見をしたいだけのことだ。それに―――退くことで誘ってもいるんだよ。こちらの突撃をな……休むためでもあるし、迎撃するための陣でもある。『第六師団/ゲブレイジス』を蹴散らすために、砂漠で構えていた。


 こちらも矢はだいぶ使ったんだがな……あちらさんには、まだまだある。物量の差は、物資の差にも出ているよ。矢を使い尽くしつつある『第六師団/ゲブレイジス』は、退いていく敵の背に突撃を仕掛けることはない。残存し、包囲する敵に対応するだけで十分だ。


 ……消耗しているからな。攻めたところで返り討ちになりかねない。この仕切り直しは、アルノア軍に優位な面も多い。体力を回復させ、次の攻勢でこちらの守り手を削り取るための準備をするというわけだ。


 最高の策とは言えないが―――悪くはない上々の判断ではある。常識的な動きであるからこそ……オレたちには読まれていたんだがな。


 ……ドゥーニア姫が、姿を現していた。


 西の城砦の上だ。槍を掲げて、彼女は同胞を鼓舞するために、あの稲妻みたいによく響く歌を放つ。


「敵が退却するぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!我らに怯え、情けなくも背を見せているッッッ!!!『新生イルカルラ血盟団』の勝利だあああああああああああッッッ!!!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「『新生イルカルラ血盟団』、ばんざああああああああああいッッッ!!!」


「アルノアの弱兵どもめ、我々の土地から出ていけえええええッッッ!!!」


 ……もちろん。これで終わりだなんてことは思ってはいないさ。ドゥーニア姫は、ただ皆の士気を向上させるためだけに、このセレモニーを行っているに過ぎない。だが、それでも、有効だ。


 ここから先は……体力だけじゃなく、気力こそが必要となるのだからな。オレたち全員が、かなり疲れちまっている状況でありながら、仕留めにかかる必要がある……。


「……リエル。『彼ら』は見えるかな?」


「……うむ。見える。ちゃんと、『来ているぞ』……」


 南の空を見つめながら、リエルは福音を言葉にしたよ。オレは、勝利を確信している。だからこそ、景気づけに参加してやるとしよう。


「ゼファー、歌えええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


『GAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHッッッ!!!』




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