第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その94


 『第六師団ゲブレイジス』の騎兵たちは、任務に忠実であることを選ぶ。ザックの遺体を今すぐに回収することはできやしない。残念ながら、彼はこの戦の終わりまで命の尽き果てた他の戦友たちと同じく戦場に横たわることになる。


 槍が突き立てられたザックの体が、馬の背からゆっくりと落ちていく……敵どもはザックにも目をくれずに、突出しすぎた騎兵たちをにらんでいた。


「……退却だああああッッッ!!!」


「退くぞおおおおッッッ!!!」


 敵兵を槍で叩きながら、古強者の騎兵たちはアドバイスに従ってくれたよ。そのまま北に向かい、敵兵の追撃から逃げようと走った。


「ゼファー!!彼らを援護するぞ!!」


『らじゃー!!……がおおおおおおおおッッ!!』


 敵の一人に『ターゲッティング』を刻み付けて、ゼファーの火球で爆破してやる!!オレとゼファーの魔力が合わさって、巨大な爆撃となり敵の騎兵の動きをけん制できた。


 その隙に、古強者たちは北へと退却していく……アルノア軍は追撃しようとするが、『第六師団ゲブレイジス』の後続部隊が矢を放っていた。


「ぐはあ!?」


「ぬうう!?」


「弓かあ!!」


 アルノア軍はその矢の雨を浴びて、怯む……だが、勇敢な者たちは闇に身を隠すようにして戦場を走る……多少、射られたとしても敵陣に突撃してダメージを与えればいいと判断した。勇敢で正しいが、『第六師団ゲブレイジス』だぞ?……相手が悪い。


「貫くぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 マルケス・アインウルフが叫んでいたよ。西へと抜けた後、背後を仲間たちに守られた。そのおかげで、息を整えて反転する余裕を作れていたからな……マルケスに率いられた軽装騎兵たちは、槍による一撃を北上していた敵騎兵どもに浴びせていったよ。


 敵からすれば左手側から槍を打ち込まれる形だ。つまり、防御しにくく反撃もしにくいものだった。マルケス・アインウルフの素早い槍が何人もの騎兵を突き崩し落馬させていったよ。


「……負けねええええええええええええッッッ!!!」


 ギュスターブも馬を走らせながら奮戦している。反転してきたマルケスの軍列に上手いこと追従することができたようだったな。


 古強者たちも続いて、次から次に敵を槍で串刺しにしていったよ。マズイ状況なのだと判断した敵の動きが止まる……悪くない妥当な判断ではあるな。しかし、だからこそこちらの戦術のデザインに囚われるというものだ。


 しゅるるるううううううううううううう…………っ。


 ガルーナの竜騎士の耳が風を貫く音を聞く。何の音なのか?……決まっている。我が妹分ククル・ストレガがカタパルトによって、規則性に縛られて均質だという『メイガーロフ・レンガ』の弾丸を空に放っていたのだ。


『……っ!『どーじぇ』!たくさんの、れんがだよ!』


「ああ。ククルの計算だ。さすがだな、アルノア軍の歩兵部隊の鼻先に落ちていく」


 出鼻を挫いて軍団の動き全体を止めてやるという意味合いを込めた攻撃だった。レンガの散弾は、『ガッシャーラブル』に向かっていたアルノア軍の先頭部隊に集中するように降り注いでいた。同時に放った、同じ地点を狙ってだ。


 レンガの雨の全てが敵兵に命中することはなかったが、それでも何人かの敵兵の骨を砕いていた。


「ぐううう!?」


「ぐええええ!?」


「な、なんだ、何かが、降って来た!?」


 『ガッシャーラブル』からは、次から次にカタパルトによるレンガの雨が降って来た。ダメージを与えるという目的もあるが、知らしめている。カタパルトという想定外の兵器があるということを、アルノア軍に教えて迷わせたいのさ。


「こ、これは!!」


「攻城兵器があるというのか!?」


「バカな、いつの間にだッ!?」


「『自由同盟』が持ち込んだというのかッ!?」


 戦場に混沌を与える。それが猟兵の目指すべき理想だよ。アルノア軍は迷い、立ち止まり、考え、天才ククル・ストレガの計算に導かれたレンガの雨に打たれて犬死にする敵の数を重ねていく。


 ……だが、アルノア軍も迷い続けてくれるわけではない。


「闇の中であろうが、日の光の下であろうが、攻城兵器の攻撃など、そうはあたるものではない!!進軍を止めるなあああ!!進めええええええええええッッッ!!!」


 敵兵どもの行進が再開した。多少の被害を出しながらでもな……確かに、いくらセルバ―・レパントが執念で発明したカタパルトを、『メルカ・コルン』のククルが使いこなしたところで、百発百中の精度になるはずもない。


 だが、有効に敵に傷を負わせていくのが分かる。わずかずつコツコツと敵を殺している。そして、敵の行進を遅らせるために、最前列に攻撃を集中させるのも特徴だ。アンバランスにしている。左翼側の動きを特に遅らせようとしている。


 狙いやすかったからでもあるだろうし、隊列を乱すことを好んだ。


 いい判断だ。敵が一斉に到着するよりも、時間差で遅れて到着してくれるなら、有利に守れる時間が増えるというものだ。それに……女子チームで会話していたはず。リエルの策をとっくの昔に聞いていたはずだ。


 このアンバランスに加えるように、『竜吠えの鏑矢』を使うというのだろうな……『ガッシャーラブル』の西の城壁の上に、ラシードが現れていた。巨大な巨人族専用の大弓に、『竜吠えの鏑矢』をつがえていたよ。


『……らしーどが、なにかをするの?』


「……ああ、狙っているな」


 そうだ。風を読み、敵の隊列を読み……ラシードはその鏑矢を夜空へと向けて撃ち放っていた。


 ギンドウ・アーヴィングの作った発明品が、夜空を喰らって偽りの歌を作曲したよ。


 がおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんん!!


『……りゅうのこえ……?ぼくのに、にているよーな、にていないよーな……』


「『マージェ』が少し改良したのさ」


『……うーん』


 『マージェ』大好きなゼファーでも、この歌声には不満があるのだろうな。でも、ザクロアで使っていた『竜吠えの鏑矢』よりも、ずっと竜っぽくはなっていた。少し、可愛い気がするが、そこはリエル監修だからか。


 なんであれ。


 今回も『竜吠えの鏑矢』は効果的だった。


「竜だあああああああああああああああッッッ!!!」


「矢を放てえええええええええええええッッッ!!!」


 混乱したアルノア軍の歩兵たちが、自分たちの上空に響いた偽りの歌に向けて矢を次から次に撃ち放つ―――ククルが遅らせた左翼側の兵士どもが、ラシードの矢の軌道に向けて矢を放ったわけだが、その矢の先には右翼の歩兵どもがいたわけだ。


「ぐううううう!?」


「や、やめろおお!!」


「誤射になっているぞおおお!!」


 ……なるほど、賢い人々が連携するとこうなるわけだ。さすがだな、ククルにラシードよ。




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