第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その82
……グラーセス王国の戦士は納得したように、その大きな頭を縦に動かした。そして、ヒゲを揺らしながら口を大きくゆがめて、ドワーフ族の強い歯の列を見せつけてくる。
「よし。オレも行くぞ!」
「……まさか、メイウェイの騎馬隊に合流するというのかね?」
ラシードが驚いていたな。オレも少しばかりは驚いてはいるが、彼ほどではない。
「何だかんだで『捕虜』のアインウルフには縁があるんでな。守ってやるとするよ!……いいだろ、サー・ストラウス?」
「もちろんだ。たしかに、お前にはマルケスの命に責任があったな」
「この男はグラーセス王国の『捕虜』だからな。死なせるワケにもいかん。それに、ドワーフの戦士が一人ぐらいいた方が、あっちとこっちの結束も強まる」
「抵抗はないのかね?」
「ん。人間族と組むのには、それなりに慣れている。サー・ストラウスと組んで、戦ってきた。人間族だとか、亜人種だとか……そういうの、あまりどうでも良くなっている」
鎖国して来た国がもたらした、ある意味では良い影響なのかもしれない。『人間族との争いの歴史』がそれほど存在しないということさ。
……だからこそ、ギュスターブ・リコッドは抵抗を持たないのかもしれない。ヒトの生きてきた歴史というものは、どうしたってヒトの心と行動を縛ってしまうものだからな。だが、ギュスターブはそういうのも気にしない性格なのかもしれない。
どうでもいい。
人種のあいだにある軋轢で壊れかけているこの大陸には、その大きな器を感じさせる言葉が必要な気もしたよ。ギュスターブ・リコッドから、剣術以外のことを学ぶ瞬間が来るとはな。うれしいやら、少しばかり悲しいやら。なんだか複雑ではある。
「頼むぞ、ギュスターブ。マルケスだけじゃない。少しでも多く、有能な騎兵たちを守ってやれ」
「ああ。馬の乗り方も、それなりには覚えている……」
「落馬したら、私が回収するよ。ドワーフ族の体重一人ぐらいの負荷が増えても、私の馬術ならば逃げおおせる」
重量の面で不可能―――と考えるのは、素人考えだ。戦場での馬術、しかも夜間となればな。まともに走れる騎兵はそういるものではない。馬が怯えるからな。それを御しきる力量を乗り手が持っているのであれば、この闇は加護を与える。
……闇に紛れて逃げ切ることも、ギュスターブの脚力ならば十分に可能ではあるからな。この戦場は東に行くほどに高くなるという斜面が舞台だ。ドワーフの短い脚は、この斜面を駆け上ることに適してはいるんだよ。
夜間限定ではあるが、ギュスターブは騎兵隊に所属することに問題は少ない。朝になれば、また戦況は動いているだろうがな。
「……では、行くぞ、ギュスターブ、マルケス」
「ああ。急ごう」
「ならば、ソルジェ。私は前線の『太陽の目』の弓部隊に、『竜吠えの鏑矢』を届けてくるぞ!」
「ミアも手伝うー」
「自分も手伝うっすよ、リエルちゃん」
「女子チームは、そっちを手伝う流れでありますな」
「……重量物を運ぶのなら、私も行こう」
「おー。ラシードちゃん、巨人族で大きいから、こういう作業で頼りになるねえ!」
……物資を運ぶことも大切な行為さ。しかし、『竜吠えの鏑矢』か……リエルも独自に戦術を考えていたわけか。ハイランド王国で使ったが、オレはあまり好きではない。でも、使えるものは使うべきだ。
「フフフ。ソルジェよ、これは私が独自に改良してあるから、楽しみにしておけ」
リエルはドヤ顔になりながら、そうつぶやいていた。あのイマイチな音に、修正を加えてくれたのか?……だとすると、うれしいね。
猟兵たちは動き出す。オレたちもテントの外に出て、すぐそばで眠っているゼファーの鼻先に向かう。オレの手がゼファーの鼻先に生えた角に触れる。
金色の瞳は即座に開いてくれた。金色の瞳が、まばたきしながらこちらを見つめてくるのさ。
『……んー。『どーじぇ』、おしごとのじかん?』
「そうだ。飛べるな?」
『もちろん!せなかに、のってー!!さんにんでいいの?『まーじぇ』と、みあは?』
「戦闘に出るわけではない……ギュスターブとマルケスと……あと、手紙をメイウェイに届ける」
『うん。わかったー』
すでにギュスターブとマルケスはゼファーの背に乗っている、オレも素早くゼファーの背に飛び乗った。『竜鱗の鎧』を身に着けて、この場所に座ると血が騒ぐ。戦のにおいに、ストラウスの蛮族の血が反応して燃えるんだよ。
猟兵らしく、あるいは竜騎士らしく狂暴な微笑みになり、鉄靴の内側を使ってゼファーに飛翔を命じた。
ゼファーは翼を広げた直後に、蹴爪の先で大地を突いて宙へと舞った。そのまま翼の羽ばたきを跳躍に重ねるようにして、ゆっくりと上空へと昇っていく。
「……夜風はかなり冷え込むなぁ」
「そうだ。この冷たい風こそが、『メイガーロフ』の過酷な自然だよ。不慣れな者の体調を崩す……ギュスターブ、君は大丈夫かい?」
「オレは風邪を引かないことで有名だ」
不名誉な伝説がつきまとう体質ではあるが、こと戦の前となれば頼もしい限りだったな。もちろん理屈もある。ギュスターブはメシをよく食べ、よく眠るからだ。そしてストレスも少な目の人生を送っているだろう。そういうヤツは、病気にかかりにくいもんだ。
冷たい『メイガーロフ』の夜風に乗って、ゼファーはあっという間にメイウェイの騎兵隊に近づいていく。オレたちは近づきつつあるアルノアの軍も見たよ……北に弓兵を多く配置している……そして、騎兵たちは、前に出しているな。
北を気にしながらも、突撃に向く陣形だ。弓兵たちは北への誘導の結果でもあるだろうが、同じく北に配置しているメイウェイの軽装騎兵を警戒してのことだろう。斜めから切り込んでくるメイウェイの突撃を、弓兵で防ぎたいわけだ。
そして、メイウェイの突撃が緩むあいだに、騎兵の機動力で『ガッシャーラブル』に接近し、物量で攻め込む……南側には軽装歩兵。こいつらも、ヤツらの戦略のカギだ。
騎兵ほどではないが、かなりの速さがある。騎兵の壁に守られながら、『ガッシャーラブル』に接近する要員の一人だ。
城門を破り、街中に入れれば……すぐに片付くとでも考えているのさ。まあ、もとよりアルノア軍の『ガッシャーラブル』攻めは南と西が本命だ。
『自由同盟』の動きも気になるから、北には近寄らんさ。東にまで回り込む必要はない。ムダな機動をすれば、メイウェイの軽装騎兵に背後から突き崩される。東に部隊を派遣したとしても少数だ。こちらの注意と戦力を分散するためだけの人員になるだろう。
……常に誘導してきた。北を警戒させて、南に動くようにな。
その罠に、ハマっているぞ。気づけたか、この誘導に?……メイウェイは一瞬で気づいていやがったぜ。『ガッシャーラブル』の北西に自分たちが陣取る理由をな……おそらく、こっちの大本命も気づいているかもしれん。
「……整然として並んでいるな」
眼下に陣取るメイウェイの軽装騎兵を、オレはそう評価していた。
「当然だ。私が育てた古強者たちなのだからな」
自慢げにマルケスが語るが、たしかに。頼りになる騎兵たちだよ、彼らと共に戦えることを……オレは、きっと誇るべきだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます