第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その80
ククルは命令書を受け取ると、嬉しそうにこのテントから移動を開始していたよ。跳ねるような動きで、このテントから出発していた。
「ククル。気合が入っているでありますな」
顔を洗っていたのだろう。キュレネイ・ザトーがやって来ていた。
「おはよう、キュレネイ」
「イエス。おはようであります。目が覚めると、ククルが出世していたでありますな」
「『カタパルト隊』の隊長にな。いい判断だろ」
「イエス。聞いていた限りでは、完璧であります。私も何かの隊長に任命してもらいたいであります」
「じゃあ、キュレネイはグルメ隊長!!」
「おお。それは、ステキな響きでありますな。私は、グルメ隊長であります」
グルメ隊長はそう言いながら、近寄ってきたミアを抱っこした。そして、近くのイスにミアを膝に抱えたま座る。
「お腹空いたであります……」
そう言いながらキュレネイはあ机の上に置いてあったクッキーをつまむと、口へと運んだ。もぐもぐしているな。ついでにミアもクッキーに指を伸ばしていた。誰かの食べているクッキーの美味そうなことだよな。
……でも、オレはまだ食欲を御せてはいたよ。一枚だけつまんで食べるだけで、十分だったから……。
ギュスターブはじーっと机の上の地図を見つめていたな。マジメな心掛けではある。『ギュスターブ』だけはこの街に来るのが初めてなのだからな。それに、ブツブツと小声で戦略を確認してもいる。
「……敵の若手を、弓でちびちび射殺す…………若手を狙うのは、戦いが長引いたら敵のベテランどもの方が環境に弱って来るからで……」
「実際は、それ以外の効果も狙っているのだぞ」
戦術理解に磨きがかかりつつある、オレの正妻エルフ殿がマジメなドワーフ戦士に語りかけていた。
「どういう効果だい?サー・ストラウスの正妻エルフさん?」
「リエルだぞ」
「リエル殿」
「うむ。敵軍の若手はそもそもがメイウェイの部下ではないか」
「そうらしいが……」
「連中は自分たちの行動の正当性を疑っている」
「裏切ったから、後ろめたいということか」
「そんなカンジだ。士気が高くはない。それに……自分たちばかりの死者が出れば、アルノアが自分たちを捨て駒にしていると疑い始めるかもしれないではないか」
「おお!……なるほど。オレたちグラーセス王国の歴史でも、そういう戦の最中での仲間割れはよくあった……同盟を結んだばかりの氏族同士の場合は、とくに酷かった」
鎖国の長い国ということは、内戦ばかりしていた国ということだ。歴の浅い同盟ほど、胡散臭いものはないからな。もちろん、歴の長い同盟でさえも、完全な安心などは出来ないことを、オレは我が身で思い知らされてはいるが……。
「平たく言えば、敵には結束がないのだ。連中に『被害の格差』を与えれば、その結束にも不協和音が生じてしまうだろう」
「なるほど……」
心理戦も使うんだよ。戦というのはな。地道にコツコツ積み立てているのさ、悪意に基づく戦術の数々を。どれか一つが劇的な効果を生まなかったとしても、組織哲学として一定の方向性に戦術を集中していけば、相乗効果を狙えるのさ。
攻撃的なガンダラが主導して作った戦略らしく、緻密で細かく、連鎖を意識した作りでもあるな……。
立案者であるガンダラが、大きな手を皆の視線が集まっている地図の上に置いた。暗号文を広げたな。ミアを膝に抱っこしたまま、キュレネイがその暗号を即座に解読する。
「『敵の北東へと周り込みに成功、開戦直後に火をつける』……と書いてあるでありますな。なるほどなるほど」
「……水色の髪の姉ちゃん、どういう意味なんだい?」
「キュレネイ殿であります」
「……キュレネイ殿」
「イエス。これは、ギュスターブ・リコッド殿の友人たちからのメッセージであります」
「友人?……ん?ああ!オレたちと一緒に『アルトーレ』から『メイガーロフ』に来た部隊か!」
「そうです。彼らにも働いてもらうつもりですよ」
「どう働くんだ?……燃やすって?どこを攻めるんだ?」
「攻めさせるのさ」
オレが言いたい言葉を、マルケス・アインウルフが語っていた。さすがは将軍職にあった男か。自分たちがいたチームが、どういう役割を果たせるのかは理解している。捕虜として同行していただけであったとしてもな。
「えーと……攻めさせるってのは?」
「ギュスターブ、君も参加した仕込みだよ。竜のゼファーと共に、我々はアルノア軍の北から襲撃した」
「……そうだな。『北』に『イルカルラ血盟団』がいるように見せかけるため……ん。そうか、じゃあ、あいつらは」
「そうです。アルノア軍の北東に、かがり火を燃やすだけの仕事。そうすることで、陽動工作にはなる」
「『イルカルラ血盟団』に背後から攻撃されるかもしれないと考えるわけだ!嫌がらせとしては、効き目がありそうだ。少なくとも、オレがアルノア軍の戦士なら、囲い込まれたような気持ちになるぞ」
「ええ。そうなることを狙っているんですよ。警戒を強めてくれるだけでも十分。偵察兵を派遣してくれれば、ムダな体力を使わせられます……それに、あちらの全員を騙せなかったとしても……『新生イルカルラ血盟団』の所在を混乱させられもする」
「……だが、彼らはここにいるよな?大勢で、入城したんだから。それは、あちらにもバレているんじゃないのか……?」
「当然バレていますよ。ですが、疑いの種はまかれている。真実でなくても、かつて疑った記憶が、彼らに混乱を招きます」
「嘘でもいいか。なるほど、そりゃそうだ。全員が考え方を一致できるほど……アルノア軍とかいうヤツら、仲良いわけじゃなさそうだからな!」
「不仲なことは弱さですよ。『群れ』は結束で強さを増します。統率と連携に課題を抱えた軍です。アルノアは自軍を高度に操ることは出来ない……それゆえに、シンプルさを選ぶ」
「そいつは分かるぞ、巨人族の旦那……いや、ガンダラ殿。グラーセス王国にも格言があるんだ。仲間割れするぐらいなら、全員突撃させろ」
「フフフ。ドワーフらしい考えだよ」
「シンプルで有効だ」
マルケスとラシードはドワーフたちの格言にうなずいていた。猟兵女子たちは正直なところ微妙そうな顔をしてはいるが……オレはグラーセスの格言に同調できたよ。
だから、オレは言葉を使うんだ。女子たちに男が本能だけでバカしていると思われるのは、ちょっとだけ悔しくもあるからな。
「アルノア軍は、今夜は前のめりになるように攻めてくるぞ。混乱し、浮足立つ戦士をまとめるには、猛攻させることが一番なんだからな。あちらは戦力が上だし……メイウェイ軍と『新生イルカルラ血盟団』を舐めてもいる……オレたちが昨夜、衝突し合い、疲弊しきっていたことを知っている。休ませたくないと考えているのは、お互い様だ」
……これだけの条件がそろっていて、軍を休ませるほどの将としての才能があるのなら、もっと昔に出世しているだろうさ。アルノア伯爵。アンタは、そんな男じゃない。合理的な攻撃しか選べん、至極、フツーの男だよ。
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