第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その74
「……ガンダラ。飯を食った後でいいから———」
「———クラリス陛下に報告します。この吉報は、陛下をとても喜ばせることになるでしょうからな」
当然そうだろう。『自由同盟』の弱点の一つともいえる、馬の不足……『ストラウス商会』のユニコーンだけでは、あまりにも数が少なすぎるからな……ルードにしろザクロアにしろ、グラーセス王国もだが、かなり祖国から遠くまで移動している。
近場の街を制圧しつつの遠征ではあるし、『ヴァルガロフ』や『アルトーレ』、『ベイゼンハウド』……この辺りは『自由同盟』に完全に組み込まれているから、補給路そのものは確保してはいるが、それでも西からは遠ざかるほど、少数派のオレたちは補給に困る。
足の速い輸送隊も、そして騎兵を作るための軍馬もいれば心強いというものだ……『ヴァルガロフ』は騎兵対策の戦術こそ持ってはいるものの、騎兵が足りていない状況だからな。あの乾いた平野に対して、騎兵を中心にした軍勢に攻め込まれるというのは危険なことだ。
せめて、『自由同盟』にも多くの馬がいれば、『ヴァルガロフ』の守りも補給路の充実も見込めるんだがな……マルケス・アインウルフが力を貸してくれるというのなら、その点に関しては、最高に頼りとなる。
ニヤニヤしちまうね。
マンサフが美味くなるよ。男たちも美少女たちもマンサフに舌鼓を打った。高評価だ。肉体労働後の肉と米の組み合わせに、胃袋が悪い評価を与えることなんて無いんだよ。
ああ、ヨーグルト・ジュースも確かに美味かったな。
フルーツの果肉もブレンドされてあって、脂が強いマンサフには合う……酸味と脂の強すぎる甘さを抑えるようにも働くからな。つまり、甘酸っぱい料理はボリュームとの相性がいい。腹いっぱい食べたいときには、こういう組み合わせもありなんだよ。
……ごちそう料理でもあるマンサフを、オレたちは胃袋いっぱいに詰め込んだ。そのまま他愛のない会話を楽しんだよ……。
敵との戦いについてとかな?……ディナーのトークには物騒かもしれないが、戦争の最中にある猟兵とすれば、そういう価値観ってのは正しいだろう。
それに、お仕事にとっても有益な情報となる……。
「……アルノアの馬たちは疲弊している。塩不足もあるだろうから、補給を断てば騎兵は明日の昼には使い物にならなくなる……馬を歩かせ過ぎているんだ」
騎兵のスペシャリストであるマルケスからの報告は、猟兵たちの関心をつかむ。
「アルノア配下の騎士たちは、剣を振るときに左足を踏み込みますのよ。間合いは長くなる一方で、こちらとすればカウンターは入れやすくなりますわね」
接近戦で二十人ばかりを斬り捨てているレイチェル・ミルラは、騎士たちの動きについての情報をくれたよ……剣士とは違う視点で、肉体の動作を分析してくれるからな。彼女の意見はオレにも有益な視点を与えてくれる。
それに、レイチェルからの情報はオレたちの予測を補強するものでもあった。
「彼らはよく訓練された部隊ですが……実に面白みに欠く動きをしていますわね」
「というと?」
「こちらの誘いにはあまり乗りません。あくまでも命令順守といった動きですわ……リエルに部隊長クラスを射殺されたあとは、その動きが驚くほどに鈍足になりましたの」
「うむ。私の矢は、前線の指揮官らしきヤツらを片っ端から狙ったからな!」
「指揮系統に依存していて、集団の約束事を独自判断でする柔軟性に欠きますわね。緊急事態となった時の約束事の順守には、向いていない人々ですわね……」
「つまり、ガルフの言うところの―――」
「―――攻撃的な人々ですわ。マジメで連携が利けば素晴らしいのですが、不測の事態に対しては、かなり脆い……命令に順守するように、因果を与えられているようです」
その不自由さに一種の軽蔑を抱いているのか、フフフ、という小さな微笑をしつつ、美しい瞳をレイチェル・ミルラは閉じていた。目を閉じたまま、ヨーグルト・ジュースを口に運んでいたよ。
「……敵サンは、上から下までマジメで凡庸で流されやすい」
「メイウェイを裏切った兵士たちも、そういった傾向が見られますな」
ガンダラの言葉にマルケスはうなずいた。
「……皇帝の言葉に従っているような若造たちだからな。この土地で亜人種と共に過ごしてもなお、人間族第一主義に心酔していた者たちだ……マジメで素直な青年たちだよ。純粋でなければ、純粋な悪意には走れないと私は考えている」
「マジメなヤツほど攻撃的ってか……ドワーフのオレには、ちょっと分かる」
「へー。意外ですね」
ククル・ストレガはギュスターブにそんな言葉を奉げていた。ククルは『パンジャール猟兵団』以外には、どこか格下を見るような視線を向ける時がある……。
ギュスターブはちょっとバカにされていることに気づけなかった。
「そうだろう。だって、君はドワーフじゃないからな……って、そういえば、君も猟兵なのか?」
「え?いいえ、猟兵の称号はいただいていませんが。私は『メルカ・コルン』で……」
「猟兵じゃないのか。納得したよ」
「な、納得したって?……何が、ですか?」
空気読めないドワーフ戦士が何かしらの暴言を吐く前に、オレはギュスターブに釘を刺しておくことにする。
「ギュスターブ。彼女は、ククル・ストレガ。オレの死せる妻の妹……義妹であり、妹分なんだよ。失礼な言動は慎め」
「ん。そ、そうか……慎む」
「つ、慎まれちゃいました……でも、何を言われかけたのでしょうか……」
ククルが落ち込んでいる。勘も良ければ頭もいいからな。ギュスターブが指摘しようとしていたのは、猟兵らしからぬ戦闘能力とか、そのあたりだろう。
ククルは十分に強いが―――オレたちに比べると、まだまだ未熟なところがあるのは事実だった。
あくまでも正規の猟兵には及ばないというだけで、それに準ずる力は持っていたとしても……ギュスターブのような戦士からすれば、ククルの未熟さは気になるところか。
「ギュスターブよ。ククルは錬金術の知識も、戦術や戦略の理解力も高い優秀なオレの妹分だ。尊敬を持ってくれよ」
「錬金術までやれるのか……それは、さすがにサー・ストラウスのヨメの妹だな」
「……いいんですよ、没個性的な子ですもん、私なんて……」
「美少女で三大属性の魔術を使いこなして、剣術も錬金術もできる子のどこが没個性的なんだ?」
あと双子属性も持っている、妹分なんだぞ?……特徴はあふれているじゃないか。
「……美少女、ですか!?ソルジェ兄さん、わ、私って、ソルジェ兄さん的に美少女ですか!?」
「ああ。美少女だろ?」
「え、えへへ。そうですか……うふふ。あー、このジュース、美味しいです……桃の果肉とか混ぜると、さらに美味しさアップしちゃいますねえ……あと、はちみつを混ぜても」
よく分からないがククルは落ち着いたようだ。兄貴分であるオレに褒められたからか?……だとすれば、可愛い妹分だな―――そんなことを考えていると、グルメ・コンビが盛り上がっていた。
「聞きましたか、キュレネイさん……」
「はい、聞きましたよ、ミアさん……」
「この、ただでさえ美味しいヨーグルト・ジュースに……」
「はちみつをインする……」
「ククルは天才だ!」
「ククルは天才であります」
「え、え、ええ!?」
天才扱いされてククルは照れて赤くなっていた。
「はちみつとヨーグルト・ジュース……」
「それに桃の果肉もでありますな」
「どっちも、間違いなく美味しいよう!!」
「すでに100%を感じる構成であります」
「そ、そんな……っ。なんというか、その、『メルカ』だと、そういうジュースになるなって思っただけで……ッ。あ、あの……これを……」
ククルが自前のバッグの中から、はちみつの入った瓶を取り出していた。ミアとキュレネイの瞳がキラキラと輝いている。キュレネイのルビーの瞳はいつも通りの無表情に見えなくもないが……オレにはワクワクが伝わるよ。
「ククル、オテガラだー!!」
「イエス。ナイス・アシストであります」
「えへへ。どうぞ、メルカ風のヨーグルト・ジュースを、試してください!甘すぎるかもしれませんから、ちょっとずつ足してみてくださいね!」
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