第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その72


 テントの中にはすでに料理が運び込まれていたよ。羊肉と米を羊のヨーグルト・ソースで煮込んだ、あの獣臭さと抜群の美味さをもったマンサフの香りで満ちていた。


「……おお。羊の群れを感じるな!!」


 ギュスターブが楽しそうに語る。なるほど、なかなかいい表現ではあるが……個人的にはこの獣臭さは、羊肉よりもヨーグルトとスパイス独自の香りだという分析をしているんだよな。


 『ガッシャーラブル』の食肉加工職人は血抜きが上手いようで、羊肉の臭みはすくなくしている。


 ……いや、獣のにおいがするほうがワクワクするという哲学も嫌いじゃないがな。


 肉を喰っているという感覚については、少しばかり血のにおいがした方がいいような気もしている。食った後に歩き出すとき、力を得られたような気持ちになれるんだよな……。


 ……だが、今はそういう尽き果てることを知らない味覚にまつわる哲学を競わせている場合でもなかろう。何よりも、腹が減っているんだからな!!


「お兄ちゃん、おかえりなさーい!!」


「ああ。ミア、ただいまー!!」


 ミアに飛びつかれたよ。猫耳が嬉しそうに踊っている黒髪をナデナデするのさ。


「みんな集合してるよーん」


「そうだな……」


 『メイガーロフ』に来ている『パンジャール猟兵団』の全員がここにはそろっていたよ。長老たちを護衛していたキュレネイとククルもな。オレの視線が彼女たちに向くと、ククルは背筋を伸ばしながら報告してくれる。


「ソルジェ兄さん、長老たちの護衛は、帰還したベテランの僧兵たちに受け渡しました!『カムラン寺院』内の警備は、混沌としているため完全な安全は確保できてはいませんが、戦力の質の高い僧兵たちが護衛につくことで、長老たちを襲撃されるリスクは低そうです!」


「イエス。これでダメなら、しょうがないという警備体制でありますな」


「そうか。ありがとうな、ご苦労だった。気を遣う任務だったな……ゆっくりと休んでくれよ、二人とも」


「はい!」


「イエス。ごはんを食べるであーりーまーす」


 足元に寄ってきたミアを抱き上げながら、キュレネイはそんな言葉を奉げていたよ。


「ウフフ。リングマスター、皆、お腹を空かせていますわ」


「レイチェル。遊撃任務、ご苦労だった」


 『人魚』の踊り子さんも戻っていたよ。さっきの戦闘では、間違いなく肉体的には最もハードワークだったはずだが、レイチェル・ミルラはいつものように流麗さだけを感じさせてくれる。


 とはいえ、演技も上手いからな、サーカスのアーティストさまは。リングマスターとしては、彼女の疲労を考えておく必要もある―――。


「―――君も、腹が減っているかい?」


「ええ。リングマスターもそうでしょう?」


「ククク!……確かにな!おい、全員で席に着くぞ!!マンサフ喰いまくって、野戦に備えるとしようじゃないか!!」


「はい!!男性陣の皆さん、お酒は一杯までっすよ?あとは、ヨーグルトジュースで!」


 カミラがそう言いながら、酒の入ったコップと、ヨーグルトジュースの入ったコップをオレに手渡してくれた。


「酒も用意してくれたのか?」


「一杯だけっすよ?……ヨーグルトジュースも、油の多いマンサフにはスッキリして合うと教わったので……ソルジェさまもお試しくださいっす」


「料理は地元のヤツの食べ方が一番だもんなあ……そうするよ」


「えへへ。そうしてくださいね!では、ラシードさんも、どーぞ!」


「うむ、ありがとう、カミラ殿」


 ラシードはそう言いながら、オレの隣に座ったな。右隣にだ。左隣にはマルケスが座る。男に両サイド座られるか……悪くはないが、むさ苦しいな。


 でも、生きているヨメが三人もいるオレとすれば、たまには男に両サイド囲まれるのも悪いことではない。ミアをお膝の上に座らせたかった気もするが……戦の前ではあるからな。そのお楽しみは戦勝のゴチソウの時に取っておいてやるとしよう。


 ……いい加減、食欲をそそるマンサフの香りに耐えられんな。


 食卓……と言っても、背の高いテーブルは用意されてはいない。背の低い板のようなテーブルで、そいつにクロスが敷かれているな。この低いテーブルの下は絨毯だ。地面の上に絨毯を敷いているんだよ。


 『太陽の目』の使うテントは、こういうものが一般的なのか……それとも、幾何学的な模様がとぐろを描くように走る赤い絨毯は客人用のものなのかもしれん豪華さがあった。


「……そういえば、サー・ストラウスよ」


「どうした?」


 反対側に座るガンダラ……その隣に座っているギュスターブが、酒の入ったコップのにおいを嗅ぎながら、こちらに質問してくる。


「うちのとこの姫さまにも似た雰囲気のある、巨人族のお姫さまはどーしたんだ?」


「酒の席に彼女がいた方がうれしいか、ギュスターブ?」


「んー。どうかな、背が高すぎる女はいまいち好みじゃないところがある。でも、ドワーフの美意識は他の種族とも違うしな。いい女だってのは、分かるよ。腕っぷしもあるし、リーダーシップもある。抱けるな」


「マジメだな」


「え?そうか……マジメに返答しなくてもいいことだったか」


「ああ、そして、若い女子がたくさんいる場所で、抱けるという言葉は使うべきではないな」


「そうだ。ギュスターブ。君たちグラーセスの戦士は、下品さもあるぞ」


「……うっせーよ……えーと…………サー・ストラウス。ここに『パンジャール猟兵団』の関係者しかいないなら、そいつを名前で呼んでいいのか?」


「いいさ……ああ、ガンダラ。事後報告だが……ドゥーニア姫にはマルケス・アインウルフについて教えたぞ」


 その言葉に、猟兵女子たちの顔に一瞬の緊張が走るが……ガンダラはいつものように涼しい顔だったよ。


「頃合いでしょうな。いいと思います。クライアントとの間に嘘は少ない方がいいですからな」


「そうだよな。決して、ノリでバラしたわけでもないんだからな」


「……フフフ。ならば、ここでは顔を隠さずに食事しようとしようか……」


 マルケス・アインウルフは顔を隠していた布を引きずり下ろしたよ。そして、オレを挟んで隣にいるラシードに微笑みと視線を向けるのさ。


「君もさ。覆面を外して食事にしよう……我々は、もはや仲間だ」


「……そうだな。覆面などしないほうが、料理を早く食べられる」


 ラシードも覆面と黒塗りの眼鏡を外したよ……このテントは、僧兵というよりもドゥーニア姫からのプレゼントなのかもしれないな……。


「お兄ちゃん」


「団長」


 グルメな猫舌と、腹ペコな元・家出娘がこちらを見ていたな。言葉の先は、言わずとも伝わるよ。


「よし。全員、コップを掲げろ!!戦はまだ続くが、今は猟兵らしく全力で休む時だ!!美味い羊肉と、全員の無事に、乾杯ッ!!」


「乾杯!!」


 全員で声を合唱させながら、オレたちはそれぞれ酒とヨーグルトジュースの入ったコップを揺らしたよ。




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