第六話 『不帰の砂漠イルカルラ』 その57


 ドゥーニア姫の帰還に対して『太陽の目』の長老たちは、緊張感を昂ぶらせる。敵意めいたものはないが、それなりに戸惑いはあるようだ。


 さてと。クライアントの登場だから、オレは彼女のために道を譲る。ドゥーニア姫はオレがいた場所にやって来ると、老僧たちを見回した。


「……戦況はこちらに有利となったぞ、長老たちよ」


「ふむ……メイウェイ殿と手を組む……」


「そうだ。バルガスの死により、それもまた可能となった。問題は全くない。メイウェイは帝国軍と対立した。先ほどの戦闘でも、それを示したぞ。帝国兵を殲滅することでな。もはや、帝国にはヤツの居場所はない。アルノアという共通の敵を倒すため、協力する。それだけのことだ。何か、問題があるのか?」


 長老たちは無言であった。彼らも少なからず混乱はしている状況だから、ドゥーニア姫をやり込めるアイデアを見つけられないのさ。ドゥーニア姫は主導権の掌握にかかれるというわけだ。


「よし。我々の結束の偉大さに自信が持てる態度だよ。ホーアン殿」


「どうしましたかな?」


「そなたが代表者というわけで、いいな?……他の長老方。この度の危機に際して、私たちと連携ができるのはホーアン殿をおいて他にはいない。彼に、『太陽の目』の指揮を一時的に与えてくれるか?そうでなければ、単純に勝率が下がる。問題があるのなら、今ここで告げてくれ」


 ……誰もが無言を選んだ。バルガス将軍が死んだおかげではある。もしも、バルガス将軍がいまだに生きていたら……?かつて彼が行ったという『ザールマン神殿』での虐殺。そいつの記憶があるせいで、協力体勢を作れなかったかもな。


 ヒトが本気でヒトを恨むとき。そいつは死だけで許されるほどに軽い感情などではないさ。オレの予想が正しければ……この無言にありながらも、顔をしかめた長老が3人はいるんだ。彼らの拒絶反応の根源は、おそらく過去にある。


 若く罪科を背負ってはいないドゥーニア姫だからこそ、彼らは『新生イルカルラ血盟団』と手を結べたのだ。ここにバルガス将軍がいれば―――感情は憎しみの荒波となって、色々な結束をブチ壊しにしたはずだ。


 ……バルガス将軍は、死ぬことで大きな貢献をしているぞ。ラシードよ、この事実を君にすぐにでも伝えてやりたいな。


「……ホーアン殿。よろしく頼む。満場一致かどうかは知らないが、そなたはこの戦の指揮官の一人となった」


「大役ですが、務めてみせましょう」


「そうでなくては困るぞ。我々には、結束が要るのだからな……さてと。作戦会議と行こうか。時間もないのだから……ソルジェ・ストラウス」


「何だ、ドゥーニア姫?」


「作戦について、そなたから長老たちに説明してやれ」


「君がしなくてもいいのか?」


「私よりも、そなたの方が適任だ」


「……オレは帝国軍に対しての勝ち方に、詳しいからな」


「そういうことだ。頼むぞ、不敗の将軍殿よ」


「不敗の将軍か」


「言いすぎか?」


「いいや。オレに相応しい二つ名だよ」


 ドゥーニア姫のハッタリに付き合うとしようか。彼女は自分たちを大きく見せることを好む。つつましい性格をしているオレとすれば、不敗の将軍などと自力で口にすることは照れてしまうんだがな……。


 だが、実際のところ、有能だとは考えているよ。帝国軍相手に戦勝をもたらして来たんだからな……自信はあるさ、その二つ名を背負えるぐらいの力はあるのだとな。


「……では。ドゥーニア姫に代わり、このソルジェ・ストラウスが作戦について説明させてもらおう」


「お願いしますよ、サー・ストラウス」


 臨時ではあるが『太陽の目』に指導者に就任したホーアンに促され、オレは巨人族の老人たちが集まるテーブルへと移動した。


 地図にはアルノア軍の動きが描き込まれているな……オレは、羽根ペンを掴むと、最新の情報を描き込んでいく。ゼファーが偵察してくれた情報だよ。戦場の上空を飛び回りながらでも、必要な情報は手に入れている。うちの仔は優秀だからね。


「……『新生イルカルラ血盟団』は、もうガッシャーラブルに入城寸前だ」


「バルガスの戦士たちを、受け入れるのか……ッ」


「文句はあるだろうが、そうなる。こちらの死者を減らすためにな。ムダに死者を出したくはあるまい?」


 責めるつもりではないが、釘ぐらいは刺す。長老の一人は、瞳を閉じて、蛇神の呪文だか何かを唱えていた、小さな声でな。己の怒りを殺す呪文の類いさ、おそらくな。あるいはオレを呪う言葉かもしれないが、それならば別にいい。


 ……ドゥーニア姫がオレにこの役目を任せた理由が、少し分かったよ。自分は可能な限り、恨みを受けないようにってことだ。リーダーとして正しい。このややこしい群れのリーダーを務めるためには、少しでもネガティブなイメージからは遠ざかるべきだった。


「……30分後には、『新生イルカルラ血盟団』は入城するだろう。そして、その時間よりも前には、メイウェイは武装解除した帝国兵を解放する」


「……仕留めないのですか?」


「生きる道を与えてやることで、帝国兵との戦いを長引かせないで済む。全員を殺そうとすれば、こちらが休む時間も削られる……『新生イルカルラ血盟団』の戦力は、長距離の移動で疲れている。彼らの寝床として、『カムラン寺院』にスペースを確保したい」


 わずかに動揺の声が生まれるが、ホーアンも汚れ役を買ってくれる。


「わかりました。恨みのあるバルガス将軍はもういないのです。何の問題もありません」


 ……感情という御しきれぬ問題はあるだろうが、それでも『太陽の目』の臨時リーダーであるホーアンの発言は意味が大きい。今のホーアンの言葉は、『太陽の目』の外交的な発言そのものだった。


「……我々は疲弊している。援軍を呼んでも、敵戦力に匹敵することは難しい。だからこそ、質を高めることに賭けるのだ。休息を取り、戦に備えさせる……食料の備蓄も解放してくれるとありがたい」


「協力しましょう」


「助かるよ。メシを食わせて、戦士を休ませる……『カムラン寺院』でな。そうすることで、我々の結束を内外にアピールするのだ。結束を得た集団は強い。長老たちよ、我々はとどのつまり絆で結ばれる必要がある。そうすれば、この戦に勝てるのだ」




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